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まだまだ晴天続きとまではいかないLAですが、 今日は雲一つないカリフォルニアらしい天気です。 最近気になる事が一つ。 アメリカのスーパーで食材を買う時私はレジ打ちの金額を確認しています。 と言うのも、結構安売りされていたはずの物が「定価」で打たれる事が多々ある(汗) 最初の頃は「あ〜値段が違う。。。」もういいか。と諦めていたけれど、 やはり「もったいない!」「トリック営業?!」に腹がたち、 その内「これ、違うけど」と主張するようになりまして、そうすると彼らは確認に出かけ 毎回打ち直しをしてくれます。 99センツという所謂100均でさえ、おつりをごまかす店員まで。 「あの、1ドル足りないんですけど。。。」と言うと 知ってか知らぬかさっさと1ドル札を渡してくれます(汗) そして先日スーパーにてまたお釣りが違う(怒) と、思いつつお札を見るとなんと、幻の2ドル札を手に入れました!! 興奮状態を抑えつつ家に戻りさっそくテレビの横に飾ってみた♥(´∀`) こちらが噂の2ドル札 その後、友人宅のキムチパーティーに呼ばれた時にこの話しをすると そこで知り合ったダンサー君が「僕は1ドルコインを持ってるよ!」(・_・)? あれ、1ドルコインなんてあったっけ?と、自分で以前紹介していながら その存在すら忘れていましたが、話しを聞くと何やら金色に輝く美しい500円玉ぐらいの 大きさだとか。ますます1ドルコインへの憧れが強くなり、「見てみたい。。。」 と、思っているとそれを感じ取ったのか、ダンサー君の酔いが相当回っていたのか 「今から家に取りに帰る!」 「あ、もう遅いし、お酒飲んでるし、自転車だし、警察に止められるし」(^▽^;) と、友人となだめるも、ダンサー君のスイッチは入ってしまい 結局家に取り帰ってくれました。 そして、こちらがダンサー君より貰った1ドルコイン♪ 左が25セントコイン、右が1ドルコイン すっかり忘れていたけど、50セントコインが存在するんだった。 残すは50セントコインのみ!また馬鹿な楽しみが一つ増えました(笑) ちなみに、この1ドルコインは地下鉄の両替機で切符を買うと お釣りがお札ではなく1ドルコインで払い戻しされるので、簡単に手に入るとか。 友人の話しでは以前ニューヨークに住んでいた時は 地下鉄の自販機はお釣りが出ないらしく 彼女いわく「LAはお釣りが出るんだ!凄い!!!」と。。。 いやいや、お釣りが出ない方が凄い。。。 ■おまけ ちなみに、私の貰った金色の1ドルコインは2000年に造られたようです。 それ以前には1976年に銀色の1ドルコインが造られたようですが、何ぶん直径が3.7センチもありデカ過ぎ!という事で評判も悪く、その後79年には直径2.6センチに造り変えられたようですが、今度は25セントと間違える!とさらに悪評版が。。その後直ぐに発行中止。 1980年にも別の1ドルコインが造られましたが、そのコインも流通しなかったようです。その理由としては1ドル札の海外での流通量が多い(通常、コインは海外では換金できない)ことに加えて、 チップの時、コインを使用するとお札より安っぽく思われるなど、理由が挙げられていました。 ということで、1ドルコインの種類だけでも3種類もあり、 さらには25セント同様デザインもいくつもあるようです。 ちょっと驚いたのが、この1ドルコインを造った後、コインに刷られる予定の文字が刷られずに 流通してしまい、その後ニュースとなり造幣局は必死のぱっちでコイン回収に回ったとか。 今でもそのミスプリントされた硬貨はコレクターの間で売買されてるみたいです。 ちなみに1セントコインもミスプリがあったようで、殆どが回収され出回る事がなかったということで
コレクターの間では1セント(1円)のコインが1万ドル(100万)で売買されたそうです。(汗) なんとも、ミスプリントで流通するというのが日本人の感覚ではあり得ないんですけど。。。 あり得るのがアメリカなんですね(笑) |
America Dollar
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地道に集めたコインも4枚を覗いて全て集める事が出来ました。 まだ見ぬ数枚のコインに思いを馳せて今日は「サウス・ダコタ」をご紹介します。 サウス・ダコタと聞いて何を連想されますか? 私はまったく関係はありませんがハリウッドの子役「ダコタちゃん」です(笑) 名前は知らないけど多分この写真を見れば「ああ、あの子か!」と ピンと来る方も多いのでは? ※配給会社によって声優は違うので注意 未だに子役のダコタちゃんと思っていましたが、 彼女は現在15歳。今年のオスカー直前の彼女の写真がこれです。 と私も正直この写真を見た時はびっくりしました。 さて、それでは本題。今日は脳みそフル回転でアメリカの歴史を学ぶ旅にお連れします。 