キリストと共に歩くのはとても楽しい

キリストと日々歩む楽しさをお分かちします。

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理由のない試練

理由のない試練

1 ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。
1:2 彼に男の子七人と女の子三人があり、
1:3 その家畜は羊七千頭、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭で、しもべも非常に多く、この人は東の人々のうちで最も大いなる者であった。
口語訳 ヨブ記 1:1~3

2:3 主はサタンに言われた、「あなたは、わたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか。あなたは、わたしを勧めて、ゆえなく彼を滅ぼそうとしたが、彼はなお堅く保って、おのれを全うした」。
口語訳 ヨブ 2:3

ここ数日、聖書通読が、ヨブ記に入りました。ヨブは、神を恐れ、悪から遠ざかり、正しい人であり、主からの祝福を受けていました。

そのヨブが試練を受けた理由は、ありません。
2:3 で、神ご自身が、ゆえなく彼を滅ぼそうとしたがと、サタンに語っているので、ヨブ自身に、試練が来た何の理由も原因もなかったのが分かる。

しかし、彼の友達は、こんな試練会うのは、貴方に原因があるはずだと迫ってくる。何か罪を、犯したのだろう。
だからこの様な恐ろしい災いが臨んだのだろうと迫る。
それが、ヨブを精神的に追い詰めて行く。正に冤罪の裁判のようだ。
しかし、神が自慢されるヨブのように慎重に、神を恐れて歩む人は滅多にいない。
しかしながら、聖書は今、私たちを助けてくれるものでもあるので、ここから、主が語られている事がある。
ヨブは、いつも神を恐れ慎重に歩んでいたが、私たちもある時期、神を恐れ慎重に歩んでいる事がある。それにもかかわらず、試練がやって来る事がある。その時こそ、その試練を通して神の栄光が現される時なのである。そして、そこから必ず脱出する道が備えられている。必ず助け出される。ただ忍耐と信仰が必要。無邪気な子供のように、天のお父様を信頼しよう。



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み言葉の飢饉

み言葉の飢饉

8:11 主なる神は言われる、「見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、主の言葉を聞くことのききんである。
8:12 彼らは海から海へさまよい歩き、主の言葉を求めて、こなたかなたへはせまわる、しかしこれを得ないであろう。
8:13 その日には美しいおとめも、若い男もかわきのために気を失う。
8:14 かのサマリヤのアシマをさして誓い、『ダンよ、あなたの神は生きている』と言い、また『ベエルシバの道は生きている』と言う者どもは必ず倒れる。再び起きあがることはない」。
口語訳 アモス8:11 ~ 14

今の時代はみ言葉の飢饉の時代かも知れない。今は黙示録のラオデキヤの時代と言われる。ラオデキヤとは、民主主義という意味がある。民の意見が尊重される。神の意見より、人の意見が尊重されるとそこで、み言葉の飢饉が始まる。しかも、ラオデキヤの教会は、何も不自由がない。全てのものがあると思い込んでいる。今の時代も、今までの教えの蓄積があり、確立された神学がある。多くの書籍があり、ネットを通してさらに学びも出来る。間違っているとすぐに、批判される。20年前までは、熱心と言われたものが、今はカルトと言われる。それは、良いことでもある。聖書が示していない方法で教会を建て上げると、多くの人々が壊れて行く。主のみ言葉のを聞かないと、自分の言葉、サタンの言葉を聞く、それは、み言葉の飢饉である。しかも一番の問題は、それに気付いていないということである。そう言う私も、気付かせて下さいと、祈りつつ主を求めて行きたい思う。


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喜び楽しむ

12:43 こうして彼らはその日、大いなる犠牲をささげて喜んだ。神が彼らを大いに喜び楽しませられたからである。女子供までも喜んだ。それでエルサレムの喜びの声は遠くまで聞えた。
口語訳 ネヘミヤ12:43

主の私達に対する願い?それは、神の子どもとされた私達が、喜び楽しんで欲しいというのが、基本な願いである。悲しんだり、苦しんだり、怒ったり、憎んだり、妬んだり、恨んだりして欲しくない。なぜらな見ていられないからである。我が子が喜び楽しんでいると、こちらまで自然とニコニコしてくる。また悲しんでいると、その原因を取り除く努力しようとする。それは、親が子に対する愛の故である。父なる神も同じように愛の故に、私達子供に喜び楽しんでほしいのである。そこには豊かな安息があり、主への信頼がある。最初に人が造られた後で、置かれたエデンには、歓喜、平地という意味がある。
ハレルヤ‼
今日も主と共に喜び楽しんで行きたい。まわりの状況が、たとえそれを許さなくても、何故なら今はエデンは私達の中にあるから。



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パウロのスピリット

パウロのスピリット

「このように、あなたがたを慕わしく思っていたので、ただ神の福音ばかりではなく、自分のいのちまでもあなたがたに与えたいと願ったほどに、あなたがたを愛したのである。 兄弟たちよ。あなたがたはわたしたちの労苦と努力とを記憶していることであろう。すなわち、あなたがたのだれにも負担をかけまいと思って、日夜はたらきながら、あなたがたに神の福音を宣べ伝えた。 あなたがたもあかしし、神もあかしして下さるように、わたしたちはあなたがた信者の前で、信心深く、正しく、責められるところがないように、生活をしたのである。 実際、わたしたちの主イエスの来臨にあたって、わたしたちの望みと喜びと誇の冠となるべき者は、あなたがたを外にして、だれがあるだろうか。 あなたがたこそ、実にわたしたちのほまれであり、喜びである。」 (テサロニケ人への第一の手紙 2:8-10, 19, 20 JA1955)
口語訳 テサロニケ 2:8~10.19.20

パウロは、テサロニケの人々を愛していた。神の福音を伝えるだけではなく、自分の命さえ与えたいと願ったほどだと書かれている。そこには、彼らに対する愛がある。実際的にも、パウロは働きなが福音を伝えたのは、彼らに、負担を掛けたくなかったからであった。まさしく、親心いやそれ以上かも知れない。

羊のためなら、自分の命さえも惜しくない。このスピリットは、主イエスから流れて来ている。

3:16 主は、わたしたちのためにいのちを捨てて下さった。それによって、わたしたちは愛ということを知った。それゆえに、わたしたちもまた、兄弟のためにいのちを捨てるべきである。
口語訳 第一ヨハネ 3:16



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エバフロスの祈り

エパフラスの祈り

あなたがたのうちのひとり、キリスト・イエスの僕エパフラスから、よろしく。彼はいつも、祈のうちであなたがたを覚え、あなたがたが全き人となり、神の御旨をことごとく確信して立つようにと、熱心に祈っている。 (コロサイ人への手紙 4:12 JA1955)
口語訳 コロサイ 4:12

エパフラスは、コロサイの教会の人々のことを、祈りの時に覚えていた。「全き人になり、神の御旨をことごとく確信して立つように熱心祈っている。」と書いている。
それは、彼がパウロから「キリスト・イエスの僕」と言う称号をつけられているところから、始まっている。僕は、奴隷である。彼はパウロと同じくキリストの為なら、死ぬことも覚悟している人なのである。その人が同じ心で熱心に祈っている。こんなに心強いバックアップはない。


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