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鹿児島の思い出 私の生まれは父の実家のあった愛知県の名古屋市ですが2歳までと、途中名古屋に帰り小学校の1年生1,2学期だけで後は、鹿児島で育ったので鹿児島での思い出が多くあります。これからたまに鹿児島の 思い出を、記したいと思います。私の母は鹿児島の繁華街天文館のエンパイヤというキャバレーに勤めていました。帰りがいつも夜遅く朝は起きれない状況だったので、保育園に行くのにひとつ下の妹と一緒に 通っていました。路線バスで定期を使って行っていました。当時はボンネットバス(運転席の前にエンジンがある)でウィンカーもそれ自体跳び出して来るもので、ランプが点灯するだけでは有りませんでし た。小人15円、大人30円の運賃で、銭湯も同じ値段でした。(そんな昔では有りませんが(笑) ) 私の住んでいた鹿児島市内は、夏には3日に1回位の割合で桜島の噴煙がとんできて火山灰が降りまし た。それで鹿児島の新しく建てる家は二重サッシが標準になっていました。普通のサッシだと家の中まで火山灰が入って来て、部屋がザラザラしてしまいます。 しかしそんな火山灰ですが、今は害だけでなく洗顔石鹸、建築材料等の使い道も研究されているようです。そういうニュースを聞くとなぜか嬉しくなります。 |
故郷の鹿児島
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