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(石にナリタイ)
頭の中の嘘な理性が、ナニかのお間違いぉするのなら
ワイの心はもぉぅ お終いなんだと。
酩酊させる酒の中の正しい酒精での酔いは、頭の中の嘘な精神を惑わせます。
其れでも、胸の中の心ぉ。強(シタタカ)にぃ打ちのめすんやろなぁ。
暗闇を、銀色で染める月の光。
夢と現実ナンかぉな。
綺麗なモンやと付き纏う、嘘な物事ナンかぁ、隠し様がない程な。
冴え冴えな冷たい銀色光で、キッチリ表わしますねん。
病室の中ぁ。イッパイの静寂で溢れてた。
鉄のパイプベットの上で、小山のような化け物が伏せている。
枕から頭持ち上げ、コッチを覗いてくる。
窓の外から射し込む銀の月の光の中から聴こえた。
「チィフ。アンタ今な。覗いたやろ?」
声を見上げると、声の主の影はワイを覆いながらやった。
ワイの頭。床板に頬で着床していた。
声に白髪が混じったような感じで訊いてくる老いた医者の黒い影顔。
影が掛けてる、黒縁ロイド眼鏡の丸いレンズ。床に横たわるワイの影を映してた。
ワイ。再びぃ聴こえました。
「ダワイ!ダワイ!」
バラライカ(大東亜戦争末期、赤軍が使用していた短機関銃)の銃身の先が背中に突き刺さる。
ワイ、夢の中が現実やった。
心が恐怖で酩酊していました。
「アンタ!!卑怯なんと違うんか!」
対戦車爆雷ぉ背中に背負った男の声が聴こえた。
遠くの地面に砲弾が落ち、地面が湧きながら沸騰する。
爆発の衝撃は地面を震わせながら迫る。
突然!耳の穴にヒトの指が突っ込まれた。
ワイの頭の中に静かさが着た。
「もっと話たろかぁ?」
バァサンの声が頭んなかぁで聴こえた。
唇が塞がれ、酒の味がユックリト注がれた。
恐れで渇いたワイの喉が、ヒトの口の中で生温くなった酒で満たされる。
ワイ。咽ながら呑みこんだ。
「ダワイ!ダワイ!」
自分の声だった。
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トカレフ
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酒に呆(ホウ)けて迷い込みしは、異形な世界。 自分、気がついたら大草原の真ん中で、嵩高(カサタカ)い草に囲まれ、 土漠色した乾ききった地面に這い蹲っていた。 突然なにがおきたのかと、少し訝る気持ちが急に爆発的パニックとなり脳裏を駆け巡った。 何かに背中を抑えつけられ、其れが精神の乱れと重なり、張り詰めた緊張感で躯を動かそうとしても重かった。 呼吸を止め息を詰めていたので、息苦しさで胸が張り裂けそうになる。 苦しさで新鮮な空気をとの想いが募り、荒い息を始めると、 眼の前の乾いた地面から立ち昇るは埃っぽい泥煙。 其れを息で吸い込み続けると口腔内、砂を噛む感覚になり喉奥が粉塵で乾きイガラッポクなる。 幾度も土混じりの唾を吐くが、地面に唾以外の水滴が重なりながら滴り落ち続けていた。 其の滴が、自分の顎先や眉の辺りからの汗だとは、想いもしなかった。 慌てて辺りを見回すと、背中に大きな地雷を載せた人々が叢に潜んでいました。 服とは呼べない襤褸な軍服を纏った男や、まだ幼顔の女性や老人らも雑じっていた。 全員が、背中に地雷を載せ、蒼白な顔を引き攣るかと緊張させながら、叢で這い蹲っていた。 直ぐに自分、背中の重さは、同じように地雷を背負っているのだと、気がついた。 旧大日本帝国陸軍の、野戦用対戦車地雷を其のまま背負い、個人用特攻兵器にと転用し爆雷にと。 背中に負う重量は、人が駆けるのには重すぎて、敵が自分に向かってくるのを隠れ潜んで待つ重さ。 敵が此方にと来れば、自分が自分ではない兵器物に為り、確実に死ぬ物の重さ。 戦車の装甲は分厚くて、爆雷ぐらいでは破壊できないから、人が背負う地雷で壊しやすい無限軌道をと。 