つれずれなるままに。。。ユコンブの独り言

主に書くのは教会関係で、私がリバイバル教会で過去にあったことも書いています。日常もちょっとずつ書きます。

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最近腹が立ったこと ケータイ投稿記事

つい最近、新しい友達が出来た。
まだ顔を見たこともないけど、とても大切な友達。

でも、クリスチャンと言われる人にとても傷つけられて、ボロボロになっていた。

友達を助けると言って近づいてきたそのクリスチャン。

やってることはあまりにもむちゃくちゃだった。

話を聞いて、腹が立って、悲しくて泣いた。

友達と出逢ったのは、1週間くらい前。
ブログみて、メールをしてみた。
辛い中返事を返してきてくれた。

それからやり取りしてる内に、とんでもないことがわかった。
友達には全然チンプンカンプンだったのだが、そのクリスチャンが言うには、沖縄のカルト被害者と友達が繋がっているとかなんとかと、友達の家族に言っていたそうだ。
その沖縄の子の特徴を聞くと、どうやら私に当てはまる。

しかもだいぶ前に言われたらしい。

おいおい、冗談じゃないよ!
人が知らないとこで、勝手に巻き込まないで!

頭がおかしいとしか言いようがない。
その友達も沖縄に知り合いなどいないから、本当に困っていたらしい。


こんな妄想ばかりして、色んな人巻き込んで、言うことをきかそうとしたって、そんなまともじゃない人の事なんて聞くわけないでしょう!

妄想が本当だと思っているのかわからないけど、嘘をついてまで、人を操作しようとしないで!

これじゃあ、マインドコントロールしてる教会や牧師と一緒だ。

ひどい嫌悪感を覚えた。

こんなのゆるせない!
自分は霊的だとか、心が読めるとでも思っているのかな?

そこのところ根本的に自分を見つめないと治らないよ。

私の事を言っていたのなら、きっとここを見てる人。
だから書いておく。


人に近付く前に、自分の心をよくよく見てください。

友達の心をめちゃめちゃにしたのは、友達の心が壊れたきっかけになったものだけじゃない。
関わった人にも大きな責任があることを。

責任転換して逃げないでよ!
神様、そんな言動行動はお許しになっていない。


だから、破壊的カルトは嫌いだ。
だから破壊的なコントロールをするクリスチャンは大嫌いだ。

「人に謝罪して、悔い改めよ」
なんて、その人たちに言う資格などない。
君の心が
独りぼっちの時も

何も言えずに
泣いている時も

神様は
君を守っているんだ
ずうっとね

ほら笑顔を見せてごらんよ いま
神様と話そうよ

そのままの君を
愛してくれる神様だから


例えどんなに
背を向けて歩いても

全ての事から
逃げ出したい時も

神様は君を待っているんだ
ずうっとね


ほら勇気を出してごらんよ いま
神様と話そうよ
そのままの君を愛してくれる
神様だから


ほら笑顔を見せてごらんよ いま
神様とはなそうよ
そのままの君を愛してくれる
神様だから



この歌好き。
だれかCD持ってませんか?

心を守る ケータイ投稿記事

イメージ 1

大切な友達からメールが届いた。

「死にたい。」
「今までありがとう。」


すぐに電話をかける。


「………」

もしもし、しんどい?

