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1年半くらいぶりに教会の礼拝というものに参加した。
動機は、糸満にある「カルト?」かも知れないとの情報がある教会の様子をみるためだが。。
人数は20人前後で、中部近辺にある教会の枝教会らしい。
賛美がずっと立ちっぱなしで、久しぶりだからかとても疲れた。
しかし、そんなのは全然可愛いもので、メッセージは聞けたものではなく、苛立ちながら記録をする。
以下内容
メッセージ「時を見分けることを知らないのか」
聖書箇所 ルカの福音書12:54〜56
群衆にもこういわれた。「あなたがたは、西に雲が起こるのを見るとすぐに、『にわか雨が来るぞ。』と言い、事実そのとおりになります。
また南風が吹き出すと、『暑い日になるぞ。』と言い、事実そのとおりになります
偽善者たち。あなたがたは地や空の現象を見分けることを知りながら、どうして今のこの時代を見分けることができないのですか。(手元の聖書が新改訳なのですが、その教会では共同訳を使用。 時代→時となっている)
(始まる前にパソコンの調子が悪いのか、もたもたしていてなかなか始まらない。
たらたらと世間話が続く)
「聖書の箇所の『時』とは、何時何分何秒とかの時間のことを言うのでしょうか?いいえ、違います。聖書で言う『時』と言うのは、こういうことです。」
(やっと聖書の話になったとしたら、再建主義のことを話し出す。)
再建主義とは。。
神様は7つの時を用意していると考えている
・混沌の時・・自身の良心によって信仰する
・その後の律法の時・・モーセの十戒に代表するルール
・イエス様の十字架の時
・教会のとき
等、(途中までしか言わない)まぁ、極端な再建主義者は昔の旧約の律法まで守るべきだと考えてる人たちですね。
しかし、ものごとには白から黒まで限りなくグレーがある
律法を完全に行うなら、現実に目には目を歯には歯をがある。
加害者は被害者と同じ傷を負わなければならないのか?
*「私の突っ込みや考えていることは前に『*』をつけます。」
*「グレーって何!?」
私達は時を見分けるのが大切なんです。
正しいからって何でも言っていいのか?
子どもに勉強しなさいって言ってる人。どうなんですか?私は、いつもこの話をしますけど、状況も見ないで言うと子どものやる気を失わせてしまう。
大事なのは状況を見ること。状況の中でなされる
備えていない中で、状況を言うことはどんなにそれが正しくても間違っていると言うこと!
*「逆に、何かしら行動しなきゃいけない状況、時期があって、クリスチャンはまずそれを見分け、最善をつくすものだろ!!っと心の中で突っ込み・・」
(ここでカウンセリングの話)人はどんなに気をつけても傷つくときは傷つく。
だから、最初に傷つけるかも知れないよ。と言っておく。
だから相談する人は構えるんですが、剣が思ったより小さかったから、「あれ?先生それだけ?」って思うんですよ。
だけど、逆に全く意図していないときに傷つくことが意外とある。
誰かを励ましても、後でそれが傷ついてしまったと告白される。
なぜ、傷つくのか聞くと、まだ進む準備が出来ていないからと言う。
だから時を見ることが大切なんです。
傷ついているって、剣に気付いたら、自分で抜いてくださいね。
今は、カウンセリングは家族療法というものもあり、一人の人が変わるためには家族全員をカウンセリングしなきゃいけない。
しかし、カウンセリングというものの内容は、聖書のエッセンス・ノウハウが使われている。
私達と同じことをしているんですよ。
それで人が癒やされる?じゃあ、何が違うの?
神がいるかいないかですよ!!!むこうはノウハウのみ!!