アメリカ周遊コインコレクション No.14「South Dakota」 ■ちょっと豆知識 ニックネーム: The Mount Rushmore State 州都: Pierre 最大の都市: Sioux Falls アメリカの4人の大統領、ジョージ・ワシントン(初代)、トーマス・ジェファーソン(第3代)、 セオドア・ルーズベルト(第26代)、エイブラハム・リンカーン(第16代)の顔が岩壁に刻まれたこのモニュメント、写真を見たことはあっても、一体どこにあるかを知らない方も多いのでは。 実はここ、サウス・ダコタ州のラシュモア山にあります。1927〜1941年の間に作成。 コイン上で空を舞っているのは州鳥であるコウライキジです。 じつは後年、冷戦に勝利した偉業(?)を称え、第40代大統領であるロナルド・レーガンの顔を加えようとの議論がなされたこともありましたが、そのための場所がないとの理由で却下された経緯があります。 《 言葉の由来 》 「ピア」と発音される州都Pierreの名は、1832年に同地に砦を建設したフランス人、 ピエール・シュートゥ・ジュニア(Pierre Chouteau Jr.)の名に由来します。 「Pierre」はキリストの一番弟子であるペテロに因む名前で、彼は他のヨーロッパ各言語にも 「Peter〔英〕(ピーター)」、「Peter〔独〕(ペーター)」、「Pietro〔伊〕(ピエトロ)」、 「Pedro〔西〕(ペドロ)」、「Пётр〔露〕(ピョートル)」といった名前を残しています。 道化役を意味する「pierrot(ピエロ)」も「Pierre」の愛称(指小形)です。 日本の名前だと「ひろし」辺りが当てはまるのでしょうか?(笑)ひろしさんごめんなさい! 通常ならここで話しが終わりますが、今日はもう少し歴史に深く足を入れます。 7年後の1948年に、彫刻家コジャックによって「クレージーホース」の巨大彫刻のプロジェクトが スタートしました。 こちらがその「クレージーホース」の彫刻です。 では「クレージーホース」とは何か?これは実在したスー族インディアン戦士の名前です。 写真では遠くの山一体に横顔が確認できますが、実際正面から見た彫刻はこちら。
ここブラックヒルズに生まれたクレージーホースはリザベーション(インディアン特別居留区)に住む事を拒み、最後までアメリカ軍と戦い抜いた英雄です。 1877年に35歳の若さで殺されてしまいます。亡くなった後は本人の希望通りクレージーホースの骨はブラックヒルズの森に撒かれたそうです。
「マウントラッシュモア」をそもそもなぜインディアンの土地に設計しなければいけなかったのか。 それは、ラシュモア山の岩盤は非常に硬質で、アメリカの象徴ともいえるこのモニュメントが長期にわたって風化しないようにという配慮からその場所が選ばれたそうです。彫刻作業は困難を極め、ダイナマイトで砕きながらの作業とり、完成までに14年の歳月が費やされましたが、その殆どんの資金(約9割)は政府が負担しました。 しかし「クレージーホース」に関しては、「政府からの援助なし」というのがインディアン達の要望だった為、なかなか作業が進まないのが事実。2008年で60年目を迎えましたが、ようやく顔が出来上がり、全体像が浮き彫りになっている程度。噂ではあと200年も300年も完成までかかると言われているそうです。まさにスペインの「サグラダファミリア」を思い出しました。 この「クレージーホース」が完成した暁には世界一大きな彫刻像となります。 クレージーホース彫像プロジェクトは当時スー族インディアンの酋長だった スタンディングベアーが、「スー族の伝説のインディアンであるクレージーホースを岩山に彫って欲しい」とコジャックに頼んだのが事の始まりだそうです。 コジャックの死後、奥様と7人の子供達が中心になって今もなおプロジェクトは果てしない夢に向かって進められています。 このクレージーホース彫像プロジェクトは、偉大な彫刻家コジャックとその意志を受け継いだ家族達のアメリカンドリーム。 実は「 クレージーホース」は酋長でもチーフでもなかったので、正式な彼の写真や絵は一枚も残っていないそうです。 さらに、クレージーホース本人も写真を撮ると魂が抜かれると信じていたので、個人的な写真もありませんでした。 クレージーホース彫像は、コジャックが当時の生き残りの数人のインディアン達から聞いた情報を元に彫られているそうです。 今もなおアメリカ先住民達は自分たちの生き方に誇りを持ち、彼ら独自の社会の中で生きている。 しかし先住民居住区の貧困は、サウスダコタ州が抱える大きな問題として今も残っているそうです。 彼らから学ぶ事は多い。
文明社会となり忘れてしまった多くの事を彼らは今もなお伝承し続けている。 |