自分を踏みつぶす戦車の無限軌道を間近で見れば、キット恐怖以上の感情に為る筈。 そんな事には自分、絶対に耐えられない。 ナンでこないなトコに居るねんっ! 肘をつき起き上がろうとしたら、後方から叱声が飛んできた。 其処っ!動くなっ! あんた、逃げるんかっ! 顔じゅう泥と汗に塗れ眼ん玉、此れ以上ないほどヒン剥きギラツカセタ隣の男に言われた。 おまはん男やろっ!泣くなっ! 言われ自分が泣いているのに気がついた。 アホっ!オナゴモ気張ってるんやで、自分だけエェ目するなっ!ドアホっ 別の男にも罵るように言われた。 突然、、周りから、幾つもの堪え切れずな、嗚咽みたいな啜り泣きがしてきた。 済まんけど、自分、ドナイなっとるか分かりませんねん。 誰もナンも解らんわいっ!そやけどなワイらが此処で踏ん張らんかったら助かるモンも助からんやろもっ! 突然遠方から馬のいななきが聴こえてきたので、首を持ち上げ観る。 雑多な銃器で武装した、大陸馬賊の騎馬の一団が、草原の草波を蹴散らし勢いよく疾駆っしてくる。 其の後から、大勢の民間人が走りながら追いかけてきていた。 其れらの人々の手には武器とは名ばかりの、棒キレや竹やり、良くて空き瓶製の即席火炎瓶が。 地面を微かに振動させながら近づいてくる騎馬群の先頭で一番を駆け、 馬賊衆団を率いていたのは、旧陸軍将校用乗馬服姿の、あの若い女だった。 騎馬団が目の前を横切り、暫くして追従していた民間人らが走り過ぎようとしたとき、 空気が擦られるような連続音が此方に近づくと想った瞬間突然、自分の目の前。 必死の形相で突っ走る民間人集団のど真ん中で、地面が沸騰した。 何処までもと、地平線まで続く緑の大草原は連続する爆発により、 見渡す限り、勃発し続ける泥土の噴流群で埋まり、人の群れと地面が破壊され空にと昇る。 自分、爆発の衝撃で大揺れする地面に鼻がつぶれるかと顔面を、此れ以上くっ付け様がないほど押し付けた。 全身に降り注ぐ、爆発した火薬滓の臭いと焼け焦げた泥の臭い混じりの土砂の中、頭を抱えていた。 頭上で無数の砲弾が、空気中を飛来し通過する擦過音がし、直後に連続した着弾の爆発。 そして遠くからの、長閑なほどの間延びした砲声音。 遠くからの砲声は、地面の爆発の後から届いてきた。 砲弾は、発射の音よりも速く大気中を突っ切りながら飛んでくる。 人の躯が爆発の衝撃で、バラバラで無数な破片状態にと分解され、 噴霧状の血糊とともに空高くと噴き揚げられる。 金切り声が辺りを駆け巡り、人の脅えと興奮した意識を抑えつける命令口調の号令が発しまくる。 自分、訳も分からず咄嗟で起き上がり、走ろうとしたら足首を掴まれた。 ドアホっ!立ったら見つかるやろ、ボケっ! 自分、馬賊の騎馬団が、地平線までもと埋め尽くす数える事も困難なほど莫大な数の重戦車の群れに、 其の赤い国の機甲軍にと、なんの躊躇もしないで喚声を挙げながら、馬を疾駆させ突貫するのに魅入ってた。 鋼鉄の小山のような重戦車の群れにと、全騎が怯むこともなく突っ込んで逝くのに。 転ばんかいっ! 此の時、上着の裾を掴まれ引き倒されそうになったとき、 周りの厳しい状況に我慢し耐えようとする自分の軟な根性も、此処までだった。 悲鳴を上げ抱え持っていた小銃を投げ出した。 背負った爆雷が外せ難くと雁字搦めに荒縄で縛られていたのを、銃剣で切り裂き爆雷を放り出した。 呼び戻そうとする怒声を背に、前線後方に向かって走り出し、逃げた。 躯の前後左右を銃弾が掠めながら奔り去る。 空気中を革鞭打つような唸りで飛び交う銃弾。 機銃の水平射撃の掃射で、辺りの草っ葉が何列にも渡って、刈られ、消え飛ぶ。 自分の走りながらの必死な喚き声は確かに発してるのに、己の耳に聴こえず。 息を喘がせ肩越しに振り返り観る、逃げて後にしてきた世界に音は消えていた。 