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パワーあることば 

  『神は言われた。「光あれ。」こうして光があった。』創世記1:3
 
  『初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。』 
   ヨハネによる福音書1:1−2


 御言葉にあるように、ことばは生きています。私たちのことばにはパワーがあります。

 また、同じ口から「悪」と「善」のことばが出てきます。人のことばによって、人が傷ついたり、励まされたりします。ことば

 によって人を死に追い詰めたり、生きる望みを与えたりします。ことばはとても大切です。

 人は、頭の中で色々なことを考えています。心の中で色々な思いが渦巻いています。そして、それがことばになって口から出て

 きます。考えても思ってもいないことは口から出てきません。

 クリスチャンである私たちは、常に口から出てくることばが神のことばであることに気を留めておくべきです。黒と白。闇と

 光。悪と善。神から来るものは全て善いものなので、ことばがどちらから来るものなのかは明白なはずです。

 では、いつも神のことばを発するにはどうしたらいいのでしょうか? 御言葉を噛み砕き御言葉が内にとどまっていたら、自然

 と神のことばが出てくるようになるでしょう。

 だから、毎日、御言葉を読みなさい。読むだけでなく食べなさい、噛み砕きなさいと私たちはよく言われています。私たちは毎

 日食事するように、毎日御言葉を噛み砕いていることは、私たち霊の生き物にとって大事なことなのです。私たちの肉体は食物

 を食べることによってエネルギーを得ています。そして、生まれ変わったクリスチャンは霊を活性化するために毎日食事をよう

 に御言葉を噛み砕くのです。そうして、いつも御言葉に触れていることによって霊が活性化されて御言葉が私たちの血となり肉

 となっているのです。聖書には人生の中で直面するであろう、あらゆる場面で役立つ御言葉が散りばめられているので、それら

 が私たちの内にとどまっているならば、そんなに心強いことはありません。だって、ことばは生きているのですから。そのこと

 ばを発することによって敵を倒し、敵の狙いから逃れることができるのですから。

 今日の祈祷会の前半で言われたことが、私たちの異言での祈りがグレードアップされたということでした。もちろん、私は異言

 の解き明かしの賜物はないので、何を祈っているのかわからないのですが、会衆全員が異言の中でも今までと違った異言ができ

 るようになると祈祷会をリードしている牧師夫人に神様が語られたそうです。ある兄弟は、祈りの中でそれがわかったと証して

 いました。私自身は、別に顕著な違いもわからず、いつも通りの祈りのようでしたが、聖霊様が語られているのなら、そうなん

 だろうと受け止めていました。少し本題からずれたようですが、祈りにしろ、ことばにしろ、私たちの口から出ることばには、

 本当に注意しなければいけないということは、祈祷会で、何度も言われました。

 しばらく前までのメッセージは、「思考を変える」というシリーズでしたが、ことばを発するにあたって、思考を変えることは

 大事なステップでもあります。思っていることが口に出るのだから、この世的な考え、思考でいるとやはり、神の御言葉に反す

 ることばが自然に出てくることもあるでしょう。だからこそ、御言葉に沿った考えができるように「思考を変える」ことがとて

 も大事になってくるのです。幸いにも、私がベビークリスチャンの時に行った、特別集会で宣教師の語られたメッセージがそれ

 でした。正に、私の牧師が最近のシリーズで話していた「思考を変える」で、昔初めて聞いてとても印象的だったことを思い出

 し、おさらいのように聞いていた私です。何を隠そう、「思考を変える」というメッセージは、クリスチャンになってから、い

 ろいろな所で聞き続けているし、とても大事なメッセージだと思っています。

 世の中でも「ポジティブ思考」ということばはよく聞くでしょう。ポジティブな考えをしていたら、色々なことがいい方向に向

 かっていく。それは、本当に聖書的なことなんです。よくよく、世の中で流行っているいい考えは、全てと言っていいほど聖書

 のどこかに書かれています。心理学でもいろいろな肯定的な考え方が紹介されていますが「あぁ、それは聖書にも書かれている

 よ。」と思うことがしょっちゅうです。

 とにかく、そんな肯定的で力強い、よいことが書かれている聖書の御言葉を読んで、それを自分のことばとして駆使していける

 ようになったらどんなに心強いことでしょうか。

 今日の祈祷会で、クリスチャンは神様の指示を待っているのでなく、私たち自身が神の御言葉を口に出すのを神様の方が待って

 いるんだと言われましたが、本当にそうなんですよね。これも、ずっと言われ続けているメッセージの一つですが、神様の約束

 を知っているクリスチャンの私たちが、どんどん神のことばを発して神様が望まれているように私たちが、ポジティブな状況に

