つれずれなるままに。。。ユコンブの独り言

主に書くのは教会関係で、私がリバイバル教会で過去にあったことも書いています。日常もちょっとずつ書きます。

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沖縄リバイバルチャーチ、被害者であり、裁判の原告である上江洌尚子さんのブログが再開されました。
また1からの証言になりますが、どうぞご覧ください。
 
沖縄リバイバルチャーチ 被害体験ブログ
 
 
お待たせいたしました。
 
私たち元沖縄リバイバル教会員は、それぞれ体験したこと、受けた被害を他の人に避けて欲しいと思っています。
 
キリスト教を名乗ってますが、教えは聖書的ではありません。
その結果が、精神的打撃や、経済的困窮につながっている人が大勢います。
 
教えの間違いに献金の問題もあります。
そもそもキリスト教の献金は、助け合うためのものです。イエス様が教えた「上着を持っているものは、持っていないものに分け与えなさい。また下着もどうように」と同じ意味で扱われるものです。
牧師のためや、教会だけのためではなく、教会に集うみんなのものです。
旧約の什一も同じです。
 
祝福や信仰と結び付けて、全く聖書から離れた意図で教えています。
信仰から離れることはサタンの餌食にされると恐怖心も植えつけ、教会に逆らう考えを持つことも悪に結び付けて教えられています。
 
疑問が出ても、自分の考えすらも出せない。教会や牧師に従うように考えがシフトし、自分で考えることができなくなります。
 
マインドコントロールの一部ですが、私が今まで関わったマインドコントロールの脳の状態にある人は、教会が違っていても、共通していることがありました。
一番感じたのは、自分の意見がはっきりしていない。
意見を言ってるつもりかもしれないが、人の言葉を借りてるだけ。
(ひどい人は、「それ前回私が言ってたことですけど、あなたの言ってる意図とは違います」と、心の中で突っ込んでいることもありました。私の言葉、盗まないでくださらない??なんて。
わかるつもりでも、問題を認識していないから話が進まない。
前回話したことがちゃんと伝わっていなかった。
同じところで何回も突っかかる。(思い込み外せませんか?)
などがありました。
 
マインドコントロールの影響だとわかるから忍耐できるのですが、正直職場にいたら大変だろうと感じる状態です。
 
このような状態が、その人の欠点ではなく、教会などの宗教によってつくられていく。
教会は、世の光どころか害毒になっているのです。
それが、カルト宗教です。
 
社会で通用しない(責任ある仕事を任せられない)から、教会の奉仕に没頭したり、依存したりしてますます悪循環。マインドコントロール負のスパイラルにどっぷりです。
 
思考停止は教会から離れても、気づかせる人がいなければそのままです。
 
もう、そんな風に苦しむ人が出てきて欲しくない。
防げるなら防ぎたい。被害にあう人がこれ以上でないように。。。
カルト教会の実を見て、誠実な教会が道を間違えないように。。。
 
 
 
 

現状 ケータイ投稿記事

ブログ書き始めた頃は、教会の問題を忘れたくない、忘れさせないつもりで始めました。

そして、それを気付かせる目的は、主に沖縄の人だけに焦点を絞っていたので、何が起こっていたのか順序立てて書いていませんでした。

裁判に至るまで、私は締め出し事件からと、自分の体験しかほとんど書いていないので、締め出し事件よりずっと前の、私がまだ小学生だったときからの事を、再度書き綴っていきたいと思っています。

振り返ってみても、裁判にはならないものの、同じような事が繰り返し起こっています。

どれも高徳な倫理を教えている聖書から、かけ離れた事件ばかりです。

証言をしてくれる人の体験も載せられるように、時間をかけても話していきたいと思っています。

あまりにも沢山の出来事がありすぎて、まとめるのも時間がかかっています。

仕事や今優先していく事に集中すると、なかなかコメントをいただいても満足に返す事ができず、申し訳ない気持ちになりますが、コメントして頂ける事も感謝しています。

このブログだけでなく、趣味程度のSNSにも教会の問題をしっかりと書かなければと思っています。
問題に感心が無ければ、このブログに辿り着くこともあまり無いと思うからです。

