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岩国日帰り旅行

錦帯橋・岩国城・城ヘビ

岩国に義母の次男が「脳梗塞」で毎日リハビリをしている。

義母が元気な間に会いたいというので、岩国小旅行に行って来ました。

朝9時出発、高速に乗って11時頃現地到着、次男としばらく話をして昼前で用事が済んだし

帰りは天気も良いので、「錦帯橋」と「岩国城」と「白ヘビ」を見に行く事に・・・・・・

錦帯橋は義母が歩けないの遠目から見て、天然記念物の「白へび」は車椅子を借りて見学しました。

岩国城へはロープウェイに乗って山頂に行かなくてならないので、義母は足が悪いので

下の駐車場で待ってると言う・・・・

スタッフの方に「車椅子」はありますかと聞くと、山頂にありますと言われ義母も連れて

行きました。

山頂から岩国城まで登りで5〜6分かかります。

借りた「車椅子」は電動でしたので、楽に登り道を上がる事が出来ました。

最近の観光地には、車椅子が準備されてますので足の悪い方でも安心です!!

錦帯橋から見た山頂の「岩国城」

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白ヘビ記念館

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岩国城への、ロープウェイ

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ロープウェイからの景色

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山頂からの、錦帯橋


岩国城

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電動車椅子を借りました

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岩国城の展示物

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沖縄旅行・4

平和祈念資料館・平和広場

沖縄平和記念資料館と平和広場に行って来ました。
 
平和広場には、沖縄戦で亡くなられた国内外の20万余の戦没者の名前が刻印された石碑が
 
あります。
 
ジグザグの石碑は、波の形を表してると言われてます。
 
平和の火の水には、世界地図が描かれてます!!(赤丸は、日本です)
 
平和祈念資料館内は、撮影不可でしたので写真はありません・・・・・・

平和資料館

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平和の広場

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平和の礎

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平和の火

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松陰・母の実家跡に顕彰碑

妻の実家「滝部寺地」近くに、幕末の思想家「吉田松陰」の母「滝子」の実家があったところに
 
「村田家」を顕彰する石碑があります。
 
石碑が出来る前は竹がいっぱい生えていて、人が上がれない状態でした・・・・
 
地域住民の寄付と奉仕活動でここまで綺麗になりました。
 
石碑は御影石で、縦1m・幅1.8m・鷹さ1mの台座に設置
 
石碑の文字は「安倍晋三首相」が書かれてます。
 
お近くに来られた時は是非お立ち寄りください!!

村田家記念公園

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村田家顕彰碑

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説明板

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寄付明録板

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三春滝桜

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世界一の「ふくの像」です!!

【亀山八幡宮】
下関市中之町1−1

下関では「ふぐ」を「ふく」と呼び,幸福を呼び込むとして親しまれています。
 
明治21年、総理大臣伊藤博文公が下関でふく刺しを賞味し、その美味を絶賛したことから
 
全国に先駆けてふく食用禁止が山口県で解禁されました.
 
昭和9年関門ふく交友会の人々が、亀山八幡宮表参道東側に「波のりふくの像」を建立。
 
このふくの像は下関の名物として親しまれ,旅人の心を和ませていました。
 
しかし大東亜戦争末期の昭和19年、金属供出により台座のみが残りました。
 
平成元年、下関のふくを愛してやまない有志により、ふく銅像再建推進委員会が結成され
 
総経費2、000万円をかけて46年ぶりに再建。
 
除幕式は、平成2年9月29日(フクフクの日)に行われ、以後毎年9月29日には
 
ふく漁解禁にあわせてふく像前にて、シーズン中の航海安全・豊漁・商売繁盛を祈願するふく祭りが
 
開催されてます。

亀山八幡宮

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世界一の「ふく像」

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山の田太平楽のホームページも見てね!!
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平家の一杯水

伝説の平家の一杯水!

国道9号線、関門海峡沿いに「平家の一杯水」があります。
 
壇ノ浦の戦いで深手を負い、命からがら岸に泳ぎ着いた平家の武将が水溜りを見つけ
 
飲んでみると真水だったが、もう一口飲もうとしたら塩水になっており、その場で力尽きたという
 
伝説が残っている所です。
 
【平家の一杯水】  
寿永4年(1185)3月24日、源義経を総大将とする源氏と平知盛が率いる平家は
 
最後の一戦を壇ノ浦でくりひろげました。開戦当初は、東向きの流れに乗った平家が有利に戦って
 
いました。やがて、潮の流れが西向きに変わり始めると、源氏方は反撃を始めました。
 
潮流に乗った源氏は、平家の船を操る水夫(かこ)と舵取り(かじとり)を弓矢で狙いました。
 
こぎ手を失った平家の船は潮の流れに引き込まれ、完全に自由を失いました。そうなると
 
勝敗はもうはっきりしています。平家方のある者は捕らえられ、または海に沈み、または傷を受けて
 
ようやく岸にたどり着いた者もありました。そのうちの一人の平家の武将は、全身にひどい傷を受け
 
海に落ちましたが、命がけで泳ぎ岸にたどり着きました。
 
その武将は傷の痛みと疲れで喉がカラカラに渇ききっていました。
 
あたりを見渡すとわずかな水たまりを見つけたので、武将は痛む体を引きずって、
 
水たまりに近づき、その水を手のひらにすくい喉をうるおしました。その水の美味しいこと
 
武将にとっては命の水とも思えるものでした。
 
あまりの美味しさに夢中になって二度目を口にしたところ、大きくむせて吐き出してしまいました。
 
不思議なことに真水は塩水に変わっていた、といわれています。
 
【実はこの井戸は、干潮のときには火の山からの伏流水が真水で流れ出し、満潮のときには海水で
 
満たされます。これが伝説のもととなったと考えられます。】

平家の一杯水の石碑

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説明版

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国道から階段で下ります

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平家の一杯水の井戸と鳥居

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平家の一杯水の、井戸

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