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私の家族は5人家族です。
父と母、妹、弟がいます。
父以外はクリスチャンで、教会に通っていました。
私が神様を信じた理由はとても単純なものでした。
小学三年生の11月のある日曜日のこと。。
朝早く、突然母に起こされました。
「楽しいところ行くよ〜!」
夏休みでもないのに、もう少し寝かせてよ〜。。
それが正直な本音でしたが、ハイテンションの母には逆らえません。
当時南風原のアパートを突き抜けにした教会、リバイバル教会に連れて行かれたのでした。
母はその当時、一番下の弟を亡くした悲しみで、とても落ち込んでいました。
それをみた母の妹が、教会に誘っていたのです。
私は教会の日曜学校に行かされ、そこでクリスマスの意味を教えてもらいました。
へぇ〜!神様が人として地上に生まれてきたことをお祝いする日がクリスマスなんだ〜!!神様ってすげぇ↑↑o(`▽´)o
それが私の信仰生活のスタートでした。
私は当時、学校でも問題児だったと思います。
曲がった事が大嫌いで正義感の塊でした。
先生の言うことは良く聞くし、勉強も一生懸命する。でも、すぐに友達とケンカばかり。。
母は担任に
「よい子なのかそうじゃないのか分かりません」
と言われたそうです。
ケンカの理由は、相手が他の友達に理由もなく意地悪をしたり、泣かせりしたから。
でも男の子だけとしかケンカしないので、どうしても殴り合いになり、騒ぎが大きくなってしまうのでした。
そんな私でしたが、聖書にある
「あなたの敵を愛せ」
その言葉を励みにケンカを我慢したり、相手の挑発を買わなくなりました。
そしてそれが喜びになり、やっぱり神様っているんだ!
そう実感する毎日になりました。
それが私の信仰の芽生えでした。
大人たちが牧師をすごいと褒め称えていましたが、何がすごいのかさっぱりわかりませんでした。
牧師は聖書の言葉を教えてる人だからかな?
神様ぞっこんな私には、そんなこと関係なかったのかもしれません。
でも、それは同時にこの教会で大人になっていくには、とても不都合な性質だったのです。
私の母も曲がったことが嫌いで、疑問に思うことは口に出して伝える人でした。
その母の性質を私も受け継いでいます。
なんでもはっきり言う母なので、母のことを煙たがったり、影で人に悪く言う人もいました。
その矛先は、高校生頃からだんだん成長していく私にも向けられ始めたのでした。
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