かつて知り合ったキリスト教関係者にもわかるように、教会の問題を整理して公表したいと思っています。


時間がかかるとは思いますが、もし関心がある方は、忍耐してお待ちいただければ…幸いです。


そう思えたのも、様々なところからブログを通して出会えた人々との繋がりが、本当に神様から与えられた出逢いだと思うからです。
学ぶべき知識を持っている方や、感性が似てる方からの反応、異教の人々からの共感や励まされたという声。
教会に繋がっていないけど、ネットを通じて交流がもてることは、私の宝です。

このブログを通じて交流する中で、それぞれ自分の使命や知識を出来る限り出している姿を見て、私の尽くすべき事を考え、また知識も経験も優れた人々が私に近付いてくれた事にも、本当に感謝しています。

教会の問題に関わるようになって、嫌なクリスチャンや宗教家が最初は沢山出てきて、そんなのばかりが嫌だから、自分から交流することは避けていた中で、そんなトゲも気にせずに親しんでくれる人の存在は感謝し尽くせないくらい大切です。

まだ会った事も直接会話したことも無い方、その方々の繋がりで見に来てくださる方々。
私に興味を持ってくださった方々も、色んな方から刺激を受けています。
本当にありがとうございます。

今は、また直接的関わりの中で必要と感じる事に時間を費やしています。
落ち着いたら、すぐにでも記事を書きます。

先週も、小学生の頃から教会でお世話になっていた方より、SNSを通じて連絡が来ました。
私達家族や周りの人が出て行った理由をきいても、誰もちゃんと教えてくれなかったから。。
との事でした。生活も大変な中、何とか生きてるよと言っていました。
教会も離れたそうです。

事実を整理したら、誰でもわかるように知らせたいと思います。

その人にも必ず教えますと返事をしたら、個人的に連絡もとれるように連絡先を教えてもらいました。
人間不信になってるけどと前置きしながらも、こうやって連絡をしてくれるということは、やっぱり助けを必要としている事だと思います。

私がすべきこと、私に出来る事を、日々考えながら、出来る事から続けていきたいと思っています。
今日見つけたショックなこと
 

信者1000人超と報告=事件知らぬ若年層に拡大―原点回帰も鮮明に・アレフ

時事通信 11月17日(木)14時11分配信
 オウム真理教の主流派「アレフ」が、1000人以上の信者数を公安調査庁に報告したことが17日、分かった。同庁は団体規制法に基づき、年4回信者数を報告させているが、報告ベースの信者数が1000人を超えたのは2007年に上祐史浩前代表が率いる「ひかりの輪」と分裂して以降初めて。
 教団が関与した一連の事件をめぐる裁判は、18日の中川智正被告(49)と、21日の遠藤誠一被告(51)に対する上告審判決で終結する見通しだが、公安当局は「事件を知らない若い入会者の伸びが目立つ」と、警戒している。
 公安調査庁などによると、アレフは7月末の信者数を1030人と報告。1〜7月で150人が入会し、すでに昨年1年間の約90人を超えた。特に北海道と近畿の伸びが顕著という。一方、ひかりの輪は7月末の報告で210人。同庁が把握する信者数は報告されていない信者を加えて両団体計約1500人とほぼ一定だが、いずれも新しい在家信者の割合が増えている。
 アレフはインターネットの交流サイトや大学で団体名を隠して近づき、ヨガ教室に誘うなどの手口で勧誘。多く入信させた信者に特別な修行を許す優待制度を設けるなど拡大に力を入れており、参加者が300人を超えたセミナーもあった。元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚の「生誕祭」や肖像の掲示を公然と行い、以前の修行法や教本も復活させるなど原点回帰も鮮明化している。 

【関連記事】
〔写真特集〕地下鉄サリン事件
「殺害できる薬を点滴」=オウム中川被告が発言−致死と矛盾、本人否定・事務長監禁
遠藤被告、21日判決=オウム裁判終結へ−最高裁
 
 
あのサリン事件が、どれだけ多くの人の恐怖となり、沢山の命を奪ったのか・・・。
今の若者(ってどのくらい年が下なのか??)は知らない??
カルト宗教が起こした、歴史に残る大事件です。
 
