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クリスチャンにとって、一番の鉄則ですが、同時に大きなチャレンジでもあることは、「敵を愛
すること。」だと私は思います。
私自身が、敵とはいかなくても、子ども達が成人するまでは(もっとかもしれませんが)少なく
とも関わっていくだろう元夫のことを赦すのにかなりの時間がかかりました。そして、今はま
だ、愛することにチャレンジ中だと思います。もちろん神の愛で愛することです。私の内に住ま
われる聖霊様により頼めば、そんなに難しいことでもないはずだけど古い自分と肉と葛藤するこ
とがあります。この束縛から解放されればもっともっと神様はいいものを用意してくださってい
ることも頭ではわかっていますが、まだ、100%愛することはできていないと言う自覚がありま
す。
今週の水曜日のメッセージは、この課題をもう一度私に呼び起こしました。そして、この苦い思
いや、否定的な気持ちをそろそろ手放すべきだとも思っています。いえいえ、思っているのでな
く行動に起こさないといけないんですね。
でも、面白いことに私は実際まだ、元夫と同居している時、もっとひどい扱いを受けていたとき
の方が、彼のために祈っていた気がします。憎しみより哀れみの方が大きかった気がします。
でも、別居して、客観的に色々なことが第三者のような立場から見れるようになって、いつしか
彼のことを祈れなくなったのです。それどころか、怒りがどんどん膨らんでいったのです。
でも、本当はそういう相手だからこそ、祈ることが一番で大切なんですね。
自分によくしてくれる人、愛してくれる人のことを祈るのは異邦人でもやっています。でも、神
様は「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」と言っておられるのです。
これって本当にすごいことだと思います。神様の愛がなければ、まぁ、できることはないと思い
ます。
もし、神様の愛がなくても、こういうことができる人がいれば、私は本当にその人を尊敬しま
す。
「迫害する人のために祈る。」
敵までもいかないし、迫害までも行かないけど、否定的なことの影響はまだまだあります。
それでも、神様は「祈りなさい。愛しなさい。」と言われています。
そういえば、半年ほど前に、どうしても元夫のしていることが赦せず、私の心のバランスが崩れ
て、怒りで満ちてしまった時に、牧師に相談しました。
本当はどうすれば、何をすべきか頭ではわかっているのです。それに対する御言葉も知っている
のです。でも、牧師に聞いてもらわずにはいられなかったのです。
あぁ、でも、やっぱり私がわかっていることを言われました。でも、それ以上に力があった言葉
は、「そんなために、XXがもらえるはずの祝福を逃してもらいたくない。赦すこと、愛するこ
とは結局は何よりも相手のためでなく自分のためになるんだよ。」
「・・・そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。・・・」(ルカ6:
35)
御言葉は真理です。命です。愛です。
これらを知っているだけでなく、本当に実行できるキリスト者となりたいです。
よく、兄弟姉妹でも「クリスチャンと言っても、私たちも罪人だから。」と言う人がいますが、
神様は「だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりな
さい、。」(マルコ5:48)と言われています。私達は、生まれ変わった霊の生き物です。
異邦人とは完全に違うのです。でも、その内に住まわれた霊に従わず、自分の欲、古い自分にか
まけて御言葉にある行動を起こしていなければ、完全にはなれないでしょう。赤ん坊が生まれ
て、肉体的に成長するように、私たちも霊は赤ん坊から始まります。霊の成長の訓練をしなけれ
ば、生まれ変わったとしても、何十年も霊は赤ん坊のままです。
私達は、イエス様のに姿にどんどん変えられていくのです。ヤコブの手紙では、行いのことにつ
いてたくさん書かれていますが、私も、口先だけでなく本当に、いつも、どこにいても、誰とい
ても御言葉に沿った行動ができるように、日々前進したいです。
言うのは簡単。でも、あなたはそれを実行しますか?
その実行は、人間の思い、力では限界があります。だから、内に住まわれる聖霊様に助けても
らって実行するのです。
そして、その実行の背後にあるものは、いつも「愛」です。
私の克服したい大きな課題は元夫を愛し、祈ること。そして、心が完全に、解放されること。
昔に比べればずいぶん、できないことができるようになってきましたが、肉の思い、古い自分と
戦っている自分も知っています。
知っていた御言葉だけど、新たに自分の心に刻みます。
「しかし、私は言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。あなたがたの天の父の子となるためである。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しいものにも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな報いがあろうか。徴税人でも、同じことをしているではないか。自分の兄弟にだけ挨拶したところで、どんな優れたことをしたことになろうか。異邦人でさえ、同じことをしているではないか。だから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。」
聖書 マタイによる福音書 5章44ー48節 新共同訳
(参照) ルカによる福音書6章27-36節
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こんばんは〜
Hallelujah ♪
難しいですけどね〜f(^_^;
ぽち★
2012/4/14(土) 午後 11:49
そうそう、難しいですよね。
自我にしがみついていると・・・
でも、自分の心を聖霊様に明け渡して、委ねれば、できるんですよね。
不可能なことがないお方に身を委ねるから・・・
リラックスして・・・
イエス様に近づけるように前進します。
2012/4/15(日) 午前 10:50 [ jesusgarden777 ]
こんにちは。
どんどんレベルアップが、要求されますね。
器が大きくされてる分、さらにイエス様のご愛で、
jesusgarden777さんが満たされますように。
元ご主人様の事を通しても、聖霊様が強く触れて下さいますようにね。
2012/4/15(日) 午後 1:26
M先生が、「使われる者は、一通り全てのとこを通らされますね。」とおっしゃっていました。先生は10年、「自分は、無理です。」と逃げられていたそうですが、「これが最後だ。」と言われた時に腹をくくってその道に進んだそうです。
私の場合は、そんな大きなことは言われていません。
きっと、一信徒、キリスト者としてどうあるべきかと求められているのか?と思っています。まぁ、その、普通のことを全部パスすれば、もっと求められるかもしれませんが・・・
とりあえず、今は身の丈にあった課題かな???
今のおかれている立場の中で、伝道活動に励みます!
2012/4/16(月) 午前 11:06 [ jesusgarden777 ]
私もチャレンジ中です。
愛するとまではいかなくても、許せたって思ってたことが
突然当時のこととか思い出して憎くなってきたりするから。。
憎しみとかが湧いてきた時の自分が嫌だけどね。。。
2012/4/18(水) 午後 8:14
ふくまるさん、お久しぶりです!
あぁ、わたしもあるんですよね。自分では赦せたと思っていたのに、実はそうじゃなかったと思い知らされること。まぁ、元夫のことですが。本当に、チャレンジです。
「どの面下げて、今更色々なことを頼んでくるのか?」と、いらいらしては、自分の態度にがっかりして・・・(苦笑)
どんな面でも、イエス様のように、対応するべきなんですよねぇ。
もう、これは聖霊様の働きなしではできないことはわかりきっているんですけどね。肉の思いが勝っていることが多いです。
でも、失敗しながらも、悔い改めて、イエス様に近づきます!
2012/4/19(木) 午前 10:53 [ jesusgarden777 ]