 変えていくべきなのです。

 御言葉は私たちにとって最大の武器です。サタンが最も嫌う最強の武器なんです。逆に御言葉に反することばはサタンが最も喜

 ぶ道具になるので、サタンの道具として使われないように私たちは常に何を話すか、何を言うか、ことばにとても気をつけなけ

 ればいけないのです。ことばは生きています。そして、そのことばをサタンに使わせるのか、天使に使わせるのかは、私たちの

 発することばにかかっています。

 神の子である私たちは、神のことばをどんどん発して神様が望まれ計画されていることを実現していきたいものです。

 もし、あやまって悪いことを言ってしまったら?心配ありません。自分が気づいた時点ですぐに悔い改めてその発したことばを

 無効にすればいいのです。神様は悔い改めた時点で私たちを真っ白にしてくださるし、そのことばも無効にしてくださるお方で

 すから。

 ベビークリスチャンの時に比べたらずいぶんましになりましたが、私もまだまだ訓練中。成長過程の中におります。皆さんも、

 聖霊様に助けられながら日常の自分の発することばに気をつけて、神のことばをどんどん発していき、パワーあるクリスチャン

 を目指しましょう!!!

寒波のため休校です

 2019年になって初めての投稿です。

 今年は、もっともっと神様と個人的に時間を取って御言葉を噛み砕いていきたいと思いながら、既に1月が過ぎようとしています。((+_+))


 あぁ、それにしても最初の記事が天気のことになるとは。

 ここ2,3日空気が冷たく寒かったのですが、今日は特別です。最高気温がマイナス11度で最低気温がマイナス16度になると言われ

 ていて前夜に水曜日は学校が休校というアナウンスがありました。学生たちは家でゆっくりしていることでしょう。

 外は、今年4度目の雪で、3センチほど積もっていますが、天気は良くお日様が気持ちよく窓越しから射してくれています。

 それにしても零下16なんて、寒すぎです。そういえば、前にも華氏でマイナスに到達したことがあって一度休校になったことを

 思い出しました。雪でなく低気温で学校が休校になるのかと初めての経験だったのを覚えています。でも、低気温で休校になるこ
 
 とは20年前にはありませんでしたね。。気候がどんどん変わっていることを実感します。自然界の変化、社会の変化、色々なとこ

 ろで聖書に書かれていることが起こっています。本当に、最後の時が来ているんだなぁと感じます。

 こんな時だからこそ、本当に御言葉を心に留め、目の前の事実に惑わされずに神様の真実の言葉がどう言っているかを吟味して全

 てのことに対処できる強さと信念を持っていきたいと思っています。
 

メリークリスマス




12月に入り、日本もクリスマスの装飾で街中は賑わっていることでしょう。

また、デパートやいろいろなお店ではクリスマスにちなんだ商品がたくさん並んでいるでしょう。

それにしても、クリスチャン人口1%に満たない(今は2%?)国の日本でもクリスマスの装飾は盛んにおこなわれていますね。

まぁ、クリスマスを祝う本当の意味を知らずに、サンタクロースや恋人とロマンチックな夜を過ごすことが定番になっている日本

ではクリスマスの本当の意味を知ろうと思うことさえも考えつかないかもしれませんね。

私自身も、アメリカに来てクリスチャンになるまでは、そんなことを深く考えたことがなく、友だちとプレゼント交換をしたり、

パーティーに参加したり、娯楽的な楽しい日として過ごしていましたから。

でも、自分がクリスチャンになってクリスマスを祝う本当の意味を知ってからは、やっぱりそれを知らずにただ、楽しく過ごして

いる人たちにクリスマスの本来の意味を知って欲しいと常に思ってしまいます。

今日は、クリスマス前の最後の日曜日でクリスマス礼拝がありましたが、礼拝前に牧師と話す機会があり、日本語でメリークリス

マスはなんて言うの?と聞かれました。英語と一緒でRの音がLになってメリークリスマスだと答えました。でも、意味を分かって

いる日本人はクリスチャン以外は知らないと思うとも答えました。

面白いことに、日本はクリスチャンでなくてもメリークリスマスという挨拶はするんですよね。

こちらでは特にキリスト教を好まない人にうっかり「メリークリスマス!」なんて言ってしまうと「私はクリスマスは祝わないか

ら。」という返事も返ってきます。日本では、クリスチャンじゃなくても、信仰がなくても「メリークリスマス!」と言ってます

けど、他の国ではこの挨拶は要注意です。特に反キリスト教の多い国では気をつけましょう。

私たちは、今日の日曜礼拝では、このイエス様の誕生を祝い、感謝の気持ちを心から賛美するワーシップソングをたくさん賛美し

て、改めてイエス様の誕生に感謝できるメッセージを聞いて祝福されました。

教会を出る前にはみんな「メリークリスマス!」と言ってハグをしながら家に帰っていきました。

意味も知らずに「メリークリスマス!」とあいさつする日本人たちは、意味を知ったら、挨拶をしなくなる人も多く出てくるので

しょうか?

