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神の「恵み」という真理を求め続けて17年位になる。
真理を求め続けると、その真理を主が少しづつ開いて下さる。
「恵みの」御言葉の光が色々な箇所から与えられる。「恵みに」生きる人々
との出会い。主の器たちが語る「恵みの」メッセージ。「恵み」を追い
求めた方々の信仰書。私の生活の現場。
これらを通して主は、「恵み」とは何かを教え続けて下さった。
「恵み」は、私の人生そのものに革命を起こしてくれた。
180度違う歩みがそこに待っていた。
それまでの私の歩みは、クリスチャンになってはいたが、全ての
事柄に安定がなく「いつか自分は罪を犯して神から離れるのでは?」
また、「神から捨てられるのでは?」という思いに苛まれていた。
常に何かをしていないと不安がやって来た。「このままではいけない。」
もっと祈らないと。もっと聖書を読まないと。もっと奉仕しないと。
もっと伝道しないと。もっと献金しないと。もっと言葉に注意して語らないと。
もっと清く生きないと。もっと。もっと。もっと。あれもこれも足りない。
やっていると安心するが、すぐ不安がくる。そのうち落ちるかもしれない。
救いまでも失うかも?結局のところ私自身の歩みは自分が全てであった
ことに気づかされた。自分の思い、考え、感情、意思、行動が、どうで
あるかが、私の信仰生活の基準であった。
「恵み」が基準となり始めた時、少しづつ思いに変化が起こってきた。
誰がなんと言おうとも、主イエスの変わらない愛は、私に注がれ続ける。
(ローマ5:5)私の目にあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している。
(イザヤ43:4)私は、あなたを捨てて孤児とはしない。
(ヨハネ14:18)キリストは、昨日も今日もいつまでも変わる事が
無い。(ヘブル13:8口語訳)とハッキリ聖書に書かれている通りである。
神の愛、キリストの恵み、聖霊との深い交わりがありますように。
シャローム
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