モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトを中心にしたブログです

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上海万博のテーマソングが、日本の歌手、岡本真夜さんの「そのままの君でいて」という曲の「パクリ」だったことが話題になりました。この場合は、まったくメロディーが同じだったので、中国側が取り下げて問題は解決したようです。しかし音楽というのは多様性がありますから、いつの世も、新しく作曲された曲が、何かの曲の「パクリ」かどうかを判断することは意外に大変です。著作権をめぐって「似ている」「似ていない」論争で裁判になることもしょっちゅうあります。
 ところで、クラシック音楽の世界ではどうでしょう。ブラームスが作曲した「ハンガリー舞曲」について、ハンガリーの作曲家たちが“盗作である”と訴えて、裁判になったことは有名です。この件はブラームスが“あれは編曲である”と主張して勝利していますが、このような裁判は、音楽史上にも数多くあります。
では、もう少し時代をさかのぼって、モーツァルトの時代はどうだったでしょう。この時代は、まだ著作権という制度が確立していませんでした。従って、「パクリ」や「真似をする」ということは、ある程度作曲家のモラルに任されていたと思います。
「誰々の主題による変奏曲」というように、あからさまに原曲を公表すれば、むしろパクられた人は、名誉なことでしょう。モーツァルトは、師と仰ぐクリスチャン・バッハが亡くなった時、追悼の意味を込めて「ピアノ協奏曲イ長調 第12番K. 414」を作曲し、その第2楽章の主題に、クリスチャン・バッハの序曲のメロディーをあえて使っています。現在のように、“作曲家(著者)の死後70年”という著作権がないので、原曲の作曲者が亡くなってしまった場合は、どうしようもありません。ベートーベンが「交響曲第3番英雄」の第1楽章の主題に、モーツァルトの歌劇「バスティアンとバスティエンヌK50」序曲のテーマを使ったことは有名です。これは、似ているというより、どう聴いても同じメロディーです。ベートーベンが「英雄」を作曲した時には、モーツァルトはとっくに亡くなっていますので、訴えるなら未亡人のコンスタンツェでしょうが、この件でベートーベンが訴えられたという話は聞きません。ちょっと偶然とは思えませんので、ベートーベンは、あえて尊敬するモーツァルトに敬意を表して採用したのでしょう。
前置きが長くなりましたが、真似する原曲が自分の曲の場合はどうでしょう。この場合は、訴えられることはないでしょうが、作曲を依頼した人が「あの曲と同じではないか!」というクレームをつけることは考えられますね。しかし、さすがの天才モーツァルトやベートーベンも、作曲の期限が迫って急いでいる時に、しばしば他の曲を転用するということがありました。モーツァルトの交響曲第35番K385「ハフナー」が、セレナーデとして作曲された曲を転用したものですし(ただしセレナーデの方は残っていないので、真似とは言えない)、ピアノソナタ第16番変ロ長調の第2楽章は、第15番ハ長調K545の第3楽章を移調したものです。
このようにそっくり同じという場合はすぐわかりますが、「ちらっと」自分の曲を入れるのは、なかなかわかりにくいものです。しかしモーツァルトは、しばしば、自分の作曲したメロディー(モティーフと言った方がいいかもしれない)を他の曲にそれとなく挿入しています。いかに天才モーツァルトといっても、楽想が無限に湧いてくるわけでもなかったのですね。もっとも人間の感じるメロディーやモティーフの美しさというのは、何か究極の決まったものがあるのかもしれないので、自然に似てしまうのかもしれませんが。。。。。。
長々と書いてしまいました。モーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調K491の第2楽章を解説している途中でした。では次回、この楽章で「似ている」ところをあげてみます。

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