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昨日は我が家にお客様がやって参りました。 彼女は我がteacherの同じアパートに住む住人。 「私ビール大好きなの♪」と手土産にビール2リットル持参した彼女は、 「関西弁」を少し話すアメリカ人。 どうやら、日本に2度ほど来日したことがあり、2度目の来日では関西の学校で 英語の先生をしていた彼女。しかし今日は終始英語で会話。 私の今後の専門学校について詳しい彼女は、色々アドバイスをくたり、 お互いの家族の話しや、日本にいた時の話しなどであっという間に3時間が過ぎた。 お腹が空いたので用意しておいた「お好み焼き」の生地を焼き 二人でビールとともにつつく「お好み焼き」 窓の外にはパームツリー。まったくもってマッチしていないこの風景。 帰り際彼女は「次回は私の家に来てね。でもその時は日本語で 話してくれる?私日本語をもう一度話せるようになりたいから!」と言って 車で帰って行きました。。。って、車で来てビール飲むとは。。。恐るべしmariaちゃん。 忘れた頃にやって来る、アメリカ周遊コインコレクション 「アメリカ最初の同性婚を認めた州」 No.13「Massachusetts」 ■ちょっとまめ知識 ニックネーム: The Bay State 州都: Boston 最大の都市: Boston 州の輪郭を背景に立つのは、ボストン郊外の歴史公園にある緊急召集兵の像。 英語で「ミニットマン(Minuteman)」と呼ばれる彼らは、独立戦争当時、いつ何時でも「1分」で 出動できるように待機していた民兵たち。彼らは英国軍を相手に大活躍し、アメリカを 独立へと導いた。「ミニットマン」はアメリカの大陸弾道弾ミサイルの名前にもなっている。 《 地名の由来 》 州名はアルゴンキン族の言葉で「巨大な丘で」の意味。州都ボストン(Boston)の名は、 この地への入植者にイングランドにある同名の町ボストンの出身者が多かったことに由来。 「トン(ton)」は「タウン(town)」の古英語で、イギリスの「サウザンプトン(Southampton)」「ブライトン(Brighton)」などの地名だけでなく、「ニュートン(Newton)」、 「シェラトン(Sheraton)」、「クリントン(Clinton)」など地名由来の姓も多く産んでいる。 ちなみに、ボストン・バッグは(米国の方の)ボストンの大学生の間で使われ始めたことからこの名があるんだとか。 〜 コイン・ミュージアム&コトバ雑記 合同企画 〜より ■ナルヲのおまけ マサチューセッツ出身の有名人は沢山いますが、その中には
1970年〜80年代、伝説のドラッグディーラー、ジョージ・ユング(1942年8月6日 - )がいます。 ユングの半生は2001年にジョニー・デップ主演の映画「ブロウ」にて映画化され 映画好きの方であればピンと来た方も多いのでは? 現在彼は塀の中、2015年に72歳で釈放される予定だそうです。 |
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皆さんこんにちは。 今日は久しぶりにコインコレクションです。 今日ご紹介する州は「テキサス」です。 テキサスと言えば、映画「パリ・テキサス」などを連想してしまうナルヲ。 あのライ・クーダーのサウンドトラックにはまり、学生の頃はよく聴きました。 さて今日はこのテキサスで実際にあった、信じられない話をご紹介します。 アメリカ合州国・テキサス州はリオグランデ川(リオブラーボ川)を境に、 メキシコと国境を接しています(※Wブッシュ大統領は、かつてテキサス州知事であ りながら、メキシコがどこに位置しているのか知らなかったとか。) その国境地帯にリオ・リコという地区があり、現在はメキシコ領ですが、 1977年まではアメリカ領でした。 1844年の協定で、川の北側をアメリカ、南側をメキシコ、という形で 国境線が決められていたようです。そしてもし川の流れが自然に変わったら それに基づいて国境線も移動させることを決めていたんですが、 リオ・リコ地区で農場を経営していた会社が、政府の許可を得ずに リオグランデ川の流れをまっすぐにしてしまった。つまり、勝手に川の流れを変えてしまった! しかし、石油などの資源もない土地ということで誰も問題視することもなく 時代はそのまま流れていきました。 (※60年にわたって両国の政府から忘れられていたこの地域) そしていつの間にか、「リオ・リコはメキシコ領」とメキシコ人もアメリカ人も 勝手に思い込んでおりました。 そして1967年。アリゾナ州立大学の地理学者がリオグランデ川の流れが人為的に変えられたために、 リオ・リコ地区がいつの間にかメキシコ領になってしまったことを指摘しました。 驚いたアメリカ政府はメキシコと協議し、もともとアメリカ領であった、ヘチマの形をした狭い土地を返還されても仕方がない、と割譲することにしたんですが、話しはそれでは終わらない。 実は、そこに以前から住んでいた住民が「何?