でもでも、やっぱり私は、日本でも多くの人たちが、クリスマスの意味を知り、心から「メリークリスマス!」と言えるようにな

るといいなと思っています。

                       Merry Christmas!



元夫とは、職場で出会いました。その年の学期始めの最初の教師会が3日程連続で行われたのですが、

同じアジア人で、それもアジア人は私たちだけだったのでいろいろな所で意気投合して話が盛り上が

りました。

出会いから結婚に至っては、いろいろとあったのですが、そもそも、結婚に至るまで、元夫は私に嘘

をついており、婚姻届けをする前に子どもも作ってしまったことが最大の間違いであったのです。牧

師でもあり、御言葉を知っているはずの元夫がしたことは、クリスチャンの道から全くかけ離れてい

たのです。今の時代、婚前交渉は別に特別でもない。できちゃった婚や授かり婚という言葉も使われ

ていて、面と向かってそれを咎めたり非難することはないようです。(反対者もたくさんいるとは思い

ますが、社会的風潮が昔とはずいぶん変わっていますね)

一方の私は、彼が牧師というと聖職者で、いろいろと話されたことを鵜呑みにしていました。また、

その当時いろいろなことで困っていた私を親切に助けてくれたり、中国の教会をアメリカのいろいろ

な州で3か所も立ち上げた話なども聞いており、彼のことを疑う余地はありませんでした。私も彼を好き

だから、彼のことを知りたいという気持ちで、彼の一生懸命語る聖書のことにも耳を傾け、日曜日には

一緒に教会にも行き始めました。

教会に再度行き始めた時は、前にあった教会アレルギーがなくなっていて、すんなり教会に入ってメッ

セージを聞けたことは今から思うと不思議でした。

でも、いいメッセージであって感動することはあっても、神様と繋がるということはなかったし、聖書

の話、いい話を聞いたというところでとどまっていました。ただ、話の内容に反対したり、疑問を持っ

たりすることはなかったと思います。

ある日曜の礼拝後のこと、メッセージが何となく心に入り、今までと違ったものを感じました。そし

て、それを元夫に伝えたら、元夫は興奮して「じゃぁ、教会の人に話して洗礼を受ける手続きをしよ

う。」というような、私にはよくわかっていないことを言い出して、その教会の事務所のようなところ

に連れて行かれました。

そこには、教会のスタッフと多くの、イエス様を救い主として受け入れたいと思っている人たちがい

て、それぞれが個室に呼ばれてカウンセリングのようなものを受けていました。そして、私もその一員

として元夫にその部屋に連れてこられたのです。私は、今一、その状況や私の置かれている立場が分

かっていませんでした。そして、そのスタッフの女性に招かれ、その女性のデスクに座って質問をされ

ました。

「あなたは、イエス様を救い主として受け入れたいんですね?」と聞かれて、私は、まだ、そこまでの

思いはなく「???」しばらく考え込んでいました。するとその女性はもう一度、「イエス様を救い主

として心に受け止めたいですか?」と聞かれ、再度私は「はい。」と返事できずに困っていたら、なん

となくその女性がイライラしているのが感じられ、よくわからないけど、元夫が横で聞いているし、

「まぁ、いいや。」という感じで、本当に心から理解して信じたわけでもなかったのですが、「は

い。」と答えていました。結局、その女性と元夫からのプレッシャーで「何でもいいや!!!」という

形で告白した形になってしまったのです。

その告白後に、スタッフの女性が「おめでとう!」と言っていましたが、私には何がめでたいのか、全

然心に入っていないしわからないままでした。

一方、元夫は、自分が牧師であるにもかかわらず、ノンクリスチャンの私と一緒になってしまったこと

に焦りがあったのか、私の本当の心を理解することなく表面的なクリスチャンの信仰告白を私から得た

かったのでしょう。私の意志とは関係なしに、洗礼の段取りがその女性と元夫とで進められていまし

た。

その時、私は心の中では悶々としていましたが、元夫は、その時に私がイエス様を救い主として受け入

れてクリスチャンになったと、勝手に思っていたようです。




 私は、小学生の低学年の頃、近所のクリスチャンの母娘が教会の日曜学校のようなことを集会所を借り

