異言

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私達は活火山だ!

 私は、このブログを始めてから異言については何度も記事を書いてきました。

 過去の記事と重なることも多いと思いますが、誰かに知らせないといけない時期があるの

 か、書きたくなるのです。

 そういえば、私の牧師がメッセージの中で、話したことがありました。それはへーゲン兄

 のメッセージが3年ぐらい同じトピックでずっと続いていたことがあったそうです。そし

 て、ある日、へーゲン兄が神様に「同じメッセージばかりでみんな飽きてしまう、耳にた

 こができてしまうんじゃないですか?」と問いかけたところ「いや、聞くだけでなくそれ

 が啓示として、きちんと心の中に落ちないといけないのだ。これは、みんなが本当にわか

 るまで聞き続けなくてはいけないことばなのだ。」と言われて、本当にそのトピックに集

 中して同じようなメッセージが長い間語り継がれたそうです。

 聖霊様は誰が、いつ、どんなメッセージを聞くべきかをご存知です。もちろん、会衆が抱

 えている問題は十人十色で全然違います。でも、同じメッセージなのに、きちんとその人

 が必要なメッセージとして聞く人々の観点から大事なことが聞けるのです。不思議なんで

 すが、本当にそういうことは多いです。

 私も記事の中で「これって、前に書いた内容とよく似ているなぁ・・・」と思う記事が

 「異言」と「癒し」については結構多いんです。でも、そう感じる時に思いだすのがこの

 上記のへーゲン兄が神様に言われた言葉で、くどいようですが、書き続けているわけで

 す。

 聖霊様は、この記事を読むべき人をこのブログに送ってくださっているんだなと思いつつ

 祈りつつ、書いています。

 ところで、本題の異言の恵みについて。

 私の生徒のお母さんが異言で祈れるようになったと朗報をくれたのが昨日の朝。

 そして、昨日の昼は祈祷会の日でした。

 いつもより、少し少ない人数でしたが、二人以上集まる所には大きなパワーがあるのはご

 存知ですね。この地上で二人が心を合わせて祈るなら祈りは聞かれる。それ以上に霊で祈

 るのなら尚更です。

 私は、相変わらずビジョンは全くと言っていいほど見ません。でも、いつも数人、そうい

 う賜物を持っている姉妹がいるのでその見たことを話してくれるのが楽しみなんです。

 昨日は特別に課題がなかったのでとにかく聖霊様が私たちに祈って欲しいものを示され、

 導かれるようにと入っていったのですが、途中でリーダーが他の姉妹に何を見たかと聞い

 た時に、「アフガニスタン」の名前を出しました。そして、また異言に戻り、今度は違う

 姉妹が「子ども達が泣いている。」と言いました。

 でも、それがどこの子どもなのかはさっぱり見当がつきません。そして、祈りを続けると

 最初の姉妹がまた、「アフガニスタン」を口にしました。そして、今度はその場所で権威

 あるものが女の子をレイプしているような(ひどい光景を見たようですが、詳しくは口に

 出したくないようでした。)とにかくひどいことが、闇に隠れて行われている。それを明

 るみに出して暴かなければいけない。」と言うことでした。それで、私達は絶対それらを

 許さないと言う、かなり怒りの声で異言でどんどん祈り始めました。かなりの時間祈った

 と思います。最終的には、その女の子の場所に、権威ある正しい者たちが入り込めるよう

 になり、暗闇が暴露され、女の子が救出される方向へ向かったようです。

 また、別のビジョンを見た姉妹も、子ども達が手をつなぎ大きな輪になって、笑ってい

 た。ということです。これは、どこの国の子ども達なのかわかりませんでしたが、子ども

 達の為に聖霊様が私たちを使ってその子ども達に必要な祈りをしてくれたのは確かです。

 最終的にはいつも勝利で終わりますが、結構短期間で勝利が見えるときもあったり、かな

 り苦しいうめきのような祈りが長く続いたり、涙が止まらないこともあったりと本当にそ

 の時々で違うのですが、祈りの最後はいつも、勝利がわかっているので爽やかです。これ

 は人間の知識だけでは到底できない祈りです。

 こういう祈りは個人ではできません。と言うか、規模が違います。

 私も、たまに急に異言がでてきて、切羽詰ったように誰かのためにとりなしの祈りをして

