キリストと共に歩くのはとても楽しい

キリストと日々歩む楽しさをお分かちします。

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特別な主の守りと導き

特別な主の守りと導き


63:7 私は、主の恵みと、主の奇しいみわざをほめ歌おう。主が私たちに報いてくださったすべての事について、そのあわれみと、豊かな恵みによって報いてくださったイスラエルの家への豊かないつくしみについて。
63:8 主は仰せられた。「まことに彼らはわたしの民、偽りのない子たちだ。」と。こうして、主は彼らの救い主になられた。
63:9 彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。
63:10 しかし、彼らは逆らい、主の聖なる御霊を痛ませたので、主は彼らの敵となり、みずから彼らと戦われた。
63:11 そのとき、主の民は、いにしえのモーセの日を思い出した。「羊の群れの牧者たちとともに、彼らを海から上らせた方は、どこにおられるのか。その中に主の聖なる御霊を置かれた方は、どこにおられるのか。
63:12 その輝かしい御腕をモーセの右に進ませ、彼らの前で水を分け、永遠の名を成し、
63:13 荒野の中を行く馬のように、つまずくことなく彼らに深みの底を歩ませた方は、どこにおられるのか。
63:14 家畜が谷に下るように、主の御霊が彼らをいこわせた。」このようにして、あなたは、あなたの民を導き、あなたの輝かしい御名をあげられたのです。

イザヤ63:7〜14 [ 新改訳 ]


 私たちは苦しい時、辛い時、問題にぶつかると「自分だけがなぜ?」などと思い

やすいのではないでしょうか?

私は、クリスチャンになる前はよくそう思っていました。「私は何故こんなに不幸な

星の下に生まれて来たのか?」と言うのも、私がもの心ついた時にはすでに両親が別

居し、離婚に向けての話し合いをしているところだったからです。

キリストとの出会い・・・準備期間・・・1  http://blogs.yahoo.co.jp/jesus3john/48820524.html

 
ここの箇所は、この当時のイスラエルの民だけを指している言葉ではありません。

主イエスを信じて救われた人々に向けて、神が語っておられる言葉なのです。

今日のニュースで、トヨタの社長がアメリカの議会の公聴会に呼ばれてリコール問題の

説明をしました。

その後で、記者会見にのぞみアメリカのトヨタのディーラーの人達を目の前にして涙な

がらに「私はひとりではなく、孤独ではなかった。皆さんが一緒にいてくれた。」と

語りました。苦しい時は、信じあっている仲間や信頼できる人が一緒にいてくれると

とても心強く感じます。まして愛とあわれみに満ちた主が、苦しい時にも私たちと共に

おられ、救い、贖い、昔からずっと背負い、抱いてこられたのです。
 
その事を思いめぐらすだけでも、十分に神の愛とあわれみが心に染みわたって来ます。



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「アブラハムの生涯における7つの関係」からおしえられたこと


12:1 その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。
12:2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。
12:3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」

創世記12:1〜3

昨日は、「アブラハムの生涯における7つの関係」というタイトルで

創世記12章から学びました。このメッセージは、主からロバート・ユーインさんに

与えられ、その弟子であるKさんに受け継がれたものです。

とても深いティーチングなので、何度学んでも多くの事を教えられます。

アブラハムが7つの関係(7つのテスト)を通してご自身の器を整えている

のが分かります。アブラハムに対して主が願っておられたのは成長でした。

同じように主は私達にも霊的成長を願っておられると、思わされました。

それはまるで親が子供に願っておられるのと同じです。

肉体的な成長で必要な事は、まず健康である事です。霊的成長にも同じ事

が言えます。霊的健康であれば、健やかな成長を期待できます。

異端でなくても、間違った信仰や、極端な信仰を持ってしまうと霊的健康を損ないます。

アブラハムも肉的な考えで、自分の子供イシマエルを得た後、神からの啓示が暫く

無い期間が続きました。霊的健康を損なっていた期間です。その後主からアブラハム

に近づかれました。私達の場合も主から近づいて下さっている事を覚え、主の恵みを

感謝します。


ロバート・ユーインさんについての記事  http://blogs.yahoo.co.jp/jesus3john/49376090.html



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ヨシュアの7つのテスト

 昨日は、「ヨシュアの7つのテスト」から学びました。
Kさんが全部で2時間30分のメッセージをして下さいました。主から多くの
事を教えて頂きました。そのひとつを少しお分かちしたいと思います。