何もかもが想いだしたくもないと、過去で過ぎ去り無音なで亡くなっていった。 随分走ってきたと想ったとき、露西亜兵のバラライカ(短機関銃)が連射される発射音が耳元で。 突然なことで如何仕様もなく、脚が縺れそうになり前のめりで地面に転がった。 咄嗟に頭を抱え、膝を引き寄せ胎児のように躯が丸まった。 「ダワイ、ダワイッ!」 顔面迷彩化粧で、露西亜軍の着古した野戦服の上にも雑草で迷彩を施した、 二名の凶暴そうな斥候兵が軍靴で、ワイの背中を蹴りながらやった。 夢なら、醒めろっ! 「ダワイ! ダワイッ!ダワイ!」 夢なら醒めろぉぅ! 自分再び、堕ちて逝きました。 |
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(月光) あの晩、誰もが喋るのを忘れていた。 誰かが何かを言えば、何かが壊れそうなほどの静謐な何かが 部屋の中に満ち溢れるように居座り続け、支配していた。 なんの物音ひとつしない静かな部屋の中は薄暗く、薄暗さの元の明りは庭に面した窓から斜めに降り注ぐ月光。 月の明かりは青白に近い白銀色だから、照らされた白っぽい影の部分っと、 窓下や床板の照らされない陰の部分、黒影色にとクッキリ切り分けられるように為っていた。 自分、黒い影の中で身動きもせず、静かに背中を壁にもたせかけ、闇に溶け込んでいればと。 聴きたくもなかった古い昔話から逃れられるかもと。 此の時、酔いが支配する、酩酊寸前の襤褸なお頭の中で、無邪気にもそぉ想っていた。 黒い影の中に、そぉっと紛れ込んでいたら、部屋の中の誰からも気づかれることもなく、潜んでいられると。 今に為ってあの時の出来事を色々と想い返せば、あの晩のバァさんの語り口調。 誰かに聞いて欲しい、言いたい、っと堪らなかったけど言えば如何なる事やらと想いながら、 随分と長い年月(トシツキ)、胸奥で我慢し続け、人に話すことも叶わぬことならば其の代わり、 永くと懊悩しながら反芻し続け溜めこんだもの、あの晩、あの医院の暗い部屋のあの場所でヤット人に喋れる。 だから早く喋ろうとして焦り逸る心を無理にと宥め鎮め、気持ちを抑えつけながら訥々と、静か語りしだしたんだと。 もぉぅ戻ることもできない今頃になって当時を振り返れば、漸くと気付くことばかりの、ダラケ心算。 自分、壁にもたれ繰り返し胸の中でゆうてました。 昔の終わってしもうた物事ぉ、ナンで今さら自分が聴かされなアカンねん。 バァさんの繰り言みたいになった言い方を、ナンで聴かなアカンねん。 ッテ想いながらコン時、ワイ顎を落とすように項垂れた首、小刻みに振ってたと想うねん。 ドッカ遠い所から聴こえるような、何回も自分を呼ぶ声がしたと想い顔あげた。 「チィフ、眠たいんかいな?」 医者が化けモンの寝転ぶベッドの向こうから話しかけてきたとき、 ロイド眼鏡の玉(レンズ)が月光を反射し、無機な白っぽさで閃くように瞬き輝いた。 「ワイ、帰るわ 」 自覚ない酔いは痺れた自分の脚を忘れさせ、途中までしか立ち上がれなかった。 その代わり、壁を背中で擦り伝いしながら床板にと、音発て真横に倒れてしまった。 音は刹那で止み自分が倒れても、誰も少しの身動きなどせず、無言で視線だけぉ注いできた。 為に部屋の空気は動かず、ユックリと棚引くように浮いてた煙草の煙。 斜め射す白銀色の月光の影の中、淡い静か銀色輝きで浮かんでいた。 暫く痛さを堪え横になっていたが、躯を動かした者はいなかった。 部屋の中でする音、自分の呻き呟きだけ。 自分、酩酊気分だけじゃぁなく、聴いてたバァさん語りのせいで気分は重くと滅入っていた。 呑み助の厭らしさで横に倒れても、咄嗟で両掌に掴んで庇ったグラスの中に残った酒。 首を持ち上げ喉の奥にと一息で流し込み嚥下させたら、露西亜の酒が喉で鳴る音がした。 