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キリストとの出会い・・・6 <あふれる 父の愛 > 〔今日は妻ミカリンに書いてもらいました〕 その日は、父の日でした。朝から天気が良かったので、まるで部活にでも行くような格好(Tシャツに半ズボン)で出かけました。 初めての教会です。ドキドキしながらドアを開けると、次から次へと歓迎の挨拶でびっくりしました。 2時間待たせた人に、叱られるかな?と思っていましたが、そんな事はなく、笑顔で「ここどうぞ。」とイスをすすめられました。教会の人達はどんな人達なんだろう、と思っていましたが、ごく普通の人達で安心しました。 やがて、礼拝が始まりました。賛美が始まり、そのニギヤカさにまたびっくりしました。高校の時は賛美歌で、静かで厳かな雰囲気でしたが、ここではピアノの他にギターやタンバリン、そして手を打って喜びを表現する人等、とても自由で開放的な雰囲気でした。それでつい私も手を打ち、体を横にゆらしながら 賛美していました。とても楽しく賛美していたのを覚えています。賛美が終わり、M牧師のメッセージが始まりました。私も懐かしい気持ちになり、自分の聖書を開き、自然と聞き入っていました。今でも覚えていますが、「あふれる父の愛」というタイトルでした。 そこで聞いたメッセージは、私が高校時代疑問に思っていた事ひとつひとつに、まるで打ち合わせでもしたかのように、答えが与えられました。 私達には生まれながらにして罪がある事、その罪を持ったままでは、天国に行く事ができない事、その私 達の為に、天の父は、一人子なる神の子イエス・キリストをこの世につかわした。イエス様は私達の身代りとなって十字架にかけられ、信じる私達が天国へ行けるようになった事、そして十字架は、父なる神と御子キリストの私達への愛が表されているところだと語られました。一番びっくりしたのは、私はイエ ス・キリストは歴史上での人物の一人、との印象があったのですが、今も生きておられ、信じる人の中に共に住んでいるという事を聞いた時でした。そして聖書は全て、神の言葉で、あなたへの愛のメッセージであふれているというのです。こんな話を聞いたのは、初めてでした。それになぜか、すごくいい話を聞 いた!と思っていました。メッセージが終わり、最後のお祈りの前に、M牧師が私の前に突然来られ、「ようこそいらっしゃいましたね、あなたの為にお祈りしましょう。」といって、私の為にお祈りしてくださいました。 祈り始めたその時、私の胸のあたりが急に熱くなってきて、心の中に「誰かに、謝らなければいけない!」という迫りのような思いが浮かぶのです。もう震えが止まらなくなり、水のようにポタポタ涙も鼻水も出て来て止まらなくなりました。一番びっくりしているのは自分です。さっきまで笑っていたし、別 に泣く理由もないし、初めて教会にきて泣いて、鼻水もズルズルで恥ずかしい〜という別の思いもありました。しかし、奥の深い所で確かに、「誰かに謝らなければ」という思いが離れないのです。お祈りはいつの間にか終わっていました。その後はあまりよく覚えてないのですが、とにかく泣き続けていたと思い ます。その夜、今日あった出来事を詳しく姉に話すと、「それは、イエス様だよ。イエス様に謝らなければならないんだよ。」と言いました。「今まで神様に、背中を向けて自分勝手に歩いてきたミカリンの心のドアを、神様はずーっとノックし続けていたんだよ。人の心は、神様にしか埋める事は出来ないんだ よ。さあ、一緒にお祈りしようか。」そういって、姉と一緒にお祈りしました。また、涙が出て止まりませんでした。でも、今度は嬉しい涙でした。今まで感じた事がないような、喜びと開放感がありました。お祈りが終わり目を開けてみると、見慣れた部屋がキラキラととても新しく新鮮に見えました。 〔続 く〕 |
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2009年09月01日
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