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詩篇126篇1〜6節、ディボーション 主はシオンの捕らわれ人を(帰還、復興)帰される時、すなわち教会の人々をリバイバルする時、私達は夢を見ている者のようであった。 その時の喜びは、ただ嬉しいとか、ニコニコしているとか、言うのではない。口が笑い満たされ、舌は喜びの叫びで満たされた。ただ単なる一時的な喜びや笑いではなく、満たされた、というのである。主は私達のためにこのように大いなることをされる。 さあ、主に期待しよう。主を待ち望もう。 今から後、かつてなく、今まで聞きもせず、これからも無いほどの大雨がこの地に訪れるからだ。それは、主が選ばれるキリスト教会から始まる。大いなる収穫の時を、私達はこの終わりの時に迎えようとしている。 <祈り> ハレルヤ!主よ期待します。ただ、あなたに期待します。あなたの御力が現され、御心がなされ、御国の訪れを見ることが出来るように、私達を導いて下さい。あなたが遣わすところにどこにでも、喜びながら行けるように、助け導いて下さい。 |
ディボーション
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神は愛なり。この聖書の言葉で何度助けられたか分からない。私がイエス・キリストを、信じたきっかけもこの聖書の言葉だった。この言葉に神の愛が凝縮されている。 |
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父なる神の親心 創世記26章12節〜22節 |
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主の見えない御手 |



