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変えられたパチプロ
二十数年前のことです。
鹿児島の教会で出会った人がいました。教会に、来られたその方の話を聞くと、何と十数年もパチプロ( パチプロとは、パチンコをすることを、生業としていることです。昔は、たまにそういう方がいました。) をして暮れしていたというのです。そんな彼がある日、都会から田舎の鹿児島に、たまには帰りたいな〜と思い。帰って来て来ました。そこで、たまたま家の蔵を、何を探すともなく、見ていました。そうしたらそこに、ナント聖書がありました。そこで、始めは、何となく読みはじめました。その内に、引き込まれるように、読み続けアッと言う間に読んでしまいました。次に教会に行きたくなりました。そこで、近くの私たちが通っている教会に来たのです。
その後、彼は神学校に行き牧師になり、結婚し子供も出来、九州で主の為に働いています。ハレルヤ‼
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宗教ではなくキリスト信仰
キリスト教は、元々宗教と意味でした。しかし、イエス様は、ユダヤ教から派生した新たなキリスト教を起こそうと考えたのではありません。勿論、周りの人々はそう考えた人もいたでしょう。
人それぞれ教会に持ってるイメージがあると思いますが、以外とそのイメージと違ったりします。私は、キリストを信じる前は、キリスト教に対して警戒心がありました。教会に一歩足を踏み入れたら、無理矢理、洗礼を受けさせるのではないか?とか、一旦入ったら二度と抜けれないのでは?とか、カルト的なイメージがありました。しかし、紹介された教会に行って見ると、そんな事はなく、とても親切であたたかく迎えてくれました。
実は、今のキリスト教とイエス様がおられたころとでは、だいふ違うのではないかと思います。いかに後から土着の宗教が混ざってしまったかという事です。キリスト信仰がキリスト教になっていきました。代表的なものは、クリスマスでしょう。
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定期検診
主の御名を賛美します。
今日は、医大での定期検診でした。2週間前の骨髄検査の結果は、とても良く骨髄腫で問題になる数値は、基準値内に入っていました。顕微鏡による検査でも異常は見つかりませんでした。そこで、主治医の方から薬を減らす事が提案され、一日5カプセル飲んでいた レブラミドという薬を、2カプセル減らしました。また一緒に飲んでいた薬も今回から飲まなくて良くなりました。主に感謝! |
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先生と呼ばれない 私たちの群れは、牧師を先生と呼びません。それは、聖書が語っているからですが、ルーツは、ロバート・ユーインさんです。またその父であるグレン・ユーインさんから始まります。しかし、私自身も先生と呼ばれることに違和感があり、牧師、伝道師の按手礼を受けた途端、先生と呼び合って、おめでとうございます。という風景にも、かなり違和感がありました。はてして、イエス様は、これを望まれているのだろうか?そういう素朴な疑問がずーっと有りました。以前属していた教会で、ひとりの青年が、牧師を試す様に、暫く「◯◯さん 」と呼び続けました。といきなりその牧師は、怒り「先生と呼びなさい」と言いました。その青年は、ほくそ笑んでいました。それぞれ問題がある様に、感じましたがその出来事は、この問題を深く考えさせるキッカケになりました。 ある牧師は、原語では、博士と言う意味だとか、日本文化の中では、誰でも先生だからそれほど問題ではなく、かえって必要であるとか、色々なことを話し合ったりしました。色々な考えがあって良いのですが、私はこのスタイルがとても気に入ってます。 23:8 しかし、あなたがたは先生と呼ばれてはならない。あなたがたの先生は、ただひとりであって、あなたがたはみな兄弟なのだから。 口語訳 マタイ23:8 iPhoneからの投稿 |
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新約聖書の教会と現在の教会はなぜ違うのか? なぜ新約聖書の教会と現在私達が見聞きする教会と違うのか?教会に行きはじめた時、もしかすると同じ疑問を持った人がいたのではないでしょうか? その答えはあまりにも簡単かも知れません。答えは新約聖書の教会がやったようにやっていないからで す。しかし現在ある教会を否定している訳では有りません。ただ現在教会は主の主権により回復の過程にあると信じています。またこの事を書く目的は、兄弟姉妹に聖書を調べ祈り考えて頂きたいと願っているからです。決して教会や牧師を批判したり、無益な議論を目的とはしていません。基本的にキリストに従 う方からは、どなたからでも学び合う事が出来ると考えています。自分は正しく、他の教会は間違っていると言う姿勢はサタンに足元をすくわれる事になるので危険だと考えています。 ルターから始まった宗教改革は完結していません。今も続いています。しかしそれと同時にサタンも策略 をめぐらしキリスト者に疑いや混乱、恐れ、不安などを与えその働きを止めようとしています。しかしそれにもかかわらず、主の主権の働きは進められるのです。 ではどのようにキリストに従うのでしょうか?答えは簡単です。キリストの元に来て重荷をおろし休む事 です。実は私たちの働きの中には、キリストの名の元にやっているだけで、肉の働きが結構多くあります。いやほとんど肉の働きかも知れません。このまま続けているとガラテヤ書5章の肉の現われを見るのも時間の問題です。今、その幾つかをもう見ているでしょう。現在私たちの住む日本にある熱心な教会 は、あまりにも忙しすぎます。忙しすぎてキリストとのリラックスした楽しい交わりも、後回しになりがちです。まずキリストと共に休む必要があるのではないでしょうか?わたしも依然ほとんど休みなく、睡眠時間も4〜5時間で、キリストの為に天に宝を積む事だと思い伝道や奉仕を頑張って来ました。しかしい つも心の中に平安がなく満足が有りませんでした。賛美リーダー、路傍伝道、トラクト配布、個人伝道、青年会の奉仕、PAの奉仕、メッセージテープの録音と約20か所へ発送、神学校の授業、警備員の仕事、イベントの準備と開催、2か月に1回祈祷会でのメッセージの準備、祈り、聖書通読、等々挙げたらきりが ないほど、沢山のやる事が有りました。何かが間違っていると感じながらも、それが何か分かりませんでした。しかし最も必要な事はキリストの元に来て重荷をおろし、休む事です。そしてキリストから学ぶのです。そこから真のキリストの働きが始まります。 「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。」 マタイ11:28〜29 新改訳 |