知らない若者の入信者が増えてるって・・・・。
本当に他人事じゃない。
 
事件は語る人がいなくなれば風化するのか?
それとも、情報化社会においていくらアレフだと知らなかったとしても、入信した時に気づけないのか?
それとも過去の大量殺人を、過去の過ちとしか考えていないのか・・?
全く理解できない。。
 
でも、教会のカルト問題も同じだと思う。
 
伝える人がいなければ、また新たに被害者が出る。
絶対に忘れさせない。
アレフに対して、国家レベルで対策を考えないと、同じ事件が起こらないとも限らない。
 
同じように、大きな事件になっていないところでも、カルト宗教によって自殺者や精神に異常をきたしてしまうようなところは、そこの被害者が一人でも多く声を上げていかなければ、同じ苦しみを味わう人は後を絶たない。
 
被害者の中で問題を声に出せる人は、沖縄リバイバル教会だけでも一握りにも満たない。
みんな、離れても恐怖を捨てきれない。
もし、知ってる問題を口に出したら、自分だとわかってしまうのではないか?
そしたら、あの牧師家族のことだから、何かしらされるのではないか?
現役の信徒を使って、嫌がらせをされるのではないか?
せっかくもう平穏に過ごしているのに、それを再び壊されるのではないか?
忘れたいし、二度と関わりたくない。思い出したくない。
 
私が知らない過去の儀間家を知ってる人も、私が記事に書きたいと言うと、こう話す。
「おねがい、書かないで。自分って知られたら何をされるかわからない。本当に恐ろしい人たちだから」
 
大丈夫だと思うと言っても、植えつけられた恐怖心はなかなか取り去ることはできない。
 
昔から様子を見て知ってる人ほど、その人間性をよく知ってる。
私みたいに、当時子どもで怖いもの知らずだった人には、どうしてそこまで怖がるのか全く理解が出来ない。
 
それほどの恐怖が教会で植えつけられてること事態、異常極まりない。
 
伝えたいこと、言いたいことは本当に沢山あるし、証言も沢山集まっている。
だけど、その証言者が言わないで欲しいと願う以上、こちらからは言えない。
 
だから、証言できる人が本当に回復して、自ら言えるようになることが、一番望ましいと思っています。
そこでどんなことが起こったのか?どんな被害があったのか?
具体的に伝えないと、そこに行く人は後を絶たないと思う。
 
今でさえ少ない証言ですが、それでもカルトの教会に行くことを、事前に防げることができるので、これから少しでも証言してくれる人が増えて欲しいと心から願います。
 
これは沖縄リバイバル教会だけに言えることじゃなくて、他のカルト教会の被害者の方にも言えることだと思います。
私が時々批判する教師に対して、実名で教えて欲しいという方もいますが、その前に、自身が被害を受けた教会を公表することが出来るようになることが一番先だと思います。
まずはそこに足を運ぶ人が少しでも減ることが、被害を証言する上で必要だと思うからです。
被害者を増やしたくないという気持ちがあるなら、問題をしっかり伝えることが大切だと思います。
 
自分の回復と問題の認識ができないうちに、警鐘することはかなり厳しいと思います。
 
何が一番必要なのか?優先する順位をしっかり立て、段階をおって少しずつ。その順位をわかっている人の支援も大切だと思います。
 
カルト教会で受けたマインドコントロールは人格(本来の性格)まで変えてしまうこと、その本来の自分を取り返すためには、自分を見つめる作業は必要不可欠だと感じています。
前頭葉が思考停止してしまうと、感情の抑制も難しくなります。
前頭葉は、状況に応じた対応を考えたり、または他者の気持ちや思いを読み取ろうとするときに使われる脳だと言われています。
 
そこが止まってしまうと、自分の状況や問題に対する認識が弱い、または全く考えることができないことが起こってしまいます。
狭い価値観で人を断定したりすることも平気で出来ます。
自分を客観視することも出来ません。
 
マインドコントロールは、社会的におかしな教えであっても、前頭葉を止めることで植えつけることができる手段です。
植えつけられているのは、間違った教えだけではありません。
本来の自分を発揮できないまま、心の目隠しをされてうまく誘導させられています。
その問題に具体的に手を伸ばさないで、本当のマインドコントロールからの解放はないと思います。
 