 いることもあります。ある時は、すごい大声で神様に嘆願するかのように涙をぽろぽろ出

 しながら祈っていたこともあります。もう、そんな時は「誰のために、何のために祈って

 いるの???教えて!」と聖霊様に頼むこともあるのですが、いまだかつて、誰のため

 だったと言うのはわかっていません。これは、天国に行ってからのお楽しみにするしかな

 いと思いながら、たまに、あぁ、やっぱり知りたいなぁ・・・なんて思ったりします。

 とにかく、私一人だときっと一人ぐらいのための祈りだと思いますが、(?)、多くの人

 たちの祈りでは、国家単位で、大きなことが多いのです。

 霊の世界のことを知らない人たちは、自然災害や、人災、事故などが突然起こった不幸な

 出来事と捉えられるかも知れませんが、アメリカの911事件にしろ、日本の311の津

 波のことにしろ祈る人たちはいたのです。911事件の時などはそれが起こる3ヶ月も前

 から教会で予定していた一切の行事をキャンセルして、そのことについて祈りに徹してい

 たと聞きます。もし、その熱心な祈りがなければ、きっともっと悲惨な出来事になってい

 たと思います。

 聖霊様は、必ず、聖霊様の声を聴ける兄弟姉妹に前もって告げてくださっているのです。

 だから、本当に神の子たち全てが、聖霊様の声に敏感に察知でき、従順に聖霊様の指示に

 従えるならば、悪魔が起こす多くのひどい出来事をどれだけ事前に阻止することができる

 でしょうか?聖書に約束された、天国のような時がこの世で過ごせることでしょうか?

 国家単位はあまりにも、大きすぎるかもしれませんが、まずは身近な家族のことから、そ

 して親しい友人から、権威を持って祈って、多くの否定的なことから守ってあげていきた

 いものです。

 イエス様が「私がここを去ることはあなた方にとっていいことだ。」と言っていますね。

 それはイエス様が天国に戻る代わりに、聖霊様が私たち一人一人に下ってくださるからで

 す。イエス様の中におられた同じ聖霊様が私たちに宿り、イエス様の御名によってイエス

 様がされた業が私たちにもできるわけです。イエス様は「私より偉大なことを行うだろ

 う。」と言われているのです。(使徒1:8、ヨハネ14:12)

 せっかく聖霊様が宿ってくださっているのに、聖霊様のパワーを駆使しないでどうするの

 ですか?

 死火山か、休火山でなく、活火山で神様のパワーを大いに爆発できる、クリスチャンでい

 たいですね。私たちは、聖霊様の宿る活火山だぁ!日本中を、世界中を神様の力で揺すぶ

 るぞぉ!

 アーメン!!!
  

異言万歳!!!

 「信仰は聞くことから始まる。」と聖書に書かれています。

 そうなんですよね。もし、何かを知るためには、まずそのこと自体を知らなければいけな

 い。それを知るには誰かが教えてあげないといけない。周りにそれを教えてあげる人がい

 なければ「そのこと」を一生知らずにいることもある。

 今は、これだけ技術が発達していて、様々の情報が一瞬の内にして入ってきますね。時に

 は聞きたくも無いニュースが入ってくることもあるくらいです。

 これだけ、情報の山に溢れている国に住む日本人ですが、なぜか福音はあまり知らない。と言うか、

 キリスト教は宗教の一つとして認識している日本人はとても多いでしょう。でも、そのキリスト教

 の中身はほとんどの人が知りませんね。

 そして、もっと驚いたことに、教会に何十年も通っていて、聖書も何年も読んでいるけ

 ど、異言のことを知らない兄弟姉妹は結構いるのです。

 結局、牧師がそれを知らなければ、信徒達も知る術がない。もっと悪いケースは信徒がそ

 れを知りたくても牧師が「異言は特定の人しか与えられない賜物だ。」とか「異言は今は

 存在しない。」などと間違った解釈を教えてしまうことがあることです。

 まぁ、その牧師先生方自身が、啓示がなく、学んでいないのでそういうことが言えるので

 しょうが、そういう牧師の元におられる信徒達が真に気の毒だとしか言いようがありませ

 ん。

 私たちは、イエス様を救い主として心に受け入れた「その時」から、神の子として生まれ

 変わっているのです。聖霊様も中に入ってくださっており、新しい霊の生き物となるので

 す。私達は肉において歩んでいるのですが、肉に従って戦うのではありません。(第二コ

 リント10:3)つまり、もはや私たちは霊によって生きていくので、霊の言葉(異言)

