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教会成長。救われた頃の私は考えもしなかったテーマであった。 それから6年ほどたった後日本で教会成長した教授陣、講師陣を集めた 神学校に入った。教授になる資格が、信徒 200人以上の教会の牧師及び 牧会経験の有る方というものだった。当然教授になる人は限られている。 キリスト教関係の本や雑誌、新聞等のメディアに名の知られている方々 ばかりであった。神に用いられている器であったので、その証は興味深い ものばかりで、とても恵まれ毎日がまるで聖会のようであった。 しかしそんな素晴らしい所で学んだ後、暫くして教会成長に疑問を持つように なった。本当に神は教会成長を望んでおられるのだろうか?この答は聖書の あらゆるところから御心だと理解出来る。だがそのプロセスにおいて、また形態 において、御言葉の適用において等々、次々に疑問がわいた。時には聖書を調べ 時には主に求め、時には牧師に質問し、時には本を読みあさった。いったい 神の求める教会とは、何だろうと何時も思うようになった。 そして今この新約の群・家の教会というところに辿りついた。新しい皮袋 だが、聖書そのままの真理の回復を願っている群れである。組織化されてないので メンバーシップ制度はない。またイベントの連続、奉仕の連続で疲れ果てていた 過去を反省し、極力イベントは少なくし第一の事を第一に出来る環境作りも心掛 けて行きたい。また教えにおいては、神の御言葉は調和がとれていて矛盾しないと 言うことを学んでいる。主に心から感謝している。 |
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2013年07月26日
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