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団地入居の話し |
最近考えていること
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主と兄弟姉妹に支えられて
今年の2月4日に次男が生まれてから必要な物が与え続けられている。
主と、兄弟姉妹の、愛に支えられている事を覚えて感謝しています。今まで長女、長男の時も衣類をはじめ様々なものが与えられて来た。 その度に主に感謝し、兄弟姉妹の愛に感謝せずには、おれなかった。 今回は今までにまして、色々な物が様々な方々から与えられた。 下さった方は、クリスチャンもそうでない方もおられる。特別その 事についてアピールした訳でもないのに、与えられた事は、 主がお働きになっておられると実感した。また手紙やメールや 祈りでサポートして下さっている方々も、おられる事を覚えて 心強いかぎりです。おかげで初めてベビーバスを使わせて頂いた。 腰が楽々で使い始めはジ〜ンと来てしまった。主と兄弟姉妹に感謝します。 |
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生まれた子ども見て思う 今日市役所に出生届けを出しに行った。 生まれたのは男の子だが、ず〜と見ていても飽きない。 彼は今私たちには何かをしてくれる訳ではない。お腹すいても、 ウンチや、オシッコでも、眠たくても、甘えたくても、どこか かゆかったり、痛かったりしても、ただ泣くだけである。 それを見ながら、ふっと思わされた、これはまさしく神の私たちに 注いで下さった愛。アガペーの愛をよく現している。 無条件に注がれる愛だ。親が赤ちゃんの行いではなく存在そのもの が愛しくてしかたがないのと同じように父なる神も私たちの行いで なく存在そのものが愛しくてしかたがないんだな〜と思わされた。 それは私たちから生まれた、という理由だけで可愛いのと同じで 父なる神にとって私たちは、ご自分から生まれた息子、娘であって何もしな くても可愛くてしかたがない。そこに留まると神の愛に感じ 神の愛のエネルギーで突き動かされるはずである。 |
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今までのお気に入りブログを整理しました。 |
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失敗から学ぶ 日本人は失敗を認めることを極度に恐れる民族ではないだろうか?勿論これを書いている私もその一人である。失敗をすると責任転嫁をしたり、言い訳をしたりする。二十年以上前に日本で教会成長の先頭グループを走っていた教会の主任牧師が、その権威主義から悔い改めたあと、こう語られた。「今まで私は教会成長を追い求めて色々なセミナーに出席して来たが、世界的に用いられている主の器ばかりだった。その特徴はみな成功者であるということだった。そしてその成功は彼らの賜物や人間性によるところが大きく、いざ適用しようとすると無理のあるものが多かった。(国の文化の違い。歴史的背景などの違いもある。)私たちは永年このことを見落としてきた、それは失敗から学ぶということである。だからこれからは教会成長セミナーも教会の伝道、牧会に行き詰まった人達を集めてどのように失敗したかを学ぶセミナーがあればいい。」と語られたことがあった。セミナーは、やるやらないは別にして、確かに失敗から学ぶことが多いしそれを人々に分かち合うことは必要だと思う。私自身、牧師から聞いた失敗談で大いに励まされた一人だった。だから私も失敗談を大いに語る。語り過ぎて人間的にならないように気を付けたい。中心はあくまでもキリストなのだから「恥は我がもの栄光は主のもの」である。そうすると自然体でリラックスして主と共に歩める。 |