 を語る、異言で祈るのは新生したクリスチャンにとっては基本中の基本なんです。

 赤ん坊はミルクを飲んで成長していきます。生まれ変わった私たちも、霊は赤ん坊です。

 だから、ミルクである聖書の言葉を食べて噛み砕くのは私たちにとって必要な日課です。

 そして、そのミルクを飲んで、栄養としていくのには御言葉を理解することが大切です。

 その理解を助けてくれるのは聖霊様です。その聖霊様は、既に私たちの中に入ってくだ

 さっているのですが、それを活性化させるのはやっぱり異言(聖霊の言葉)で祈ることな

 のです。

 人間の限られた聖書知識や、神学校で学んできた教理だけでは、啓示となりません。

 聖霊様の働きがあるところに、御言葉が文字だけでなく生きたことば、啓示として私たち

 の血となり肉となっていくのです。

 机上だけで学んだ御言葉、文字は殺しますが、霊は私たちを生かしてくれるのです。(第

 二コリント3:6)

 私は、霊に満たされていなかった、でも、聖書学者としては立派で自分の国の教会を何軒

 かも立ち上げた元夫に、文字で殺されました。私が教会に行き始めた頃に元夫と一緒にす

 るバイブルスタディーが苦痛で苦痛で大嫌いでした。神様を好きになるどころか、どんど

 ん嫌いになっていくようでした。

 今は、聖霊様に満たされた牧師の元で、御言葉を学ぶのが大好きで、そのメッセージが

 私の血となり肉となり、日常生活の中でどれほど生かされているでしょうか。

 どんな状況に陥っても、その事実について誰がどんな否定的なことを言ったとして

 も、「じゃぁ、神様は何を言われている?」と御言葉に戻り、そのことばを握り締めて

 立ち向かっていけているのです。

 そして、もちろんちょっとでも否定的なことばを聞いたり、良くないことが起これば、咄

 嗟に出るのが異言です。自分では何を言っているのかわからないのですが、私に必要なこ

 とを聖霊様が祈ってくださっている確信があるので、平安が与えられ、前進できるので

 す。

 色々なことが一気に襲ってくるとパニック状態になってしまいますね。ありとあらゆる悪

 い思考が頭の中を駆け巡り、どんどん不安が膨れ上がる。そんな時は、人間の頭でどう

 祈っていいのかわからなくなってしまいます。私は、何を祈ったらいいのかさえわからな

 いことはよくありました。

 でも、本当に異言で祈れることになったのに感謝しています。もう、「何を祈ったらいい

 かわからない。」ことは一切ありません。何を祈るべきか、私に最上な祈りは何かを知っ

 ている聖霊様が異言で私のために祈ってくださるのだから。

 これ以上の恵みがどこにあるでしょうか?

 よく、私の牧師がケネス・へーゲン兄がバイブル・トレーニングセンターのキャンパス内

 で歩いている時にぶつぶつ異言で祈りながら歩いている姿を見かけたことを話してくれ

 ます。へーゲン兄は本当に「祈る人」だったと言われますが、私たちもよく、いつも異言

 で祈ることを奨励されています。そして、それを聞いたときからわたし自身もそう、訓練

 してきています。だからこそ、何かあった時に咄嗟に異言で祈れることができるように

 なっているのでしょう。そして、それをすることによって平安が与えられ落ち着いている

 自分を見て、また、神様に感謝できるのです。

 この、神から来る平安は本当に何にも勝る薬です。

 異言万歳!

 ハレルヤ!