1:1 さて、主のしもべモーセが死んで後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。
1:2 「わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。
1:3 あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。
1:4 あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。
1:5 あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
1:6 強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。
1:7 ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行なえ。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。
1:8 この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。
1:9 わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主が、あなたの行く所どこにでも、あなたとともにあるからである。」


1、従順のテスト  出エジプト3:1〜5

出エジプト3:5「足の靴を脱げ。」すなわち奴隷となれと神は言われました。

神は言われたとおりに従うしもべを探しておられます。

神は能力のある者、知識のある者を求めておられません。

神が求めておられるのは、従う人、仕える人です。

神はこの時100%の自己放棄をモーセに要求されました。

私達は偉大な指導者や長になりたいと思いますが、

神の求めておられるのは無になる者です。


学びの後:

この終わりの時代に主は本当の意味で「しもべ」を探しておられます。

なぜなら「しもべ(奴隷)」だけが主の御心を行えるからです。

主は、自分のミニストリーでなく神の働きをして欲しいと願って

おられます。私も偉大な神の器でなく、神のしもべ(奴隷)として歩んで

行きたいと願っています。




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臨在信仰 ・・・ メッセージのダイジェスト

8 「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆるぐことがない。
9 それゆえ、私の心は喜び、私のたましいは楽しんでいる。私の身もまた安らかに住まう。」

詩篇16:8〜9 [ 新改訳 ]

 主は旧約時代ご自身を、その御名によって明らかにされました。

ある時は義なるお方。ある時は聖なるお方。ある時は癒すお方として

その時の民の必要に応えるように、その御名をもってご性質を

現わして下さいました。

その中で神はご自身を度々「共におられるお方」として現わして下さいました。

主が共におられたので、アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、

モーセ、ヨシュア、ダビデたちのように祝福から祝福、勝利から勝利へと

導かれました。彼らの祝福、勝利の要因は人ではなく

共におられた神にあったのです。

私達も彼らと同じように主の祝福、主の勝利の中を歩む事が出来ます。

私達は自分の能力、経験、過去の傷ついた出来事に縛られて生きるのは

主が私達に与えたいと願っているものではありません。

共におられるキリストに信頼し、祝福から祝福

勝利から勝利を味わう人生へと変革されたいと願っています。


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辛抱強い信仰

辛抱強い信仰


今回は「辛抱強い信仰」について学びたいと思います。

主は私達に辛抱強く信仰を持ち続けるようにと願っています。

それには2つの面があります。1つは私達に願いがある場合です。

それは救いを願って祈り続けている時、諦めないでその方々の為に

祈り続けるようにと、聖書は私達に勧めています。その場合に辛抱強い信仰

が必要です。
 
また辛抱強い信仰にはもう一つの面があります。それは私達の信仰生活

です。それは人生そのものでもあります。

あるクリスチャンの方々は、自分がいっこうに変わらないのでキリストの

弟子として歩む事をあきらめてしまう人がいます。私達の信仰生活の継続に

も辛抱強い信仰が必要なのです。



11:7 [信仰によって、ノアは、まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき、恐れかしこんで、その家族の救いのために箱舟を造り、その箱舟によって、世の罪を定め、信仰による義を相続する者となりました。
11:8 信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。
11:9 信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブとともに天幕生活をしました。
11:10 彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都を設計し建設されたのは神です。
11:11 信仰によって、サラも、すでにその年を過ぎた身であるのに、子を宿す力を与えられました。彼女は約束してくださった方を真実な方と考えたからです。
11:12 そこで、ひとりの、しかも死んだも同様のアブラハムから、天に星のように、また海べの数えきれない砂のように数多い子孫が生まれたのです。
11:13 これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。
11:14 彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。
11:15 もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。
11:16 しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。]
ヘブル人への手紙11章7〜16節 [新改訳]


 私達もこれらの人々のように都を待ち望み、天の故郷の事を思い、あこがれて

いるでしょうか?もしそうでないとすれば私達に必要な事は成長なのかも

知れません。私達の目指すものは、この世の中の基準での大成功や繁栄では

ありません。聖書の基準による成功です。それは13節にあるように私達の

目を上げはるかにそれを見て喜び迎え、地上で旅人であり寄留者である事を

「告白」し「天の故郷」にあこがれて生きる生き方です。



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