|
20日の日曜日はペンテコステでした。 この日にふさわしい、神様の素晴らしい御業を私たちの教会で見ることができ感激しています。 私たちの教会は10年ほど前に立て続けに、多くのゲストスピーカーで来られた牧師や宣教師たちに 「あなたたちの教会は、癒しの家として人に知られる教会になる。」「多くの人々が東西南北、あらゆ る場所から癒しを受け取るためにやってくる」「イエス様が癒されたように、この教会で多くの癒しが 見られるようになる。」「使徒行伝に出てくるような教会になる。」「その時までにしっかり御言葉を 学び、自分を訓練してその日に備えなさい。」等々、素晴らしい預言の言葉をいただいていましたが、 10年ほど経った今、それが成就されつつあるようです。 牧師夫人が礼拝の前後に癒しに対する知識の言葉をたくさんもらっていて、その都度、それに値する人 たちは前に出て、手を置かれて祈られ、癒され続けていました。でも、1か月ほど前からは、知識の言 葉でもらった症状がある人は、自分の席から動くことなく、その場で立ってくださいと言われて、一人 一人手を置いて祈らずとも、癒されることが起こり、レベルアップというかどんどん神様の癒しの御業 の現れ方が変わってきていました。 聖書のイエス様の癒しの出来事が目の前で起こり、多くの人々が癒されるのを見るのは本当に素晴らし いし、恵みです。信仰は聞くことから始まり、まだ見ぬものを信じることですが、神様の癒しの約束を 実際体験し、見ることができるのは、見ぬものを信じる以上に大きな励みになることは確かです。 ペンテコステのこの日曜日には、メッセージが終わったところで、神様が牧師夫人に語られました。 「この中に、両足の長さが違う人がいますか?神様は、今日、それを治されます。」と言われました。 それを名乗るまで、時間がありましたが、3人が前に出てきました。 そのうち二人は、生まれながらにして歩けない男性(彼が初めて私たちの教会に来たときは車いすの生 活でしたが、徐々に癒され今は、杖で歩けるところまで来ています)、小児麻痺のせいで普通に歩けず びっこを引いている男性。そして、事故で骨盤がずれていて足の長さが違い、また車いす生活の10代 の女の子がいました。 私は、後ろの方に座っていたので、足の長さが片方の長さにどんどん近づいていて伸びていっている状 態を目の当たりにすることはできませんでしたが、祈っている牧師夫人や牧師、その他に支えたり手伝 いをしていた教会員たちは、その過程を見ていました。 マイクを持ちながら、実況中継のように教えてくれていたので、後ろに座ってその状況が見えない人た ちにも様子がわかりましたが、私を含め、会衆のみんなは本当に興奮していたと思います。神様を讃え て、多くの喜びの声があちこちに響いていました。 色々な癒しは、今までに見てきていますが、短い脚が伸びるというのは、肉体的奇跡の部類の癒しに入 ります。 でも、ここで終わるのではありません。こういう奇跡が普通になるようになる。ということも私たちは ずっと前に告げられているし、私たちもそれを受け取れる器に成長しているのがわかっています。 同じクリスチャンでも、奇跡はイエスの時代で終わったと信じている人々には、本来受け取れるべきは ずのことでも受け取れないでしょう。イエス様が故郷で、簡単な風邪ぐらいしか治せなかったのと同じ ことです。聖書には皆の不信仰が癒しの奇跡を起こさせなかったことが書かれていますね。 感謝かな。私たち会衆は100%の癒しを心から信じています。聖書の癒しの言葉を 100%受け取る信仰を持っています。そういう兄弟姉妹たちに囲まれて、癒しに限らず、いろいろな 分野で成功し、繁栄される兄弟姉妹がどんどん増えていくことを、私たちはこれからどんどん見ること ができるでしょう。 悪霊から来る、いろいろな新興宗教に流される多くの人々がいますが、クリスチャンが神様が与えられ た本来のクリスチャンの特権を駆使して、心の癒し、身体の癒し、全てにおいて生き生きとした日常生 活を送っていたら、人々は悪霊のパワーに流される前に教会に来るようになるのではないでしょうか。 そして、日本のクリスチャン人口もどんどん増えていくはずです。 まずは、聖書の言葉を自分がどれくらい信じているのか、頭で理解しているだけでとどまっているのか を自己チェックしてみるのがいいかもしれません。そして、その御言葉を100%信じているならば、そ れを口に出して、自分自身が御言葉に沿って行動を起こしていくべきです。 私たちには何もできなくても、不可能なことのない神の霊が私たちの内に住まわれていることを忘れな いでください。(ピリピ4:13)ハレルヤ!!!
|
全体表示
[ リスト ]