祈祷会で

 昨日の異言での祈祷会は、私を含め4人だった。 

 少し遅れて行ったので、部屋に入ったらみんな祈り始めていた。

 椅子について少し落ち着いてから、みんなの祈りに繋がる。

 霊の中では確かに繋がって、一緒に祈っているのは感じるけど、みんなが見えるように私には

 ビジョンが何も見えない。

 途中で何回か、祈りを中断して霊の中で今何が起こっているか説明され、その都度私以外は素

 晴らしいビジョンが見えて、それを分かち合ってくれる。

 あぁ、私も見てみたい。

 祈りの中で霊と肉体が離れて霊の中での祈りを楽しんだみたいだってずいぶん前に言っていた

 姉妹がいたけどそういう感覚を味わってみたい。

 それにしても、私は癒しの賜物があるものの、ビジョンは見ない。

 今までにかつて一回だけもっと多くの信者達が集まるほうの祈祷会で見たことがあったけどそ

 れっきり。

 祈っている時は確かに、姉妹達と同じ霊の中にいることは感じるけど、ビジョンが見える姉妹

 達のように私も見てみたい。

 見えなくても、霊で祈りがちゃんと繋がっているから大丈夫と言われるものの・・・

 昨日は参加者全員の中で私だけ何も見えなかったので、ちょっと複雑な気分になったかなぁ。

 でも、あの参加者の中で癒しの賜物があるのは私だけだし、他人と比較してはだめなんだよ

 なぁ。

 神様は、それぞれに応じた賜物を下さるのだし・・・

 焦らず、その時を待って。

 ちなみに、私は今、異言を解釈できるようにと祈っています。
 

     
     「だから、異言を語る者は、それを解釈できるように祈りなさい。」
  
        聖書 コリントの信徒への手紙一 14しょう13節   新共同訳

神様の栄光

 
 私は異言で祈る祈祷会に出席できるようになってから、色々なことを学んでいます。

 この世で起こることは全て霊の世界で先に起こっていること。

 霊の中で起こっていることが人間の目に見えるように事象となってこの世に下りてくる。

 祈祷会に参加する兄弟姉妹の中には、ビジョンを見るもの、預言の賜物を持つもの、聖書に書

 かれている賜物を持つものがそろっているので、またまたそれが皆の徳ともなってます。感謝

 なことです。

 私は、そういう賜物がないので、異言で祈るときにいつも解き明かしが欲しいのですが、祈祷

 会では、私たちが何を祈っているのか、霊の中で何が起こっているのかが明らかにされるので

 祈ること自体が本当に楽しいのです。また、私達のこの霊での祈りが本当に個人から国家に至

 るまで影響を与えているという実感があることは本当に喜ばしいことです。

 私達の祈りが後に証となっていろいろな人から報告されることを聞くのも本当に素晴らしい体

 験だと思っています。
 

 ハイチの地震の影響でまだまだ多くの人々が助けを必要としています。私達の教会の中から聖

 霊様に促されて、ある教会の団体のグループの一員として二人の姉妹が現地に行ってきまし

 た。一週間のミッションの中で、崩壊した町や傷害を負った多くの人々を目の前にする地獄の 

 様子の中にも神様の栄光があり、多くの人々が魂の救いに導かれた証を聞くのは本当に感謝な

 ことでした。物質的、医療的なサポートが必要なのは必至ですが、それにも増して霊的な救い

 は、こういうときだからこそ重要になるのも真実です。

 物質的援助にも増して、生きる力を与えることができるのは神様の力です。
 

 昏睡状態にいる二人の女性に、聖霊様の導きで、イエス様の名前を耳元で囁き祈った姉妹

 達。一人は、確実にイエス様の名前を聞いて翌日に亡くなったそうです。

 もう一人は、誰一人病院内で笑顔を見せる者がいない負傷者の中、イエス様の名前を囁いたあ

 と目を見開け、姉妹を大きな瞳で見つめ微笑んだそうです。
 

 言葉はわからなくても、イエス様の名前を初めて聞いたとしても、霊はわかっていたのだと思

 います。

 実際ハイチに向かって、神様の仕事をしたのは二人だけの姉妹達だけでしたが、行けないわた

 し達は、献金、必要な物資調達など、それぞれ自分達にできることをしました。そして、何

 よりも祈りのサポートは姉妹達にとって大きな励み、力となっていたのは姉妹達がわかってい

 ます。ミッション旅行の報告と共に、「あなた達、兄弟姉妹もハイチに一緒にいたことを覚え

 ていてください。祈りとサポートを本当に感謝しています。」と言われた姉妹達にも、感謝で

 す。


 神様を知らないハイチの多くの人々が、わたしたちの支援の中から神様の栄光を見て、イエス

 様と繋がってくれることを祈っています。
 

 人間の思いで、善い事を行う人はたくさんいます。それはそれで素晴らしいと思います。

 でも、聖霊様の声を聞いて行動を起こしたところには、人間には到底無理なことでも神様の恵

 みで大いなる業を発揮できることを、今こそ多くのクリスチャンが全世界に示す時が来ている

 と思います。
 
 
 ハイチがまだまだ復興中の中、今度はチリが地震に見舞われましたね。

 悪魔の業が猛威を振るっていますが、神様の業はそれに勝っています。この災いが、益となる

 力を持っている神様に大いに期待します。
 

 そして、その神様の業をこの地上で表すのは、神様に繋がっている私達であることを覚えてお

 きたいです。
 

 イエス様、あなたは世の光です。どんな暗闇の中でもあなたは光り輝いています。

 あなたと繋がっている限り、この光は永遠に消えることがありません。

 その光を知らない多くの人たちが、あなたと繋がることができますように。

 世の中はどんどん暗くなっていっても、わたし達は光の中を歩むことができることを知ること

 ができますように。
 

 アーメン!

癒しの証 (3)

