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教会の回復・・・日本の教会へのメッセージ・・・6 ロバート・ユーインさんに聞く [ 恵みの雨 1988年 11月号 ] 記者:「日本のクリスチャンに、さらにメッセージをいただけませんか。」 ロバート: 何年か前にある人にはっきりとした夢が与えられました。ある時すばらしい恵みが注がれ、日本の人が一夜にして大勢救われてくる、というものです。 そのようなわざが日本で起きる時には、神様から召された人々が必要です。ところがその時に、ギデオンに最初たくさんの人がついていたにもかかわらず除々に減って300人になったことと同様のことが言えるのです。 もし日本で300人の働き人が残った場合は、1人1人が独自の御心のポジションを持つことになり、そういう人が働き人として立ってくるでしょう。このことが起こるのは世界中の教会が回復する時です。 もしそれらの人々が神様の召しにとどまっているなら、ヨハネ5・17――19の原則に従うことになります。 「イエスは彼らに答えられた。『わたしの父は今に至るまで働いておられます。ですからわたしも働いているのです。』このためユダヤ人たちは、ますますイエスを殺そうとするようになった。イエスが安息日を破っておられただけでなく、ご自身を神と等しくして、神を自分の父と呼んでおられたからである。そこで、イエスは彼らに答えて言われた。 『まことに、まことに、あなたがたに告げます。子は、父がしておられることを見て行う以外には、自分からは何事も行うことができません。父がなさることは何でも、子も同様に行なうのです。』」(ヨハネ5・17――19) この原則に従い、神様の訪れに伴って行動することが求められます。ギデオンの譬えのなかで、ギデオンは、「私が行なう通りにあなたがたも行なうように」と求めています。ここでギデオンをイエス・キリストにおきかえて考えることができます。 「そして、彼は300人を3隊に分け、全員の手に角笛とからつぼとを持たせ、そのつぼの中にたいまつを入れさせた。それから、彼らに言った。 『私を見て、あなたがたも同じようにしなければならない。見よ。私が陣営の端に着いたら、私がするように、あなたがたもそうしなければならない。私と、私といっしょにいる者がみな、角笛を吹いたなら、あなたがたもまた、全陣営の周りで角笛を吹き鳴らし、〈主のためだ。ギデオンのためだ。〉と言わなければならない。』 ギデオンと、彼といっしょにいた100人の者が、真夜中の夜番の始まる時、陣営の端に着いた。ちょうどその時、番兵の交替をしたばかりであった。それで、彼らは角笛を吹き鳴らし、その手に持っていたつぼを打ち壊した。3隊の者が角笛を吹き鳴らして、つぼを打ち砕き、それから左手にたいまつを堅く握り、右手に吹き鳴らす角笛を堅く握って、『主の剣、 ギデオンの剣だ。』と叫び、それぞれ陣営の周囲の持ち場に着いたので、陣営の者はみな走り出し、大声をあげて逃げた。300人が角笛を吹き鳴らしている間に、主は、陣営の全面にわたって、同士打ちが起こるようにされた。それで陣営はツェレラのほうのベテ・ハシタや、タバテの近くのアベル・メホラの端まで逃げた。」(士師記7・16――22) そういう働き人たちは神からのメッセージを持っています。御言葉の剣を持っているのです。これはちょうどエペソの6章の霊の剣と同じです。ここでの御言葉はレーマを意味します。ですから霊的な奉仕が役に立ってきます。神様が教会を建て上げる鍵は、右の箇所につぼが壊され、たいまつの火がともると書かれているように、日本に霊的な光が輝くことなのです。 「私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかにされるためです。」(?鵺 コリント4:7) |
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教会の回復・・日本の教会へのメッセージ・・5 ロバート・ユーインさんに聞く [ 恵みの雨1988年 11月号 インタビューに答える ] 記者:「捕囚後のイスラエルと比較してどういうことが言えるのですか。」 ロバート: 今日の日本の教会が回復するには7つのステップを踏むと思われます。 バビロンというのは宗教的な困難を意味していて、カナンの地に行くということは、初めの愛に立ち返るということです。第1のステップは宗教的混乱から初めの愛に立ち返ることであり、それはカナンの地に来ることによってなされます。 第2のステップは、エズラ記3・2でエズラが祭壇を築いたことから知る事ができます。 この祭壇は十字架を意味しています。 「しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架につけられたのです。」(ガラテヤ6・14) 祭壇というのは十字架、あるいは弟子となることを意味しています。祭壇を築くことは要するに、献身してイエス・キリストの弟子になり、この世から自分を分離することなのです。 第3のステップは、教会が権威を行使することです。 「建築師たちが主の神殿の礎を据えたとき、イスラエルの王ダビデの規定によって主を賛美するために、祭服を着た祭司たちはラッパを持ち、アサフの子らのレビ人たちはシンバルを持って出てきた。」(エズラ3・10) ここに書いてある建築師たちとは、中心的には5つの賜物、つまり使徒・預言者・伝道者・牧師・教師を意味しています。規定によってとあるのは、権威を行使できる人というのは規定を守る人だからです。そういう意味で、教会において、神から与えられた権威を行使していくことが第3のステップです。イエス・キリストがパリサイ人に対して権威をもって語られたように、教会も権威を携えてそれを行使しなければならないのです。 第4のステップは、教会が聖められるために主が敵の攻撃を許されるということです。この段階において教会は主に自分自身を探っていただかなければなりません。 第5のステップは、教会が建て上げられていくことです。 「あなたがたも生ける石として、霊の家に築き上げられなさい。そして、聖なる祭司として、イエス・キリストを通して、神に喜ばれる霊のいけにえをささげなさい。」(�ペテロ2・5) 教会が建て上げられていく時には、生ける石として新しい人々が教会に来なくてはなりません。改宗したり救われたりして、新しい人が来なくてはなりません。教会を建て上げるために人々が集められる、人が集まり教会が建て上げられる、これが第5番目のステップです。 「そこで、シュアルティエルの子ゼルバベルと、エホツァダクの子ヨシュアは立ち上がり、エルサレムにある神の宮を建て始めた。神の預言者たちも彼らといっしょにいて、彼らを助けた。」(エズラ5・2) 「ユダヤ人の長老たちは、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの預言によって、これを建てて成功した。彼らはイスラエルの神の命令により、また、クロスと、ダリヨスと、ペルシヤの王アルタシャスタの命令によって、これを建て終えた。」(エズラ6・14) 第6のステップは、教会を美しくすることです。エズラはこのために遣わされました。 第7のステップは、神の栄光と教会との関係が回復されることです。 |
