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2歳半の次男が、「パパ!に逢いたいの」と言って 昨日も、病院ディールーム( 談話室 ) で待っていた。 逢いに行くと、パパ〜と声を高くひっくり返しさせながら近寄って、ニッコリ手と手でタッチ (^ ^) そんな時にふと思わされました。 「もしかしたら?天のお父さんが、いつも私達に望んでいるのはこう言う私達の心の状態ではないのかな? 気取らない。気張らない。思う存分甘え。思う存分甘えられる関係。そんな関係を築き上げたいと願っているのではないどろうか? そんな関係は、長〜くじっくり時間をかけ腰を据えないと出来ない。 そんな関係を、天のお父さんとの間に築き上げたい。また他の人々との間にも見たいと、心から願います。 |
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今日の聖書 12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、 12:2 また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。 伝道の書 12 : 1 〜 2 [口語訳 ] この聖書の箇所は、 今から27年前、1984年に聖書を読み始めた頃何度も教えて頂いた言葉のひとつです。この当時約1週間で、無料で頂いた新約聖書を読み、とても喜びに溢れていたのを、今でも昨日のことのように、思い出します。そして旧約聖書も読みたくて、読みたくて仕方がなくなり教会ですぐに購入読み始めました。旧約聖書の方は、半年かかって通読しました。それは興奮の連続でした。その時は、あたかも神ご自身がわたしのすぐそばにいて下さり、直接私に聖書の言葉を語り明かして下さっているような そんな素晴らしい感覚でした。ドラマチェックというか、エキサイティングな時間に包まれていました。ある時は、聖書の文字そのものが飛び出して私の口入ってくるような感覚におそわれ美味しい食べ物ようでした。 またある時は、頭のテッペンから足のつま先まで身体中に電気が走るようなビリビリと痺れような感覚を感じ、感動が体を覆いました。そう言うような感覚は、当然のことながらみ言葉から与えられる感動、喜び、平安、罪の自覚と悔い改めに結びついていきました。 若い日に、そんな素晴らしい体験が出来たことは、かけがえの無いものでした。今でも、そこが原点ですし、この聖書との出会い。私を造って下さったお方とイエス様との出会い。この出会いは、私にとって人生最高の出会いでした。イエス様は、私の人生を根柢から造り変えて下さったのです。 (((o(*゚▽゚*)o))) ハレルヤ‼ |
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癒す時がある 3:1 天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。 3:2 生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、 3:3 殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、 伝道の者 3 : 1 〜 3 [ 口語訳 ] この聖書の言葉は、私の心に安堵を与えてくれるものです。一切の否定的な言葉や思いを打ち消して「癒す時がある。」と力強く信仰の宣言として、私の内側で鳴り響いて来ます。み言葉は、私の魂を救う力があると実感するひと時です。 1:21 だから、すべての汚れや、はなはだしい悪を捨て去って、心に植えつけられている御言を、すなおに受け入れなさい。御言には、あなたがたのたましいを救う力がある。 ヤコブの手紙 1 : 21 [ 口語訳 ] (⌒▽⌒) ハレルヤ‼ [ よろしければ ]
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今日の聖書箇所 21:30 主に向かっては知恵も悟りも、計りごとも、なんの役にも立たない。 21:31 戦いの日のために馬を備える、しかし勝利は主による。 箴言21:30〜31 [ 口語訳 ] 箴言のこの箇所は、とても痛快に、スッキリと私の心を切り分けてくれます。宗教と信仰を切り分け、ハッキリと現してくれます。 宗教とは、人間の側の努力で神に近づく行為のことです。 人は、人の側から天と地を造られたまことの神に近づくことは出来ません。 神に近づくとは、神とご性質( 性格 )が似て行くということを意味しています。そしてこの行為を宗教と呼びます。そして人間は、この宗教が大好きです。 人間の側からのあらゆる努力を惜しみません。知恵、悟り、計りごとを尽くします。 箴言21:31 で現されている日々の戦い。また最後の罪と死との戦いでも主が勝利をとって下さいます。 |