本当はアメリカ領だった?。 だったら、あたしはアメリカ生まれだからアメリカ国籍があるはず!」と言い出し なんと、裁判を起こしたそうです。(^ー^) すったもんだの末、住民はアメリカ国籍を取得!(オメデトー!) そして1977年、リオ・リコ地区は正式にメキシコ領となりましたが、 アメリカ国籍をもらった住民はほとんどがアメリカへ引っ越してしまい、 入れ替わりにアメリカへ渡るチャンスをうかがうメキシコ人たちがリオ・リコに 住み着いているらしいです。 (そんなチャンスはもうないと思うんですけど (^ー^;)) ちなみに、誰が「アメリカ生まれ」だったかは曖昧なうえ、メキシコ政府の職員がリオ・リコの 出生証明書を秘かに販売していたこともあって、結局1000人あまりがアメリカの国籍を 取得したそうです。 嘘のような本当の話しでした。 それでは、さっそくコインの紹介に移ります。 アメリカ周遊コインコレクション No.12【TEXAS】 ■ちょっとまめ知識 ニックネーム: The Lone Star State 州都: Austin 最大の都市: Houston テキサス州は、アラスカ州に次ぐ面積とカリフォルニア州に次ぐ人口を誇る、存在感のある州。 コインに描かれているのは州の輪郭と、州のシンボル「ローン・スター(ひとつ星)」。 コインの縁にはカウボーイの歴史と開拓者精神を象徴する「投げ輪」が図案化されています。 《地名の由来》 州名は「友達」を意味する先住民の言葉から。
コインの図柄に描かれている「投げ輪」は、英語で「lariat(ラリアット)」と言います。 スペイン語の「la reata(ラ・レアタ)」に由来するこの単語、日本では代表的な プロレスの技として知られていますが、テキサス出身のプロレス選手スタン・ハンセンの必殺技 ウェスタン・ラリアット(西部式投げ縄)がその起源だとか。 |
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最近コインコレクションの更新が遅れておりますが 順調にコレクション数を増やしているナルヲです。 今日ご紹介するのは「オハイオ」州のコイン。 オハイオ、まったくもってイメージのわかない土地(笑) その割にはコインのデザインはとても目をひくものです。(って怒られちゃいますね) はじめてこのコインを見た時には、そのデザインからついつい フロリダ辺りをイメージしてしまいましたが、 実際のオハイオは随分と上に位置しておりました。 調べて行くとこの土地は宇宙に関係する偉大な人材を輩出している、 とありますが、その他にも多くの有名人を輩出していました。 有名どころではハリウッド女優の「Halle Berry」(ハル・ベリー)。 1986年にはミスUSA2位、その年のミスワールド6位に選ばれたとか。 初めて彼女をスクリーンで見たのは、ジョントラボルタ出演の 「ソードフィッシュ」。物語の内容も最高でしたが、 初めて見た彼女があまりに知的で美しく 「すごい女優さんが出て来たもんだ」と驚いたのを今でも覚えています。 それでは、さっそくコインを見て頂きましょう。 アメリカ周遊コインコレクション No.11【OHIO】 ■ちょっとまめ知識 ニックネーム: The Buckeye State 州都: Columbus 最大の都市: Columbus 19世紀最初の合衆国加盟州、オハイオ。 州の輪郭をバックに、左上には初期の頃の飛行機、右側には宇宙飛行士が描かれています。 この「Birthplace of Aviation Pioneers」すなわち「航空術の先駆者たちの生誕地」は、 ライト兄弟の弟オリバー・ライト、アメリカ人として最初に地球の周回飛行に成功した ジョン・グレン、人類で初めて月面に降り立ったアポロ11号船長 ニール・アームストロングを輩出しています。 《 地名の由来 》 州名の語源はイロコイ族の言葉で「偉大な川」「美しい川」を意味するオハイオ川から 取ったと言われています。州都「コロンバス(Columbus)」の名は、 アメリカ大陸を発見した「クリストファー・コロンブス(Christopher Columbus)」に由来。 コロンブスは、大陸の名前こそ「アメリゴ・ベスプッチ(Amerigo Vespucci)」 に取られてしまったものの、米国各地にある町「コロンビア(Columbia)」、 ワシントンD.C.として知られる「コロンビア特別区(District of Columbia)」、 太平洋に面するカナダの州「ブリティッシュ・コロンビア(British Columbia)」、 南米北西部の国「コロンビア共和国(Republic of Columbia)」と、多くの地名に名を残しています。 〜 コイン・ミュージアム&コトバ雑記 合同企画 〜より
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