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洗礼式
昨日は、キャンプ場で洗礼式をしました。キャンプ場の中心を綺麗な川が流れている所で、ログハウス、常設テント、オートキャンプ場があり、大勢の人達が楽しんでいました。子供達は、浮輪やボートを持ち出して川で遊び、大人は、バーベキューを楽しんでいました。 私達は、キャンプ場からさらに上流に行き、人がいない所で、洗礼式をしました。三人子供達が洗礼を受けましたが、かねてからイエス様を信じること、罪について、洗礼についてなどをお母さんに聞いていた様でしたが、私も確認をして、洗礼授けました。 とても、素晴らしい時でした。 その後バーベキューをし、スイカ割りをしたり、ビーチボールで遊んだりして、楽しみました。とても充実した一日でした。 [ よろしければ ] [ 下の文字を1日1クリックお願いします。] ↓ ↓ ↓ [https://philosophy.blogmura.com/protestant/ にほんブログ村 プロテスタント] |
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教会の回復・・日本の教会へのメッセージ・・4 ロバート・ユーインさんに聞く [ 恵みの雨 1988年 11月号 インタビューに答える ] 記者:「日本および日本のクリスチャンをどのように見ておられますか。」 ロバート: 日本は日の昇る国です。私の個人的な思いを言わせてもらうならば、神はアジア・全世界に向けて神の光を豊かな栄光のうちに表わしていくために、日本を用いるでしょう。 記者:「また世界の教会の人々は、どのように日本のクリスチャンを見ているのでしょうか。」 ロバート: 世界の教会の人々は、日本において起こされた働き人のことを感謝しています。日本のクリスチャンの直面している困難のことは詳しくは知りませんが、その困難の中で日本で起こされた信者がキリストの証しをしていることを本当に嬉しく思っています。 世界中の人たちが日本に注目をし、日本でこれから起こってくる神のみわざに期待しています。 記者:「これから日本の教会はどのようになっていくのでしょうか。」 ロバート: 日本における真の意味でのキリスト教が急速に発展する鍵は、日本人が神の栄光をみるようになるかどうかということです。教会は神の栄光の入れ物だからです。 「教会により、またキリスト・イエスにより、栄光が、世々にわたって、とこしえまでありますように。アーメン。」(エペソ3・21) 記者:「真の教会はどのように立てられるのでしょうか。」 ロバート: 教会の回復の原則については、イスラエルの70年間の捕囚の後にイスラエルになされたことが、今日の教会を回復するためのパターンとなります。 「これからのことが彼ら(イスラエル)に起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。」(�コリント10・11) マルチン・ルターも彼の著書の中でこのことを比較しています。イスラエルが70年の捕囚から解放されていったように教会もこの暗やみの時代から解放されていくと、ルターは言っています。 |
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教会の回復・・・日本の教会へのメッセージ・・・3 ロバート・ユーインさんに聞く [ 恵みの雨 1988年 11月号 インタビューに答える ] 教会の5つの賜物 その方のテーマとしていたことは教会の安息ということです。(ここで教会という場合は、地方教会のことでなく、全体的な教会を意味します。)教会の安息、新約聖書の中に見る事が出来る聖書的な教会政治を、彼は自分の教えの中心としていました。 彼の教えの中で革新的であり劇的であったことは、聖書の御言葉を通して、使徒や預言者が今日もあるのだということを示したことでした。 イエス様はいわゆる12使徒を起こしたわけですが、昇天された後に教会に5つの賜物―――使徒・預言者・伝道者・牧師・教師の賜物を注がれました。 3年半の公正涯の後に、イエス・キリストは教会に賜物を注がれたのです。 「それで、こう言われています。『高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。』」(エペソ4・8) 初めの12使徒はイエス・キリストの昇天の前に立てられた者で、このエペソ4・8の場合は、引き上げられた後と書いてありますから、いわゆる12使徒とは違う使徒の賜物のことを意味しているのです。主は最初の12使徒以外に、使徒的な働きをする人々を現在においても立てられるのです。 エペソ4・8のすぐ後で、使徒を含めた5つの賜物が述べられています。 「こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。」(エペソ4・11) さらにエペソ4・13で、パウロは、これらの5つの働きというのは、教会の信仰が1つになるまで、教会の体が満ち満ちた姿になるまで続くものだということを言っています。 「ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全なおとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。」(エペソ4:13) |



