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詩集『月に吠える』より「猫」
まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの屋根のうへで、 ぴんとたてた尻尾のさきから、 糸のやうなみかづきがかすんでゐる。 『おわあ、こんばんは』 『おわあ、こんばんは』 『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』 『おわああ、ここの家の主人は病気です』 萩原朔太郎の詩にはじめてふれたのは学校の授業でした。
「竹」という作品です。
ぼくは、なんとなく興味を感じて、学校帰りに文庫版『萩原朔太郎詩集』を買いました。
詩集を買ったのは、初めてだったと思います。
ぼくは『萩原朔太郎詩集』を夢中になって読みました。
それからの一時期はほんとうにかぶれていた、といってもいいでしょう。
自分で表紙絵を描いて、だいじに装丁しなおしました。
朔太郎は1886年(明治十九年)に群馬県前橋で生まれました。
そして1942年(昭和十七年)に亡くなりました。享年五十七歳。
口語自由詩を確立させた歴史的詩集『月に吠える』は、朔太郎の第一詩集です。
授業で習った「竹」は、この詩集全体が暗鬱なトーンにぬられた中で、いわばつかのまの晴れ間のように置かれた作品のひとつです。
さてこの文章を書くまえに、朔太郎の詩を思い浮かべてみました。 するといろんな作品のフレーズが、おのずと出てくるのです。
けっして彼の代表的な詩句ではない。
なぜぼくの記憶に残ったのか、はっきりしないけれど、ぼくにとってはなぜか印象が深いのです。
思いつくままあげてみても・・・。
「とほい空でぴすとるが鳴る。/またぴすとるが鳴る。」
「帽子の下に顔がある。」
「よせくる、よせくる、/このしろき浪の列はさざなみです。」
「まつしろい女の耳を、/つるつるなでるように月があがつた、」
まだまだ出て来るのですが、つぎからつぎへとフレーズが出てくる詩人は、ぼくにとっては朔太郎だけです。
あんがいシャレていて、ひょっとすると朔太郎には、コピーライターの才能があったのではないでしょうか。
あらためて『月に吠える』を開いてみれば、やはりどの作品も覚えていて、またその日本語が大正六年(1917年)出版とはいうものの、じゅうぶんに現代につうずる。
そのことにも驚いてしまうのです。
朔太郎のむきだしの神経をみるような、孤独で、病的で、陰鬱で、怠惰な、あわれな幽霊の肖像を描いているようで、それでいて若々しさが、こぼれるように表現されているのを確認して、胸を突かれるようなかなしみもあふれてくるのです。
何を引用しましょう。
悩んでしまいますが、今のぼくは、この作品の静謐な孤独感にひかれます。
「白い共同椅子」という作品です。
「白い共同椅子」
森の中の小径(こみち)にそうて、
まつ白い共同椅子がならんでゐる、 そこらはさむしい山の中で、 たいそう緑のかげがふかい、 あちらの森をすかしてみると、 そこにもさみしい木立がみえて、 上品な、まつしろな椅子の足がそろつてゐる。 |

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