 て土曜のお昼ごろにしていた所に出入りしていました。

 クリスチャンでも何でもない母が、どうして私をそこに連れて行ってくれたのかはよくわかりません

 が、私は、そこで聖書という書を初めて手にしたのです。大人の使う分厚い聖書で、漢字には仮名が

 打ってあり小学低学年の私にも読めることは読めました。

 でも、はっきり言って、その頃、その聖書を読んでいたのか、全く記憶にないのです。

 出席ノートみたいのものをもらって、そこに行くと、きれいなシールを貼ってもらったことと、御言葉

 が書かれたきれいな絵カードをもらうのが楽しみだったのを覚えています。

 イエス様の名前も、その時に初めて教わって知ったのですが、当時は、イエス様が私たちの救い主だと

 いうことなども、教わったのか全然記憶に残っていませんでした。

 確か、2年ほど通った後、その集会が無くなったのか、自分が行かなくなったのかは、覚えていません

 が、それっきりキリスト教とは縁が無くなりました。

 そして、次に神様と再び出会う機会が与えられたのは、キリスト教精神の大学に通うことになって、宗

 教学が4年間必須科目となっていた時です。でも、その時は神様と出逢うというより宗教学の一つとし

 てキリスト教を学問として教わっただけで、やはり、神と個人の交わりなどという概念はありませんで

 した。世界の三大宗教の一つであるキリスト教という宗教学だったのです。

 チャペルの時間が午前中に20分間与えられていて、それは任意で参加するものでした。私は、もともと

 人の話を聞くのが好きで、いろいろな場所である講演会などに参加していましたが、チャペルの時間も

 神様の言葉を聞くというより、講演会を聞く感覚で一、二回生の頃は結構参加していたと思います。で

 も、三、四回生になり授業が昼からになったりして、わざわざチャペルのために大学に行くことはあり

 ませんでした。また、友達とおしゃべりしているほうが楽しくて、チャペルに行くことも遠ざかってい

 ました。

 このブログで何回も書いてきましたが、大学では宗教学として聖書を読んでいました。そして、聖書の

 一番初めの書である創世記のしょっぱなの一文「初めに、神は天地を創造された。」で、早くも躓いて

 しまったのです。

 これだけ科学が発達していて、進化論を学校で学んできていたので、その一文が馬鹿馬鹿しくて、受け

 入れられなかったのです。

 でも、4年間必須であった宗教学の単位が取れなければ大学を卒業できません。だから、試験に受かる

 ために、一夜漬けでキリスト教を宗教学という学問として勉強していただけで、当時は神と私の個人的

 な交わりなんて考えてもみなかったし、聖書が神の言葉として受け取ることなんて有り得なかったので

 す。

 そして、3回目のキリスト教との出会いは、社会人になって、アメリカに来たホームスティのホストマ

 ザーが敬虔なクリスチャンだったということです。

 毎日曜日の午前中、教会に行くホストマザーに連れられて私も、教会に通っていました。でも、私の目

 的は神様との交わりでも何でもなく、英語のヒヤリング上達目的の教会通いだったのです。そして、2

 年ぐらいは教会に行っていましたが、何でも「神様のおかげ、神様がしてくれるから。」というホスト

 マザーの言葉や、娘の友達のことを「その人クリスチャン?」と聞く質問など、日常生活の多くの中の

 会話でうんざりしている自分がいたのを覚えています。ホストマザーはとてもいい人でしたが、クリス

 チャンの定義など、いろいろなことに疑問を持ち始め、教会からも、少しずつ遠ざかっていました。そ

 して、いつの間にか教会アレルギーになっていて、教会に入るのさえも嫌になっていた時期もあったの

 です。

 それから、数年後、また、教会に行き始めたのは、元夫が、クリスチャンであったのがきっかけです。

 その頃は、いつどうやって教会アレルギーが無くなったのかわからないのですが、自然に元夫と教会に

 行くようになっていました。

 そして、その頃は私の英語もずいぶん上達していて、説教もよくわかり「いい話だな。」などと、自然

 に話も聞けるようになっていました。でも、まだまだ、神と個人的交わりとは程遠い、教会に通うノン

 クリスチャンでした。

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