「今、ピーク」

そんな会話から始まる。


一度心が壊れると、なかなか元に戻らない。
良くなったと思ったら、ふとしたきっかけでまた悪くなる。

目に見えないから、一見健康に見える。
だからなかなか理解してもらえない。


自分が病気で寝込んでいるときに、どんな言葉をかけてもらいたいか、どんな助けが欲しいのか、考えながら、模索しながら一緒に歩くようにゆっくりと会話する。


時には涙も流れ、一緒に辛いねって言いながら、ゆっくり休むように会話する。


いつも必要なのは、どれだけ大切な存在なのかや、どんな状態でも受け入れていることが伝わるようにすること。


心が辛いときは、どんなに近くにいる家族や恋人でさえも自分の存在が迷惑に感じてしまう。
結局自分が悪いと責めてしまう。


そうじゃない。何も悪くない。だって本当に悪いこともしてないから。


自分の心を包むような気持ちで話しているうちに、返ってくる言葉が明るくなってくる。

時間も忘れ、話に耳を傾け、会話してるうちに、心が軽くなってくる。

ふわふわぽかぽかしてきたころ

「ありがとう、だいぶ楽になった。良くなってきたよ」

少し元気を取り戻した大切な友達。


心は他の人には見えないから、今は自分のこころが我慢することはしないようにして、治すことに専念するようにねって約束。

絶対良くなるからね。


目に見えない器官(脳や心臓)が物凄く重要なように、心も体の全てを統括してるから、おろそかにしてはいけない。

自分の心を大切に。

心は命の源だから。

偶像と他宗教 ケータイ投稿記事

1ヶ月前から、将来の目標を達成するために沖縄から離れ、仕事のフィールドを変えました。
今は三重にいます。
三重県は、伊勢神宮が有名です。

日本古来より信仰されている神様が祀られています。

天照大神です。

この辺では日本一の神様だと言われています。

しかし、キリスト教視点では偶像です。

でも、キリスト教ではない人が、実は聖書の神様と同じなんだと話していました。


この話を聞いたら、今まで何でも偶像って切り捨てるキリスト教が余計嫌になりました。


多神教のギリシャにも忘れられた祭壇があり、知らずに拝まれている本当の神様。その話をしながら福音を伝えた使徒。

バアルの神とイスラエルの神の力比べを持ちかけ、生きておられる神を証明した場面も含め、他宗教の人の宗教を否定して本当の神様を伝えている記述など、聖書にない。

偶像礼拝をしてはならないとあるのは、あくまで本当の神様を信じている人に向けてだ。


教会では、すぐに何でもかんでも偶像礼拝と結びつけて、サタン崇拝と一緒だと考えさせるように教えてた。

今思えば、あまりにも偏見に満ちていて、間違った教えだと思う。

そんなんで本当の神様を心から信じてるとは思えない。

自分が正しいと思うプライドが育ち、信仰生活を守るという名目の偶像礼拝でしかない。

本当に神様見てたら、もっと相手のこと考えられるはず。


私も自分の信じてる神様否定されたらとっても悲しいし、嫌だ。

中学の時にそんな経験もした。
社会人になっても、考えの合わないクリスチャン(牧師)に、「あなたの神は誰ですか?」と罵られた。


だから私は絶対、人の信じてるものを否定しないと決めた。


その代わりに、こう言う。

「信じてるものは違うけど、本物があるからコピーができるように、
本物の神様がいるから、色んな宗教ができる。
だから、元をたどればきっと本当の神様に出会えると思う。私は聖書を通してその神様に出逢ったと思ってる。だから、本当に神様を求める気持ちがあれば、絶対神様に出逢えるから!」

信じる信仰で義とされるなら、本当の神様を信じたいと思う心に神様は絶対に働いてくださる。

気付かせてくださる。


偶像礼拝と言って、本当は本物の神様を否定することも起こっているかもしれない。

考えが固まって、それが偶像になってしまうようなクリスチャンにはなりたくない。


御利益信仰ではなく、本当の神様を求める気持ちがあれば、神様は必ず近付いて来てくださるんだと、最近とても強く感じるようになった。


旅行に来るお客様が、伊勢神宮にお参りに行く話を聞くと、さり気なく神様の話が出来るのが最近の楽しみの一つです。

聞いた人も興味を持ってくれるから、楽しい。
本当の神様は、イスラエルから広がったんじゃなく、必ず世界中に足跡を残してくれてるから。

人間のいるところには、どこでも!