 癒しの祈りでTさん、トムおじさんと神様は大いなる業を見せてくれましたが、Tさんとトム   

 おじさんの証の合い間にも、もう一つの証があります。


 ある、日曜日の夕方から、姉妹宅に呼ばれて、数家族が集まって夕食と共に交わりを持ってい

 ました。その時に私は、二人の姉妹に最近起ったTさんの癒しの証と左手に起る癒しの熱の話

 をしていました。すると証を聞いていた姉妹の息子が実は肺炎にかかっていて、肺にウィルス

 が入って結構苦しんでいることを教えてくれました。仕事も最近休みがちと言うことでした。

 母親の彼女も息子も、もちろん牧師のメッセージを聞いていて癒しのパワーを信じています。

 母親のDさんは息子に権威ある祈りで追い払うことを勧めているけど、本人は揺れていて頭で

 わかっていても行動には出ていないと少し嘆きがちでした。そして、私に、「もし手にパワー

 を感じて聖霊様の促しがあれば祈ってやって。」と言われました。でもその時は、あまり熱も

 感じなかったし、他の交わりをいろいろと楽しんでいました。


 夜も遅くなり、そろそろお暇の時間になった頃、何となく手のひらが熱くなってきて私の心も

 祈ってあげる準備ができている感じがしたのでDさんに「祈ろう!」と声をかけました。まず

 は、Dさんが本人に祈ってもらいたいかを確認。「はい。」と言うことでわたしと、母親のD

 さん、そしてホストのSさんと、Dさんの息子クリス君の疾病の癒しを祈ることになったので

 す。


 まずは、Dさんに賛美のリードをしてもらい私は、熱のある左手をクリス君の患部に手を置い

 てお母さん、Sさんはそれぞれクリス君の肩や背中に手を置いて賛美を始めました。賛美後、

 数分も経たないうちにわたしの口から異言が出てきてかなり強い口調で祈り始めました。帰る

 用意をしていたクリス君はジャケットを着ていましたが、神様のパワーの熱で額からは汗が出

 ていて祈りの途中ジャケットを脱いで一時中断。その時に、お母さんが「すごい熱が放出して

 いるよね。」と言う言葉に、クリス君も「そう、体中が熱くてたまらない。」と言っていまし

 た。お母さんは「神様が今、神様のパワーであなたの体中の悪いところを治しているからそん

 なに熱いのよ。」と言う言葉にわたしも大いに頷く。お母さんは、「この癒し、受け取りなさ

 いよ。」とクリス君に確認をしている。


 祈りを再開したとき、Sさんは右手をわたしの肩に乗せ、左手をクリス君の背中に置く状態で

 祈り始めました。私の左手は相変わらず、火傷をするかと思うような熱さでその熱をどこかに

 放出しないと耐えられないという感覚でした。クリス君の患部にその熱が放出されて何とか私

 はその熱さに耐えられるという感じでした。その熱のほとばりが冷めたころ、みなで祈りを終

 えましたが、Sさんがおもしろい現象を語ってくれました。彼女の手が私に触れている時、別

 の手からわたしの感覚と同じように熱がクリス君の体に放出するのを感じたそうです。私の体

 から手を離すとその熱はなくて彼女が私の体に触れている限り、自分もその熱を感じてパワー

 が放出するのを感じたと言うのです。そして、クリス君に「自分の手からとI(私)の手から

 のパワーでダブルの薬をもらって癒されたね。」とコメントをしており、私たちも、「本当だ

 ね。」と神様の御業に感謝。


 当のクリス君は、体が熱くてしょうがなかったけど気持ちがよかったらしく、痛みも和らいだ

 とのこと。完全に痛みはなくならなかったけど、霊の中では癒されたので、それを信じて痛み

 が襲っても打ち消すようにと、お母さんが確認を取っていました。


 帰り際に、Dさんが、「クリス、明日仕事に行くって言ってるわ。」と耳打ちしてくれまし

 た。Dさんは、クリス君が「仕事に行かずに、患部が痛いからって家でぶらぶらしている。」

 と嘆いていたので、その彼の言葉にも「ハレルヤ!」と思いました。


 こうして、2週間の間に癒しの御業を立て続けに体験して、癒しの油注ぎをされたのを改めて

