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キリストと日々歩む楽しさをお分かちします。

キリストとの出会い

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救い

救い

 
昨日2週間前に紹介した、104歳のK姉のお祖母さん(Tさん)

のところを訪問した。寝たきりになり、食事も喉を通らなく

なってきたとお聞きしたからだった。主に安息する事を心がけて

御宅に向かった。着いたら主の促しを暫く待ち、導かれるままに、

早速ベットに寝ているTさんにヨハネの福音書3章16節を読んだ。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

次にこの所をTさんに適用して読んだ。

「神はイエス様をお与えになったほどに、Tさんを愛された。それはイエス様を信じるTさんが、滅びることなく永遠のいのちを持つためである。」

そして信じますか?と問いかけると深くうなずき「信じます」と答えて下さっ

た。その後、十字架でイエス様がTさんの身代りに死んで下さった事をお話し

した。その事も信じますか?分かりますか?と問うと「信じてますよ」とお

答えになった。

「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」 新改訳  ローマ10章13節

と聖書にあるのでイエス様の名前を呼んで下さいと言ったら、Tさんはイエス

様と何度も小さい声で呼んだ。「もう大丈夫ですよ。イエス様はTさんの肩を抱

いて下さって守って下さいますから。」と言った。
主の御名を褒め称えます。2週間前ははっきりと分からないと言われたのに

信じさせて下さった。救いは恵みである事をあらためて実感した瞬間であっ

た。その後K姉のお父さんに初めて福音を語る機会が与えられた。とても良い

機会が与えられて感謝であった。主に感謝しお祈りして下さった皆様にも感謝

します。



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名古屋生まれの鹿児島育ちの私。といっても名古屋は父の実家の近くで、生まれてから2年程までい

た。それからすぐに母の実家から近い鹿児島市内に移り住んだ。

 しかし、父は職を転々としパチンコと酒に浸った生活を送り続けていた。当然給料はそのまま持って来

る訳もなくかなり使い込んでいた。

 手に職の無い母は泣く泣くキャバレー勤めに身を投じた。飲めない酒を無理して飲み、トイレに行っ

て何度も泣きながら吐いた。しかしそのうち段々酒が強くなってきた。

 そのキャバレーは鹿児島一番の繁華街天文館という所に有り、有名人も大勢きた。プロレスがあるとジ

ャイアント馬場、アントニオ猪木。プロ野球のキャンプの時期には長嶋茂雄、王 貞治、歌手や俳優達も

挙げたらきりが無いくらい来た。その土産話を聞くのがとても楽しみだった。

 母もある程度楽しんで仕事をやっているようでもあった。しかし、当然のように離婚の話しで家庭が揺

さぶられ始めた。父の借金取りが家に夜中押し掛けて来た事もあった。「親父は何処じゃ」と玄関の戸を

蹴破ってチンピラが入って来た事もあった。ある日、家に帰ると自暴自棄になった父が包丁を持って

母の前に立っていた。「お前を殺して俺も死ぬ」と叫んでいた。私は心の中で父は母を殺せない。という

思いと、何でこんな事に成ったんだろうという思いで一杯になっていると母親が「やっちゃん警察に電話

して」と叫んだ。300〜400メートル位離れた所にある赤い公衆電話まで全速力で走った。やがて警

察が来て父も少し落ち着いたようだった。結局当分の間は別居する事で話はついた。兄弟3人誰が父と母

どっちが良いか選ばせられた。弟、妹は当然の様に迷わず母を選んだ。私の番になった。父の顔を見ると

とても寂しそうだった。母を選びたい気持ちをグッと押し殺し、父について鹿児島から遠く名古屋に行く

決心をした。6歳の私には荷が重すぎた。 (続きは次回)

