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今までの歩みを振り返って
一昨日で私も洗礼(水のバプテスマ)を受けて25年になりました。
そこから妻と話しをしていたら、妻は今年洗礼を受けて19年です。「来年で20年だね〜、早いね〜。私は全然成長していないな。」と妻が言いました。 なぜかと言うと、教会に行きはじめて3年位は毎週、礼拝、祈祷会、家庭集会が有り、その頃教会では、 毎週土曜日や平日もたまに仕事帰りに教会に集まりお交わりをしたり、祈り合ったりと充実した日々を送っていました。 それから結婚、出産、子育てと忙しい日々を送って行きました。ただでさえ忙しいのですが、 それに加えて私は神学生、献身者という教会中心の生活を10年以上も送っていましたので妻も大変でし た。仕事は教会中心ですので限られますから、経済的にも苦労させました。 妻も働きながら支えてくれました。最初の3年間は多くの学びをしたけど、その後は学びどころではなか った。子育てで忙しかった。と言っていました。そして子育てを通して主が、多くの事を学ばせて下さったと言う話しをしてくれました。 その事を話していた時に、私のカバーリング(恵みの中での、お交わり、教え、励まし)をしてくださっているKさんが語って下さった事を思い出しました。Kさんのところは子供さんが6人です。伝道、牧 会、家の教会を巡回しておられるKさん。それに対して奥さんは、来る日も来る日も子育てに追われて教会の奉仕らしい奉仕はしていない、そう思っていたそうです。ある時Kさんの友人の預言者が来られ、奥 さんの頭に手を置いて祈って下さいました。 すると主から預言があり「愛する我が娘よ、あなたがしている事を私は喜んでいる。 あなたの子供達にしている事は、私にしている事だ。」 その事を聞いた奥さんは、自分は何も奉仕をしていないと思っていたので、涙をポロポロ流しながら預言 を受け、大きな慰めと励ましを頂いたそうです。主は子育てを立派な奉仕だと思っておられる。教会の奉仕と同じくらい、いやそれ以上に大切かも知れません。勿論教会の奉仕も重要ですが、優先順位は子育ての方が上だと私も思います。 |
はじめの一歩
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新しい投票を作りました。 今回は救いのきっかけを、お聞きしています。 宜しかったら、投票とコメント(救いの証) を書いて頂けると、とても有り難いです。 なぜなら、救いの証を聞いたり、読んだりすると とても励まされ、主イエスの御名を褒め称えずには おれなくなるからです。 |
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イエス・キリスト 聖書を読む為に、最も必要な事は何でしょう。キリスト教には興味はないと言う人も、聖書には興味を持っている人は多い。 しかし聖書は難しいと、よく耳にする。難しい聖書が、少しでも分かりやすくなる為には、まずテーマを知る事が大切である。そうする事でそのテーマに沿って書かれている事が分かり、より理解しやすくなるだろう。 聖書のテーマ、それは「イエス・キリスト」である。それは聖書自体がそれを書き、また証明している。旧約聖書は、全人類の為に救い主が、来られると言う約束である。新約聖書は救い主が約束どうり来られた、そして再び来られると言う約束なのです。 一貫してそのテーマに沿って書かれている。であるなら、このキリストについて分かりやすく、ストレートに表現しているものを読むなら、より聖書理解の助けになる。 「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思うので、聖書を調べています。その聖書が、わたしについて証言しているのです。」 ヨハネの福音書 5: 39 [新改訳] ヨハネの福音書 キリストが分かりやすく、よりストレートに表現されているのは、新約聖書の福音書である。その中でも特に、「ヨハネの福音書」をお勧めする。ヨハネはキリストが選んだ12弟子の中の一人で、いつもイ エス様のそばにいた弟子であった。そばにいつもいたからこそ、書ける内容が沢山ある。ぜひ「ヨハネの福音書を読んで頂きたい。きっとその内容に魅了されるだろう。 |
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人はなぜ生きているのだろうか? こんなことを考えた人は多いと思う。しかし、答えを見つけた人はどれぐらいいるだろうか? この質問には答えはないと言う人もいる。でも、本当にそうだろうか、答えは一人一人違う? はっきりと答えの書いてある本がある。それは、約3600年前に書き始められ2000年前に書き終え られた物です。時代を超えて人々の人生を変え続け、生きる希望と目的を与え続けてきました。 その本とは、聖書です。聖書はそこに出てくる人々の事が、良い事、悪い事含めて全て赤裸々に書いてあ ります。そこから分かる事は、神(唯一の私たちを創られた神)は人を創られた意味での真の親であり、 その親は子供(全ての人間)がかわいくて、かわいくて、しょうがないと言う事です。まるでこう語りか けているようです。「生まれてきてくれてありがとう。」 「君は、愛されるために生まれてきたんだよ。必要だからそこにいるんだよ。」 神は、愛する対象として私たち人を創られた。だから、人はみな愛される価値がある。いなくてよい人な んて一人もいない。 人の生きる目的その第一は、私たちが愛されており、愛するために生きていると言うことです。 聖書は言う 「神は愛です。」 |
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人の生きる目的 昨日夜遅く娘がこんな事を聞いてきました。 「お父さん。友達がず~っと前だけど、人は何のために生きてるのかな? て質問して来たんだけど。」 私:「A(娘)は、どう思う。聖書はなんて言ってると思う。」 娘:「う〜ん愛される為に生まれた。かな?歌にあったね。」 私:「その通り。でもそれが全てではないよ。他にもあるよ。」 娘:「何だろう?・・・・・・・。」 娘:「隣人を愛せよ?」 私:「その通り。でもまだあるよ。」 娘:「分かった。神を愛する?」 私:「そうだよ。人は神に愛され神を愛し、人は互いに愛し合う為に存在しているんだよ。」 娘:「それが人の生きている目的なのか。」 「また『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして主を愛し、また隣人をあなた自身のように愛する。』ことは、どんな全焼のいけにえや供え物よりも、ずっとすぐれています。」 マルコ 12: 33 [新改訳] 私:「じゃそれはどんな愛だと思う。」 娘:「とっても大きな愛。」 私:「その通り。じゃ〜どのくらい大きな愛かな。」 娘:「え〜。」 私:「これも歌にあったね。」 娘:「ん〜。」 私:「愛す友のために〜♪」 娘:「分かった。いのちを捨てる〜♪これほど、大きな愛があるだろうか〜♪」 「感動する!涙が止まらなくなっちゃった。」 「人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」
ヨハネ 15: 13 [新改訳]
私:「感動するね!」娘:「イエス様が私のことを友と呼んで下さるの?」 私:「そうだよ。」 娘:「感動する。心が温かくなった。」 この後、私も暫くこの歌を歌いながら主の愛に思いを馳せました。主のご愛に感謝! |



