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私が勝手に国語の師と仰ぐ人の本に、「〜です」というのは比較的に新しく、その上それほど上品な言葉ではないと書いてあった。
確かに言われてみれば、円谷幸吉の遺書のオリジナルはこんな感じですが、
父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。干し柿、餅も美味しゆうございました。敏雄兄、姉上様、おすし美味しゆうございました。克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しゆうございました。
巌兄、姉上様、しめそし、南ばん漬け美味しゆうございました。喜久蔵兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しゆうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
(続く)
これの語尾が「です」になると、
父上様、母上様、三日とろろ美味しかったです。干し柿、餅も美味しかったです。敏雄兄、姉上様、おすし美味しかったです。克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しかったです。
巌兄、姉上様、しめそし、南ばん漬け美味しかったです。喜久蔵兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しかったです。又いつも洗濯ありがとうございました。
・・・と一気に小学生の作文になってしまうというのだ。
それを読んで以来、時代小説の会話の中でやたら「〜です」を使われるのを読むと萎えるようになってしまったです。
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