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キリストとの出会い・・・6・・・キリストに出会う


 母の死後、就職の時期になり出来るだけ鹿児島から遠い所を選んだ。

多くの人たちは福岡や大阪、名古屋に就職したが、私は横浜にした。建設

機械を造る会社でクレーンやパワーショベル等を造った。そこで草野球の

チーム入り楽しんでいた。しかし、しばしば人間関係で悩んでいた。ある日、

会社の先輩との事で悩んでいた時、なにげなくテレビをつけた。そうしたら

そこに、牧師が聖書の話をしていた。最初は、斜に構えて観ていたがそのう

ち興味を持っていった。ある時その牧師は涙ながらに「キリストは、あなた

の罪のために十字架にかかって死んでくださったのです。」と語られた。それ

から毎週観るようになった。

ある日キリストを心に迎え入れる決断の迫りを感じていた。そこでベットの

上に座って祈った。「本当に神が居られるなら、どうぞ私に現れるか、分かる

かたちで示して下さい。」と祈りました。すると声がしました。「窓から外見

てみなさい。」私は外に目をやりました。「あの山や太陽、月、星がわたしに

よらず誰によって創られたというのか。」「あなたの体を考えてみよ。それらの

各器官がわたしによらないで偶然に出来たとでも言うのか。」周りを見渡しまし

たが誰もいません。ハッキリしていることは、その後私はすぐに信じる祈りをし

ていたことでした。

それから無料の新約聖書を取り寄せ1週間で読んだ。次に聖書の通信講座を受講

した。いつの間にか、祈りと聖書を読まずにはいられなくなった。聖書を読むと何

か自分に向かって語られているようだった。文字が本から跳び出して自分の方に向

かって来るかのように感じた。そして教会を紹介され近くのキリスト教会に行きは

じめた。これが私のキリストとの出会いである。

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キリストとの出会い・・・5・・・準備期間

母の死

母は、キャバレー、スナックと家の引っ越しにともなって職場を変えた。高血圧だった

母はそれまで2度倒れていたが、3度目に倒れたのは働いていたスナックだった。

学校に連絡が入り急いで病院にかけつけた。脳内出血だった。すでに意識がなく1週間

で逝ってしまった。母43歳。私が17歳の時であった。
 
すべてが終わった気がした。夢が打ち砕かれた思いだった。その当時の私の夢は近い将来

小さな町工場に勤め、嫁さんをもらい、子供を3人ぐらいで母と一緒に暮らすのが小さな

小さな夢だった。
 
そんな時自分の内面の醜さを見つめさせられた。母が亡くなった後人前では泣けなかった

が、夜になって母のその不幸な人生や子供のために一生懸命働いてくれた事を思い布団を

かぶり三日三晩泣いた。泣きながらこんな思いが浮かんできた。
 
「僕の人生は不幸続き。ここで母が亡くなってみんなもっと自分の事を不幸な子と言って

慰めてくれるのでは。」と思った。そしてそんな事を母が亡くなった直後に考えている自分

が嫌だった。どこまでも自分中心。母の死に直面しても自分か。自分自身情けなかった。

しかしこの事はキリストを信じるための準備になった。キリストを信じてから分かった

ことだが、聖書が語る罪の根源はこの自己中心にある。勿論ここに気付くのは信じた後、

この出来事を思い出してからだった。

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キリストとの出会い・・・4・・・準備期間

両親の別居生活は再び続いた。父は名古屋に帰り、母と私達3人の兄弟は、わたし7歳。

妹6歳。弟5歳。であったが母は決断を迫られていた。「3人はとても育てられない。1人

は悪いけど児童施設に行ってもらわなければ。」と考えていた。そこで年長の私が選ばれた。

その計画で児童施設との話し合いも進んでいた。
 
そんなある日、皆でおやつを食べていたが、弟は座っていたのに、急に何か気に入らない事

があったのか、ぐずって、ひっくり返り仰向けになって白目をむいてしまった。心配した母親

はすぐに病院に連れて行った。検査の結果異常は見つからなかった。しかしその事があってから、

施設に行くのは弟になった。勿論わたしも妹も絶対に離れ離れは、いやと泣いて頼んだが、

ただでさえ家計は火の車であったのに、これ以上どうしようもない。と言う返事であった。

後から聞いた話だが実は、このままだと一家心中するしかない状況まで追い込まれていたそうだ。

実際そうしようかと何度も思ったと言われた。母も苦渋の決断であった。そして弟は桜島に

ある児童施設に行った。冬休みと夏休みには、弟を桜島に迎えに行って家で過ごした。休み

が近くなるとその日が待ち遠しかった。その間何度も母に弟と一緒に暮らしたいとお願いした。

しかし給食費も延滞しがち、運動靴は破れた物をいつまでも履き続ける生活では、とても無理

だった。同じ服をいつも着ていたので学校で馬鹿にされたこともあった。母子家庭は、厳しい

状況だったと思う。母は精一杯頑張っていた。ある時は、昼は漬物工場。夜はキャバレーで働いた。

そんな頑張りも時折きかず血圧が200を超え2度も倒れた。体をはって家族を支えてくれた。
 
キリストを信じるまでの私はこの過去を呪っていた。特に中学に入った頃からなぜ、どうし

てが、口癖だった。夕方公園のブランコに1人乗り、うつむきながら何度もため息をつき、

なんて自分は不幸なんだと嘆いていた。自分よりも不幸な人の事も考えたが、自分の不幸で

精一杯だった。幸せな家族の笑い声に怒りを覚え殴りかかりたくなる衝動を抑えるのに必死に

なっている時もあった。妬みと嫉妬の連続であった。キリストを信じた後、神の愛がその全て

を覆ってくれた。イエス様と一緒に何度も過去に帰り泣きながら悔い改め、赦し、慰めと励まし

を頂いた。そして私の過去はゴミから宝に変わった。なぜならこれらの事がなかったらキリスト

と出会っていただろうかと思うからである。

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