沖縄リバイバル教会の問題に主に携わってくださるのが、愛すべきおばあちゃんの盛山和子さんですが、和子さんの働きにより関わった被害者が回復している姿をみて、その為に沢山払ってきた多くの犠牲を考えると、本当に頭が上がりません。
70代の女性が、人の為に日々駆け回っているのです。
その働きは、そこら辺の牧師よりも遥かに多忙です。昼から夜まで助けを必要としてる人に呼ばれれば飛んでいき、何時間も話を聞いたり、先人としての知恵を教えてくれています。自分の体を気遣うこともままならない時もありました。
必要とあれば本島の外にも出ていくこともありました。誰の支援も受けず、自費です。
それは、いつも人知れずに行動し、知るのはだいぶ経ってからでした。
 
そこまでしている人が、恩人とよばれても当たり前だと思います。
 
それを知らない人が、彼女をカルトだと罵ったり、被害者は彼女にマインドコントロールされてると簡単に言い放ちます。
その無神経さ、非常識さには本当に腹が立ちます。
何もなしに持ち上げられるのは、教会の牧師とか、肩書が立派な人くらいだと思いますが・・・。
人を批判するなら、その人がどれだけのことをやったのかちゃんと調べてからすべきです。勝手な先入観や感情面で決めつけることこそ常識外れであることを自覚するべきです。
 
それは、どんなことにも共通することだと思います。
 
人として大切な事、やってはいけないこと、そして過去の歴史。。
これから先にどう生きていくか?次の世代が良く生きれるためには?
忘れさせていけないことは、どんなことでも伝え続けていかなければならないと思います。

○○さんだよ〜

仕事中の出来事。2歳児クラスの担任をしていますが、おやつの時間に子どもから質問。
 
「ゆーこせんせ、おにぎり、なにがついてるの?」
 
刻みのりとゴマなどが混ぜ込んであるおにぎりがでていました。
 
「これは、ちいさいのりさんでしょ〜。それから、あら?白ゴマさんも入っているのね〜。
まだある、これは・・・粟さんかな?」
 
それを聞いたほかの保育士の先輩が吹き出しながら突っ込む。
「あなたって、よく色んなものに さん 付けするよね。のりさんとかは、まぁわかるけど、粟にまでさんをつけるから、可笑しくなっちゃったよ。」
「そう言われたら、つけますね。でも、客観的に考えると、確かに可笑しい!」
 
二人で大笑い。
 
それを聞いていた子どもたち、きょとんとして質問
「せんせ、なんでわらってるの?なにがおもしろかったの?」
次々にそんな質問の声が上がる。
 
「お話して、面白くなっちゃったのよ〜」
粟さんって言ったのが面白かったんだってって言っても、またきょとんとしちゃうだろうから、そう答えた。
すると、「お話がおもしろかったんだって!」と、他の子どもたちと楽しそうに笑う子もいた。
 
よく考えたら、おもちゃを片付けさせるときも、
「おもちゃさんが、おうちに帰りたいって言ってるよ〜」とか
おもちゃをほっておいてほかのことをしていたら、
「あ、おもちゃさん泣いてる!放っておいたら可哀そうよ」
 
そんな声掛けをすると、普通に「片付けましょう」というより、子どもたちは自分から片付けなきゃと動き出す。
 
この時期の発達に必要なアニミズム。
自分以外のすべてのものが、ただそこにあるものではなく、生き物なのだ。
植物や、動物など、言葉が伝わらないものにも、心があり、命がある。
その延長に食べものやおもちゃもある。
 
人の気持ちを自分の気持ちと同じように考え始める時期だ。
自分がしたいことがすべて通るわけではない体験と、思い通りにいかないときの自分の気持ちの切り替え方を、周りの子どもや大人の助けをかりながら学んでいく大切な時期。
物を大切にしようとする気持ちも、この時期に向けて育んでいく。
ここで体験したり、身についたことは、大きくなっても忘れない。
 
