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特別寄稿 『福島第一原発事故 7つの謎』
事故から3年経ってなお次々に浮かび上がる謎
「1号機の冷却機能喪失は、なぜ見過ごされたのか?」 【前編】
現代ビジネス 2015/1/11 01:11
NHKスペシャル『メルトダウン』取材班
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150111-00041681-biz_gendai-nb
■その時、中央制御室
2011年3月11日午後2時46分。すさまじい震動が福島第一原発を襲った。「ゴー」という不気味な大音響があたり一帯に響き渡り、大地は激しく波打った。原発の運転操作を行う中央制御室も強烈な上下動に襲われた。この日、1、2号機の中央制御室では、52歳の当直長をトップに、総勢14人の運転員が操作にあたっていた。まるで暴風雨の海に浮かぶ小舟に乗っているかのように、上下左右に揺れ動く室内で、何人もの運転員が立てなくなり、床にしゃがみこんだ。何人かは、操作盤に取り付けられたレバーを握りしめてかろうじて身体を支えていた。レバーは、4年前に新潟県中越沖地震に襲われた柏崎刈羽原発の教訓をもとに設置されたものだった。運転員の一人は、次のように述懐している。「今まで経験したことのない長い揺れでした。揺れがあまりに長くてレバーを握っていても立てなくなり、座り込んでしまいました。これまでと全く規模の違う地震でした」
揺れが続く中央制御室に、当直長の大きな声が響いた。「スクラムを確認しろ!」スクラムとは、原子炉の核分裂反応を止めるため制御棒と呼ばれる装置を原子炉に挿入することである。大きな地震を感知した原発は、自動的にスクラムをする設定になっている。揺れがようやくおさまった。室内には、土埃を感知した火災報知器や計器の異常を示す警報がけたたましく鳴り響いていた。正面にある原子炉の様子を示す蜂の巣状のデザインのパネルが、全て赤く点灯していた。赤は制御棒が原子炉の中に入っていることを示す色だった。スクラムが成功し、原子炉は止まったのだ。安堵の空気が流れた。しかし、それもつかの間だった。運転員の一人が叫んだ。「外部電源が喪失しています!」外部の電源が失われたのだ。誰もが初めての経験だった。再び緊張が走る。 「非常用DG確認して!」すかさず当直長の指示が飛んだ。
DGとは非常用のディーゼル発電機を意味する。まもなく運転員が声をあげた。「非常用DG起動! A・Bとも起動中」A系、B系と2系統ある非常用のディーゼル発電機が動き始めた。室内に重低音の震動が伝わってきた。いったん失いかけた電気を原発内で作り出すことに成功したのだ。 運転員の一人は、こう振り返っている。
「この時、まだ警報はいっぱい鳴っていました。しかし、スクラムに成功して、電気を確保できれば、後はマニュアルに従って、設備の状態を点検していけばいいのです。それほど難しい操作とは思っていませんでした」当直長以下、運転員が次に目指すべきは、原子炉の冷温停止だった。スクラムに成功して核分裂反応が止まっても原子炉の温度は、およそ300度の高温状態にある。温度を徐々に下げて100度以下にするのが冷温停止である。炉内の水の沸騰を収め、原子炉の状態を安定に保つためだ。そのために必要だったのが、IC・非常用復水器と呼ばれる非常用の冷却装置だった。ICは、原子炉から出た蒸気を原子炉建屋4階にある冷却水タンクに導き、タンクの中の細い配管を通すことで蒸気を冷やして水に戻す仕組みになっている。その水が原子炉に注がれると、原子炉は徐々に冷やされていく。地震から6分たった午後2時52分。1号機のICが自動起動した。原子炉の温度は、ゆっくりと下がり始めた。張り詰めていた中央制御室の空気が緩んだ。スクラムによる原子炉停止から、およそ40分後。300度だった原子炉の温度は、180度程度まで下がっていた。原子炉は順調に冷却されていた。当直長は、このまま冷温停止に持って行けると感じていた。
■全電源喪失! 暗闇の中央制御室
地震発生から51分後の午後3時37分。福島第一原発1、2号機の中央制御室に異変が起きた。モスグリーンのパネルに、赤や緑のランプが点灯する計器盤が瞬き始め、1ヵ所、また1ヵ所と消え始めたのだ。天井パネルの照明も消えていった。当直副長の「どうした! ?」という問いかけに、運転員は「わかりません。電源系に不具合なのか」と答えるのがやっとだった。向かって右側に位置する1号機の計器盤がパタパタと消えていった。天井の照明も時間を置いてひとつ、またひとつと消えていった。左側に位置する2号機の計器盤や照明はしばらくは点灯したままだった。しかし、4分後の午後3時41分。2号機側も真っ暗になった。それまで鳴っていた計器類の警報も全て消えて、中央制御室は、静まり返った。1号機側の非常灯だけが、ぼんやりとした黄色い照明を灯している以外は、暗闇に包まれた。実に4分の間に、中央制御室は、1号機側から2号機側へと、ゆっくりと電気が消えていったのである。 運転員の一人は、こう語る。
「何が起きたのかまったくわかりませんでした。目の前で起こっていることが本当に現実なのかと思いました」別の運転員は、電気が消えていくのに時間差があったことを覚えていた。「自分は、1号機の電源はだめだが、2号機は生きていて大丈夫だ。だから2号機の非常用発電機の電源をもらおうかと、頭の中で考えていました。ところが、その後、2号機側も消えたのです。最終的になぜか1号機は非常灯が点灯していたが、2号機のほうは真っ暗でした」暗闇に包まれた中央制御室に、当直長の「SBO!」と叫ぶ声が響いた。ホットラインを通じて、免震棟の発電班に「SBO。DGトリップ。非常用発電機が落ちました」と伝えた。SBO=Station Black Out、ステーション・ブラック・アウト。福島第一原発が15メートルの津波に襲われ、全ての交流電源が失われた瞬間だった。
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