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山陰旅行中に撮影。なぜか、見たことがない旧型客車を見掛けるとシャッターを押す習慣があったみたいで、こういう写真が時々現れます。高校の先輩でこっち方面に詳しい人が居て色々と刷り込まれたことがきっかけですが、独りで動いている時はこの車両の希少性とか分からないので見たことがないと認識すると撮っていたようです。
1980年夏 たぶん倉吉
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旧型客車
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なぜか824列車に乗った時のネガがすっぽりと行方不明のため、同じ旅行の別の日に撮った列車内の写真を貼ります。オハフ61の車内、左側のポスターは、拡大したら国府津駅で撮った写真(チャレンジ2万キロか?)でした。
機関車先頭ではなく、2番線の表示にピントが来ている謎の写真・・・まったくなにをやってるんだか?
米子?
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ただ824列車といってもピンと来ないかもしれませんが、かつて山陰本線を走っていた日本最長距離鈍行といえばお分かりでしょうか。朝5時過ぎに門司を出発して終着駅の福知山には24時近くにつく列車でした。
私がこの列車に乗ったのは残念ながら後半区間の松江から福知山まで。乗車時間では全体の半分程度でしたが、充実した楽しい体験でした。 鳥取駅のかに寿司弁当を食べたことやDD51に添乗させてもらったこと、同い年位の鉄道好きな人との交流など得難い体験でした。 この投稿を福知山到着時刻である23:51に時間指定で投稿します。 |
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1982年3月、紀勢本線のどこかで。番号がゾロ目だったのでナンバーだけを撮影したらしいが、これだけ。
1985年3月、東北本線の郡山にて。さすがに、そろそろ旧型客車の先行きがやばいと知ったようでこの時は色々と撮っていました。
紀勢本線に行った時はもっと客車を見ていたのですが、気にも留めませんでした。その数年先の客車の命運を知っていたらもっと違った対処をしていたのでしょうけど、その時は露知らず。
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日がとっぷりと暮れた後の時間帯なので辛うじてナンバーが読み取れる程度の写りでした。なぜかスハフ32とは巡り合わせが悪くようやく撮れたのがこの1枚でした。
1982年11月 仙台
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