 確認と言うか、実感できた出来事でした。


 その頃、ちょうど牧師家族はフロリダに旅行をしてリフレッシュをしていたのですが、興奮と

 喜びの証をまとめてメールしたのは言うまでもありません!!!


 実は、この癒しの油注ぎは7年前から祈っていた祈りが成就されたと言ってもいいかもしれま

 せん。7年前に、まだ、旧会堂にいた頃に週2回、癒しの特別クラスがあり、その時に私は

 祈っていたのです。わたしには、日本人の多くの魂の救いの伝道に当たってこれが必要だと

 思ったからです。私は、神様にそれをリクエストしただけでなく、実際、自分自身が事故に

 遇ったりした時に病院に行かずに祈りで乗り越える訓練をしたのも、神様の御心にかなったの

 かもしれません。(?)10年間も、健康保険なしで生活するにはかなりのリスクがありますね。で

 も、母子家庭で仕事がなかったあの頃に神様に宣言したんですよ。「神様は約束されています

 ね。私は、保険でなく、イエス様の癒しに保険金を掛けます。(保険の掛け金を払うお金がなかった)

 保険金は献金に入っているからわたしの健康は守られることを信じます!」と、、、


 10年の月日があればそれなりに事故や病気はありましたよ。そして、もし、保険を持ってい

 たら病院に駆け込むか医者に診てもらうかという事態も、数回ありましたよ。

 でも、すごい精神力と言うのでしょうか、痛みを押し切って「神様、私はあなたの癒しを信じ

 るから。絶対治して!」と言う執念のような祈りの断言で痛みを乗り越えました。もちろん、

 自分だけの祈りでは無理な時は牧師に祈ってもらいました。自分だけの祈りではやって行けな

 かったと思うことが何回かありました。


 そんな、自分自身の体験を通して少しずつ、癒しの祈りの確信を培っていったこともここで触

 れておきたいなと思いました。


 わたしのこの癒しの祈りの証は私の牧師のように、聖書に従ってきちんと教えてくれる教師が

 いないと難しいかもしれません。でも、癒しは心から100%信じているものには誰にでも起

 ることを付け加えたいです。癒しの祈りの時に「もし、あなたの(神様の)御心なら癒してく

 ださい。」なんていう必要はないのだということもここで大胆に書いておきます。だってイエ

 ス様が「あなたは癒されなくていいです。癒される必要はありません。」と言って癒されな

 かった人が聖書に出てきますか?「御心ならば、、、」とイエス様に癒しを頼んだ時にイエス

 様はどう答えられていますか?


 癒しに関してはすべてにおいて、完治するのが「御心」なんです!


 頭で信じているのと、心の底、お腹の底で確信しているのとは違うのがわかりますか?

 希望の祈りと信仰の祈りが違うのがわかりますか?


 信じるか、信じないか、受け取るか、受け取らないか、待って約束をつかむか、待てずに諦め

 るか、、、

 全ては本人次第です。



 あぁ、、、でも、まだまだ癒しについては、多くの間違った教えがあるようで、せっかく神の

 子に授けられた100%の癒しを受け取れない子ども達が多いようです。実に単純な約束だけ

 ど、見える事実に目が行ってしまい、見えない神様の約束、真実をつかみきれないんですよ

 ね。


 神様が4年前に言われた、「実に、世界中の神の子ども達の97%が、わたしの用意した恵み

 全てを受け取らずまま、天国にきてしまう。」と言う、嘆きをよく、思い出します。

 神様は既に、わたしたちに必要なものを100%用意されているけど、それを受け取らないの

 は人間側。人間の問題。

 神様の恵みを100%受け取る信仰で、前進したいものです。



   聖書  イザヤ書53章5節  新共同訳

 『、、、、、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。』

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