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彼は神を恐れることを自分に教えたゼカリヤの世にある日の間、神を求めることに努めた。彼が主を求めた間、神は彼を栄えさせられた。 ところが彼は強くなるに及んで、その心に高ぶり、ついに自分を滅ぼすに至った。すなわち彼はその神、主にむかって罪を犯し、主の宮にはいって香の祭壇の上に香をたこうとした。 ウジヤ王は、死ぬ日までらい病人であった。彼はらい病人であったので、離れ殿に住んだ。主の宮から断たれたからである。その子ヨタムが王の家をつかさどり、国の民を治めた。 (歴代志下 26:5, 16, 21 JA1955)
ウジヤ王が、神を求めている時は栄えた。しかし彼が高ぶった時は、ライ病に犯された。 ライ病は、彼にとって悔い改めためのチャンスであった。 主は彼を、即座に殺されなかった。 主がチャンスを与えて下さっている時に、素直に悔い改めたいと思いました。 私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。 主のあわれみは尽きないからだ。 哀歌3:22 |
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