*「すみません、あまりにもイライラする程度の低い内容なので、この辺でこの礼拝で牧師が言いたいことを以下にまとめます」
「今の世の中を見ると、政治も政権交代してるし、いろんなことがどんどん変わってる。しかし、韓国も10年前からクリスチャンが30%から増えていないし、日本も1%の状態。
そういう時は、必ず問題があるから伸びない。
時代は変わってるのに、クリスチャンが時代の流れに流されて、そのまんまで過ごしている。古いクリスチャンは賞味期限切れ。
だから、神様は時代の状況を見せて、今が変わるときだと教えている。
新しい信仰を求めている。だから、変わらなければならない!!」
以上です。
感想
一言でいうと、説教というにはあまりにもお粗末様。
これで牧師だとよく言えたもの
それ以上に、こんな説教に頷いたり、笑ってる信徒の神経が信じられない。
突っ込みどころ満載でした。
まず、神様は時を見分けろと言うのはクリスチャンが古いとか言いたいのではない。
確かに今の状況間違った教会や牧師がうじゃうじゃいる。
この状況を見分けられないクリスチャンの現状に
神様は嘆いているのは言うまでもない。
でも、リバイバルも似たようなというか、もっと酷かったとのことなので、
学生時代は本当に聞き流していたことにも気付けた。
カウンセリングのことについては、はっきりいって信じられなさ過ぎてイライラする。
カウンセリングの基本姿勢は、
その人をそのまま受容すること(聖書で言う無条件の愛情である)。
無条件に受け容れられることが人を安心させ、癒やしに向かう状態になる。
クリスチャンであれば、神の愛を実践することにつながる。
傷つくのは確かにその人次第だが、問題なのは気付かせる為に傷つけることを意図して発言するということを平気で言っていた。
しかも、個人の悩み(離婚問題)を講壇から話し、「本人を目の前にして言うのもなんですけど、」と言っていた。
いくら名前を言ってないからって、これは酷すぎる。
この牧師はカウンセリングのカの字もちゃんと理解もしておらず、
聖書の神様の愛の姿勢すら実践していない。
さらに、最後の問題提起。新しく変わるには、じゃあどうするのか??
新しいクリスチャンになるためには??等と言うが、
はっきり言ってお手本もいないのに、
神様の御心にかなう生き方なんて出来るわけがない。
新しい信仰などという言葉は聖書にはない。信仰は古い新しいなど存在しない。
動機づけもなければ、愛もない。
愛がなければ、愛されることも知らないし、愛することも学べない。
そんなんでどうやって神様の愛をちゃんと伝えられるのか?
これでは、まともな信徒が育たない。
だけど、あまりにもリバイバル教会の儀間牧師を思い出させるような話で、
まさか沖縄の牧師の大多数はこんな陳腐な説教しているのだろうか?
と本当にがっかり。
世間話の中に、外国の貧しい子どもの養子縁組して、
子ども手当てもらって1000円を現地に送れば生活が十分出来るから、
後はもらえば儲かるとか、キリスト教はチャンスなんです!!
と、講壇から金儲けの話しが出てること事態、非常事態。
さらに、どうするべきか?等の問いかけの前に、威圧的な口調になり、
「皆さんの答えを待ってるんです!!」等と言い放つ。
普通にそんなんで意見言えるわけなかろう。言いたかったけどね。
これぞ、マインドコントロールの基本メッセージ。
他にも今回の場合、韓国教会や再建主義の話しをして、比較し、
あたかもそれが良くないように思わせる言葉かけ、批判をする。
どこのカルトでも比較は上等手段。
そして、教会(牧師)の意図する選択を無意識のうちに常にさせることで、
考えることをやめ教会や牧師の言うことに素直に従う信徒を作り出す。
そのうち、自分の信じていることと違うことが考えられないから、
違うことを間違いだと認識する。
自分の信頼しきってる牧師や教会の批判を、正面から向き合い考えることができなくなり、
感情的に対決姿勢をむきだしにする。
これが、カルト教会におけるマインドコントロールが完成した従順な信徒の姿です。
信徒を利用して、奴隷化して。。。あまりにも馬鹿にしすぎ。説教の半分はニヤニヤして話すし。
こんな牧師は本当にゆるせない。
一番は、こんなレベルの低い聖書の間違った引用に、信徒がちゃんと気付くべき。
いくら、人当たりよかったとしても、聖書と照らし合わせて本物をしっかり見分けることが大切だと今回思いました。
教会離れて気付くことって、かなりビックリすることばかり。。学生時代で他を知るすべを知らなかったとはいえ、同じような状況下でのほほんと過ごしていたことにただただ残念でならない。。
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