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先日、千葉県の牧場に行ってきました。
ロバを間近に見られて感動…。 イエス様が乗ったろば。 ロバは十字架の象徴なんだなぁ〜ってあらためて知らされた。 ロバの背中には十字架の模様がある。 背中に真っ直ぐ縦一本と、前足の付け根の延長線の肩の方から横に一本。 見たロバは2種類。 どちらにも十字架模様があった。 ガイドさんが説明する 「ロバにも色んな種類がありますが、どんなに種類が違っていても、この十字架模様はどのロバにもついています。 だから、背中に十字架模様があるのは全てロバですからね。」 昔、教会で全く違う説を聞いたりしたけど…。 神様は難しい解釈をしなくても良いように、本当に素直な子どもに伝わるように全ての事を示しているように感じる。 わからない時は、素直じゃないか、間違った教えをベースにしているんじゃないかなぁ〜って、考えさせられた。 ヨブ記での神様も、ヨブに対し、本当に子どもを諭し包むように語りかける。その言葉から神様の愛が溢れている。 「地の元がどうやって出来たのか知ってる?」 「海の底は見たことあるの?」 「月や太陽がどう動いているのか知ってる?」 「生き物の生活は?」 私達へプレゼントされた万物。 それらを先に準備してくださるくらい、産まれる前から愛してくださった神様。 イエス様の十字架よりもずっとずっと昔、光が創られる前から、プレゼントを考えて準備していた神様。 聖書の神様って本物だよねって、自然や生き物たちをみても沢山感じられる。 それらを目で見て、鼻で嗅いで、耳で聞いて、手で触れて、口に含んで、心に沢山蓄える。 赤ちゃんが、全てのものを手で触り、口に含むように…。 そんなごく普通にありふれているものから、感謝したり、感動したり出来る事が、本当に幸せなんだと思う。 教えに惑わされたり、騙されたり、奉仕に追われて疲れきってハレルヤって言っても、神様は喜ばない。 むしろ、自然をみて、生き物を見て、座ってそれらに耳を傾ける事も、神様は望んでいらっしゃるのではないかと、ふとしたときに思う。 親が子どもと自然や生き物との触れ合いを楽しむように、私達にも神様の創られた世界を一緒に楽しみたいのではないかとも思ってみたり…。 今は、そういうことを考えるのが一番幸せを感じます。 自然と周りにも感謝出来るから。 ロバや羊と触れ合って、とっても心がほこほこした日でした。 |

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