ケンカしたり、主張が通らなくて泣きながら葛藤したり、友達と協力して一人じゃできないあそびを楽しんだり、言葉を使って気持ちを伝えられる心地よさを感じたり・・・
 
そんな子どもたちの気持ちに沿うつもりで言葉かけをしていたら・・・
 
なんでもかんでも「○○さん」。
確かに大人になったらしないコミュニケーションですからね。
 
そんな私も、ほかの保育士と子どもの会話での保育士の会話に吹き出したりしていますけどね。
子どもに関わる大人の話し方は面白い。
 
だけど、子ども扱いして赤ちゃん言葉とかは使わない。
一人の人間として、その発達に応じて対等に付き合いながら、
同時に人間の模範になるような振る舞いや行動を見せていく。
 
今の関わりに対する結果なんてすぐに出ない仕事だし、常に対応を振り返って反省して次を考えたりするから、「今日は良かったね〜」で終わることなどない。
 
何事もなく、無事に一日を過ごすために、天候、あそび、前日の子どもの姿やおうちでの様子から、どう支援して、保育していくのか常に考える。
 
保育士って仕事に対してどう思われているのかはわからないけど、ただ子どもを預かる仕事じゃないことはわかってほしいと思っています。
 
「初めて自分で出来た〜」って喜びを共有できるのは、仕事冥利につきます。
出来るまでの過程まで一緒に見てきたから。
 
いじわるしても、わがまま言って泣き出しても子どもってかわいい。
表情は、こわい顔をしながら叱っていても、心はキュンキュンしています。
 
 
そんな子どもたちが
「先生、 さん つけ過ぎじゃない??」
って突っ込みがわかるまで、どのくらい大きくなるんだろう。と、楽しみです。
 
 
神様もこんな気持ちで見守っているのかなって、やっぱり考えてしまう。。。
教会は離れても、神様からは絶対に離れられないんだと実感する日々です。

ろば。。しぜん。 ケータイ投稿記事

先日、千葉県の牧場に行ってきました。

ロバを間近に見られて感動…。イメージ 1

イエス様が乗ったろば。
ロバは十字架の象徴なんだなぁ〜ってあらためて知らされた。

ロバの背中には十字架の模様がある。

背中に真っ直ぐ縦一本と、前足の付け根の延長線の肩の方から横に一本。

見たロバは2種類。
どちらにも十字架模様があった。

ガイドさんが説明する

「ロバにも色んな種類がありますが、どんなに種類が違っていても、この十字架模様はどのロバにもついています。
だから、背中に十字架模様があるのは全てロバですからね。」


昔、教会で全く違う説を聞いたりしたけど…。

神様は難しい解釈をしなくても良いように、本当に素直な子どもに伝わるように全ての事を示しているように感じる。


わからない時は、素直じゃないか、間違った教えをベースにしているんじゃないかなぁ〜って、考えさせられた。

ヨブ記での神様も、ヨブに対し、本当に子どもを諭し包むように語りかける。その言葉から神様の愛が溢れている。

「地の元がどうやって出来たのか知ってる?」
「海の底は見たことあるの?」
「月や太陽がどう動いているのか知ってる?」
「生き物の生活は?」

私達へプレゼントされた万物。

それらを先に準備してくださるくらい、産まれる前から愛してくださった神様。
イエス様の十字架よりもずっとずっと昔、光が創られる前から、プレゼントを考えて準備していた神様。


聖書の神様って本物だよねって、自然や生き物たちをみても沢山感じられる。

それらを目で見て、鼻で嗅いで、耳で聞いて、手で触れて、口に含んで、心に沢山蓄える。

赤ちゃんが、全てのものを手で触り、口に含むように…。

そんなごく普通にありふれているものから、感謝したり、感動したり出来る事が、本当に幸せなんだと思う。

教えに惑わされたり、騙されたり、奉仕に追われて疲れきってハレルヤって言っても、神様は喜ばない。

むしろ、自然をみて、生き物を見て、座ってそれらに耳を傾ける事も、神様は望んでいらっしゃるのではないかと、ふとしたときに思う。

親が子どもと自然や生き物との触れ合いを楽しむように、私達にも神様の創られた世界を一緒に楽しみたいのではないかとも思ってみたり…。


今は、そういうことを考えるのが一番幸せを感じます。
自然と周りにも感謝出来るから。


ロバや羊と触れ合って、とっても心がほこほこした日でした。イメージ 2

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