|
1981年の夏は東北在来線の優等列車と地方交通線乗り鉄目当てで旅行をしてましたが、赤谷線は強く印象に残っております。
この時の行程は、前夜の青森から津軽4号で早朝の米沢下車。米沢〜今泉〜荒砥と移動し(直通列車だったような)、荒砥からは赤湯に出て山形へ。左沢線を往復し、山形〜米沢を特急つばさの食堂車で過ごして米坂線に乗り継ぎ、坂町からは羽越線で新発田に降り立ちました。 かなりのハイペースの乗り潰しの〆が赤谷線でした。 ちょっと疲れ気味で途中の様子は余り覚えてなく、終点の東赤谷の直前にスイッチバックが現れました。 この辺りは宮脇先生の「時刻表2万キロ」に書かれておりますが、私と相棒の疲れを吹き飛ばす光景が見えて来ました。 なんと、赤谷鉱産と書かれた怪しげなDL登場。鉱山鉄道が出現。何ともトワイライトな光景が広がってます。が、意表をづかれ過ぎて一枚も写真を撮ってません。これはここに留まって、この鉱山鉄道をもっとみたいところですが、ここで降りてはあとの行程に差し支えます。 ということで後ろ髪を引かれつつ東赤谷をあとにします。但しこんどはしっかりカメラを構えて待機します。 鉱山鉄道は謎のまま。 1981年夏、国鉄赤谷線にて この日の乗り潰しの行程は終わりですが今宵の宿は下り八甲田。福島に向かって気の遠くなりそうな移動を開始します。 続編に続きます |
全体表示
[ リスト ]




おはようございます。
お世話になっております。
赤谷懐かしいです。
あかたに?あかだに?どちらで発音でしたか…?
非鉄時代に何度か金.銀.銅を採掘した鉱山へ訪れてます。
ここから鉱山へのトロッコは
B級ロコファンにはたまらない魅力がありました。
この時は転車台跡はまだ残っていましたか?
色々な意味で懐かしい画像です。
2013/9/6(金) 午前 8:07 [ ゆめ特急 ]
ゆめ特急さま
今晩は。
コメントありがとうございます。
一枚目に駅名がちらっと写ってまして「あかたに」でした。鉱山をご訪問されてたとはうらやましいです。転車台跡にはまったく気付きませんでした。何せ、折り返し時間は僅か6分、この間にダッシュで駅舎の外まで行って写真を撮る、入場券を買うが一連の儀式だったので。仲間と終点では原則敷地外迄行くことが乗り潰しのルールと暗黙に決めてました。そんな見所あるとしっていたら、そちらを優先したでしょうね。
2013/9/6(金) 午後 8:34 [ キンゴロー ]
私は雪の東赤谷駅にしか行ったことがなく
このトロッコが外からは見えませんでした
国鉄線路とはこういう関係だったのですね、参考になります
2013/10/25(金) 午後 10:52
LUNさま
今日は。コメントありがとうございます。雪の東赤谷もなかなか趣がありよさそうでしたね。
2013/10/26(土) 午後 3:38 [ キンゴロー ]