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子供の頃から見慣れていた。母が愛用していた鏡台の傍らで。
兄さんが再び訊いてきました
「お前。本当にいいんだね。」 「しかたがないのよ。」 お化粧の手を止め私は応えました。 「しかたがないって。それじゃぁ何故ぇ?」
私は応えずに唇をキツク結び。手鏡を引き寄せました。
顔を兄さんから隠すように俯き加減で鏡を覗きました。
震える小指で唇に紅を引き上瞼にラインを引きました。
堪え切れずに。溢れそうに為った涙を隠すため。
兄さん。静かに立ち上がり部屋から出ていきました。
私は開いたままの襖を。ユックリ閉じました。
鏡台の前に座り直すと其処まででした。
心が締めつけられ苦しかった。
涙は鏡面を伝い。私の膝に堕ちました。 雨は漸くやみそうです。
雨雲が遠のいて往くのが雷鳴の音で。 花嫁化粧がようやくです。 内掛けに手をとおす時。心まで縛られそうでした。 角隠しをされる時。あの日の会話が耳の奥で何度も。
何度も繰り返し聴こえてきました。
「私ね。お見合いしろって言われてるの。」
「ふぅん。誰にぃ?」
「伯父さんから。」 「ぇ。伯父さんって。あのおじさん?」 「そぉぅ。今度の日曜日なの。」 「なにが?」 「お見合い。」 「・・・ぅん。」 それっきりの会話でした。
彼の部屋から出てくる時。
彼は呼び止めてはくれませんでした。
駐車場から彼のアパートの部屋の窓を見ると。
窓が閉じられるところでした。
二人で選んだ小さな花柄のカーテが閉められます。 路地を抜けると私は。家とは反対の方角にハンドルを切っていました。
無意識でした。 知らずに何度も。何度も頬を手のひらで擦っていました。 ハンドルが滑ったのを今でも手のひらが憶えています。 深夜に家の前に帰ってくると兄さんが待っていました。
怒られました。酷く。 そして言われました。 「伯父さんになんか遠慮しなくていいんだよ。」
「ぅん。」 「でもぉ。かぁさんがぁ・・・・」 「・・・・」 溢れるものを隠すために仰ぐ星空。
水の底から星を眺めてるようでした。 涙の雫が耳に。 兄さんの手が肩に。掴む手の力が強かったです。 痛さが慰めになるんだぁって。 星が流れたらお願い事が出来るけど。
見えないならしかたないよね。
式場に行く前に。とぅさんにご報告するためにお仏壇に。
急かされて玄関へ。近所の人たちが御祝い言葉を。 角隠しが私の心を守ってくれました。 俯くと真っ白な私の手が震えていました。 タクシーに乗ると伯父さんが言います。
「向こうさんに何でも任せておけばいいからな。」 って。 兄さんは小さく咳をしてくれました。
流れる窓の外は良い日和でした。
幼いころから眼に馴染んだ商店街が。過ぎてゆきます。 家から駅までの通いなれた道が。後ろに。後ろに。 高校生の時に私がアルバイトをしていた食堂の前に。
店のご主人がいました。傍には女将さんが。
二人が近づくタクシーを指差しながら。何かを言ってました。
ご主人が此方に両手を振っていました。 窓ガラスに角隠しが当たります。
タクシーは駆け寄る二人の直ぐ横をでした。
私は振り向いて視る事ができません。 両手の振られた残像が。瞑った瞼の裏に。
その残像に何処かを指差すような。 彼と良く。アルバイトの帰りに待ち合わせた公園。
何処にでもある小さな児童公園。 近づきます。 兄さんが白いハンカチを貸してくれました。 手に握らせてくれました。 右の目頭を押さえ。左の目頭を押さえようとしたら。
タクシーの運転手が叫びました。 危ないっ!って。 急ブレーキでお尻が浮き上がりました。
ハンカチが左の目に当たります。涙が益々。 情けなくて堪らずに。堪えきれずに泣き声が出ました。 不思議と自分でも。こんな声で啼くんだぁって。 唇を噛んでいると兄さんが。
あぁのお野郎!っと言うのが聴こえました。
二つのドアが一緒に開き兄と伯父さんが車の外に。 涙で朧げな視界で。フロントガラス越しに視ると。 両腕を広げた男の人が立っているようでした。
開け放たれたドア越しに伯父さんが。 目出度い門出がなんとかと言ってました。
タクシーの運転手もドアを開け始めます。
後続の車が激しくホーンを鳴らします。 伯父さんが男に掴みかかります。
兄さんが伯父さんを突き飛ばして男の胸倉を。 両腕を広げたままの男の人が兄さんにん殴られます。 何度も。何度も。想いを込めて兄さんが殴ります。 両腕は広げたそのままでした。
飛ばされた伯父さん再び近づきます。争いに加わろうと。
兄さんの振り上げた手が偶然、。叔父さんの顔に。 伯父さん。また地面に倒れました。 私はタクシーから降りる時。角隠しが引っかかりました。
でも。無理に降りました。 草履が脱げました。足袋が地面を噛んで兄さんの背後に。 私は振り上げられる兄さんの腕に縋りました。 兄さんが振り向いて私の頬を打ちました。
角隠しが毟り取られました。
再び兄さんが私を打とうとして腕を上がると。 男の人がその腕を両手で掴みました。
伯父さんが起き上がりながら言います。
お前らぁ。何をしてるかぁ判ってるのかぁあ!って。 兄さんが伯父さんを蹴り上げました。
男の人にも振り向き。蹴り上げました。 呻きながら男の人が謝り続けていました。
私は嬉しさで蹲って泣き続けました。
兄さんが男の人に言いました。 「もぉぅ泣かすな。こんどなぁ。泣かすとぉ殺すぞっ!」
って。言いながら彼を引っ張り起こしました。
彼が。うんうん。って。涙塗れで鼻血に塗れた酷い顔が。 うんっ。うん。 って。
私はあの時。人を騙して。 騙した相手と契る事になる筈でした。
狐になってやるっ。って心に決めていたから。
兄さんがね。 今でもあの時の出来事を冷やかし半分で言います。
お酒の肴に。
子供を膝に載せてお父さんの彼が。うんうん。って。
酔って赤い顔して。何度も頷きます。 幸せです。 |

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