キリストと共に歩くのはとても楽しい

キリストと日々歩む楽しさをお分かちします。

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風邪の癒し

暫く風邪で、ダウンしていました。
教会の皆さんにお祈りをお願いしたとたん、
それまで上がっていた熱が、下がり始めました。
ハレルヤ!
少しづつ動き出しています。
主と、祈って下さった方々に感謝です。



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恐れからの解放

7つのIAM

日曜日は、7つのIAMという学びをしました。
7つの魂の願望と、7つの恐れとも関連して学んで行きます。出エジプト3:13〜15

全部学ぶと2〜3時間かかりますので、3回に分けて学ぶ予定です。
この学びは、ロバート・ユーインさんに与えられ、Kさんから教えられたものです。
一部お分かちしたいと思います。
「IAM the bread of life」
「わたしはいのちのパンです。」

原語では、エゴ エイミー
非常に強調された言葉です。
「私こそが。私だけが。」

ヨハネの福音書 6:48

「魂の7つの願望」では
「自己保存願望」(生きたいとという強い願い) ヘブル2:15

ここでの恐れは、死に対する恐れがあります。

この恐れから解放されるためには、死に打ち勝たれた、イエス・キリスト以外に解決はありません。
ヨハネの福音書6:50〜51



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ニガウリ ( ゴーヤ )

にがうり ( ゴーヤ )

昨日、礼拝で使用している貸し会議室で、栽培しているニガウリ( ゴーヤ ) が、自由に持ち帰って良い事になっていたので、妻が持って来てくれました。
そのニガウリ。、4歳の息子が生でかじっていました。それを見て礼拝に来ていた数人の方々に、にがうりを生で食べませんか?と聞いてみた。何と!ほとんど生で食べない!
一人だけ九州出身の方が生で食べると言ってくれました。
私は鹿児島育ちで、我が家では、ニガウリを生で食べていました。けっこう厚めに切って鰹節をかけて、醤油をかけて食べます。家で育ったニガウリは、青々して苦さも抜群です。まだ関東では、そんなニガウリに出会った事がありません。残念!
慣れたら、苦さがクセになります。
皆さんは、ニガウリを生で食べますか?


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なぜキリスト教会に多くの教団・教派があるのか?


 先日電話で教会のホームページとブログについて

問い合わせがありました。

その中で私たちの教会がどこの教団教派に属しているのか?

とのご質問もありました。

 その方の言われるには、教団教派を聞くとどういった流れの

中にある教会かが、ハッキリ分かるということです。
 
確かに、それはその通りだと思いました。私も教団教派で

ある程度その教会に対してイメージ出来ると思います。

 しかし、その質問に少し困りました。なぜかと言いますと

私たちの教会は、どこの教団教派にも属しておらず「新約の群れ・家の教会」

と言ってはいますが、教団ではありません。では教団・教派とは

何か?どうしてキリスト教会に多くの教団・教派があるのか?

このことについて簡単に載せたいと思います。
 
キリスト教会の歴史の中で世界中のキリスト教会は、それぞれ

聖書に元々あった真理の回復を見て来ました。ルーテル派・改革派・

長老派は、聖書の権威と信仰による義認、万人祭司を回復しました。

バプテスト派は全浸礼(全身を水の中に入れて洗礼をする)を回復

しました。メソジスト・ホーリネス派は、クリスチャン生活における

聖さの必要性を回復しました。ペンテコステ派は、聖霊による満たし

、証の力、癒しの教えを回復しました。細かく挙げると切りがない

程ですが、キリスト教会の歴史に神の御手の働きを見ることが出来ます。

これらのことから分かるのは、キリスト教会に教派があるのは、聖書の

真理の回復の過程からであったといえます。それぞれの教団・教派

によって聖書の強調点が違います。



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主の山に備えあり

主の山に備えがある

22:8 アブラハムは言った、「子よ、神みずから燔祭の小羊を備えてくださるであろう」。こうしてふたりは一緒に行った。
22:9 彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。
22:10 そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、
22:11 主の使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。
22:12 み使が言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。
22:13 この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。
22:14 それでアブラハムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」と言う。

口語訳 創世記 22:8〜14

主の山に備えがある。アブラハムは、主からの試みを受けてイサクをささげるように、語られた。即座に御声に応答して、モリヤの山にイサクをささげようとしたその時、ツノを薮に掛けている雄羊がいた。私は長らく勘違いをしていた。クリスチャンであれば主が歩む道に備えを与えて下さると思っていた。
しかし、新約の群れを指導して下さっているKさんが、メッセージで語って下さって理解出来た。アブラハムは、主の御声に従って備えを見た。
決して好きかってに歩んで困った時だけ、泣きついて備えを見たわけではない。ドキとす。御心の道を歩むと必ず主の備えがある。ここで確信が持てる。

6:33 まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
口語訳 マタイ6:33

マタイの福音書の、ここに繋がってくるのである。



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