他宗教をよく知りもしないなら、否定する資格も全くないし、偏ってると思いました。

それを偶像礼拝と混同してはいけない。


視野を広く、柔軟な信仰者でありたい今日この頃。


とりあえず、自分はクリスチャンだと思いたくないや。

聖書の神様は信じてるけどね。

子どもたちの為にも… ケータイ投稿記事

   『心訓』
    福沢諭吉

一、世の中で一番楽しく立派なことは、
 一生涯を貫く仕事を持つことです。

一、世の中で一番惨めなことは、
 人間として教養のないことです

一、世の中でいちばん淋しいことは、
 する仕事のないことです。

一、世の中で一番醜いことは、
 他人の生活を羨むことです。

一、世の中で一番尊いことは、
 人のために奉仕し、決して恩にきせないことです。

一、世の中で一番美しいことは、
 すべてのものに愛情を持つことです。

一、世の中で一番悲しいことは、
 嘘をつくことです。



毎朝、子どもたちと読んでた福沢諭吉の『心訓』。


子どもたちに今は意味が分からないかもしれない。だけど、いつか意味が分かった時、自身もその様に育ち、立派な大人になって欲しい。

人間性が築かれる為の土台が今つくられている。

道徳、倫理も決まった教え方などないけど、知らなきゃ(理解していなければ)教えることなど出来ない。
道徳教育がちゃんとされてないって良く聞くけど、そもそもそれは親が全身で伝えていく事なのだ。


私の場合、それを教えてくれたのは母である。
母の仕事の様子からも人との関わりを覚え、幼稚園の時からどこに行っても
「とても礼儀正しい子ね」
そう言われた。

感受性が強く、情緒豊かな母は、自然や物事にとてもよく反応して見せた。
その姿を見て、様々な事象について考える癖がついた。

生き物の死にも真剣に向き合い、命の大切さを教えてくれた。
叱られたあと、一緒に月や星を見ながら、どうして叱ったのか、想いを伝えてくれた。



一番心に残っているのは4歳の頃のこと。
忘れたくても忘れられない。

欲しいお菓子が買ってもらえず、母に見つからないように妹にも渡し、こっそり持って帰ったことがあった。
結局妹がばらし、母を大変悲しませてしまった。

「こんな悪い子は、母さんの子じゃない!!もうお巡りさんのところに連れて行くから!」
タクシーに乗り込みスーパーへ
その間、私は幼くも大変悪いことをしてしまった後悔と、ひとりで牢獄に入って謝っている姿を想像して大泣きしていた。

母は大粒の涙を流しながら、スーパーの店長を呼び出す

「申し訳ございません!この子達は、お店のお菓子を盗みました。品物は返します。お金も払います。この子達を警察に突き出してください!!」

この行動に店長はギョッとしていた。

突き出された子どもは、4歳と3歳である。

逆に店長が母をなだめた。

この時の母のショックはどれだけだったのか…。母は、その時の事をこう語った。
「大切だからこそ、本当にいけないことをわかって欲しかった。」

私はこのことをきっかけに、悪いことは大好きな人をとても悲しませる事を知った。
いくら自分のしたいようにしても、それが悪いことならば、自分だけじゃなく、大切な人を傷つけるのだと。だから、善悪をしっかり判断し、善いほうを選んでいくことを、幼児期で学んだ。

幼児期で身に付けた人格は、大人になるまで引き継がれる事を、今とても実感している。

私の人格が、母の厳格な態度と、深い愛情の中で培われてきたことは言うまでもない。

愛は依存ではなく、最終的に自立に導くもの。

教養は、人間として独り立ちし、自分で物事を判断するために必要な材料。

そして、それらはすべて個人の人格を土台として立て上げられる。


それを体で教えてくれたのは、母である。

聖書もまだ知らない頃から、母の愛は変わらない。
聖書を知り、母の愛情のなかで、神様の愛も学んだ。


母は私たちを、しっかりと自立した人間になれるように必死に育て、守ってくれた。


まだまだ未熟者だけど、これからも色んなことを吸収しながら成長していきたい。

今の教会の問題は、本当に絶望してしまいそうになるけど、
それでも自分の子どもや孫の時代には、少しでも明るい未来になれるように…。


神様ってお母さんみたいだなぁ〜って子どもの時聖書読んでて思った。

自分の子どもが悪いことしたら大激怒して当然だよね。
それだけ愛されているもの…。
同時に沢山傷付けて、悲しませているんだよね。

これは神様のせいじゃない。


しっかり問題に向き合って、解決できるようにみんなで考えて、行動しなきゃ変わらない。


人間が自分で起こした問題を、祈って神様に解決させようと考えるのは間違ってるよ。

ましてや神様利用するのなんて、ゆるせない。

1人でも多くの人が気付く事、行動する事を願います。


子ども達にも、ちゃんと伝わるように…。


この子達の未来の為にも…。

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