自分では気にならないほどの微か音が、静か部屋内ではケッコウな音で鳴ったたようで、 みんなの視線が改めて自分に突き刺さりながら集中してきたのが、酔いの肌でも泡立ち判った。 だから部屋の暗さな雰囲気は、瞼を閉じてても堪らないほど眩しかった。 部屋の中が真横に観える視界の目尻、上隅からバァさんが床板軋ませながら近づいてきた。 直ぐ傍らで立ち止まり佇んだバァさん、酔いの錯覚か、バァさんの若い頃なんか見たこともないのに、 屈託のない満面笑顔の若い娘姿で姿勢よく立ち、自分を見下ろしてくる。 旧大日本帝国陸軍将校の軍服を、華奢な細みの躯に纏い、乗馬ズボン姿で 銀の月の光を、艶を込めた輝きで反射させるほどに綺麗に磨きこまれた、 膝下までの革長靴を履いてた。 両手を腰に当て両肘を張り、右腰の手脂の滲み込んだバンド辺りには左肩から伸びた、 細い革帯に吊られた、デッカイ軍用拳銃の納まった蓋つきの革サックが装着されてるのが、 薄暗さの中でも窺えた。 艶な細い手指をしなやかに動かし、慣れた手つきで革サック蓋の留め金、微かに金属音響かせ外した。 ユックリとした動作で丸っこい軍用拳銃の銃床を握り、銃把に指を添えながら抜いた。 細い銃身の根元辺りから下に伸びた銃と一体型の弾倉が視え、銃後部の撃鉄に親指。 バァさん、 艶然と微笑みながら、革長靴の鞣(ナメシ)た皮革独特の音させながら、 爪先だけで両脚を相撲取りが蹲踞(ソンキョ)するように大きく開き、しゃがみ座りする 「ぁんたぁ知っとぅ、拳銃で人が撃たれるとぉなぁ、ホンマニな小さな穴がポッカリ空くんやでえ 」 誰かが含み笑いしながら、笑いを堪える断続的な息継ぐ音がした。 「知らんがな、ナンやねんっ!」 「小銃やったらなぁ、一発腹に喰ろうたらな、背中に柘榴みたいな肉割れすることもあるねん 」 「重機(重機関銃)なら、胴躯真っ二つになるなぁ 」 医者の嗄れ声やった。 「ダワイ、ダワイ、カバンッダワイッ!」 タドタドシイ大和言葉で露西亜の化けモンが。 自分キツク瞼を閉じ、奥歯を噛み締めていた。 我慢しようもなく、苦い汁が喉の奥から湧いて出てきそうやった。 瞼の裏が赤色輝きに染まると、若い女の声がした。 「なぁ、カッきゃん一服しぃな。 ホレ 」 促され目蓋を開けると直ぐ眼の前に、軍用乗馬ズボンの膝を大きく割り開き、 しゃがんだ若い見知らぬ女が居た。 開いた左太股の膝辺りに肘をついた手指先には、消えかけた燐寸の軸。 もう片方の此方にと伸びている腕の指先、火が点いた細巻きの煙草。 吹口には、真紅の口紅がベットリっとな感じで付着していた。 「ホレ、吸いぃ 」 女が喋るとき口から煙が漏れるように吐かれ、ワイの唇に無理やり煙草が刺しこまれた。 煙草を前歯で銜えたら、酔いで味が解らぬ舌先に、濃い口紅の味がした。 鼻腔の奥で、化粧の匂いも嗅げていた。 あの晩の慰めは女の口紅の味と匂いやったけど、其の味を再び眼を瞑り味おうてると聴こえた。 乾いた金属音が。 「ぁんた、撃ったろかぁ 」 乾いた音は、撃鉄が起こされる音やった。 自分、今でもハッキリと憶えています。 瞼を開けるのが辛かったのを。 開けると、取り返しのつかない事が起こるかもと。 瞳にクッツクほどの目前に、視界を蔽うほどの真近くで。 今わの際の瀬戸際の、招かれても逝きたくもない深遠な世界を覗き込ませそうな、 深くと黒い色の穴、銃口が。 自分、途轍もない恐怖に駆られ小便漏らし、キッチリズボンの前を黒く濡らしながらやった。 両眼(マナコ)が、開きっぱなしの引き攣る上瞼に隠されながらやった。 止め処となく逝きたくもない闇にと、深くと、堕ちて逝きました。 |
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満州歴 康徳12年7月 大和歴 昭和20年7月 世界は 1945年7月 白系露西亜人 (狼狩りの名人:教授) 「悟られないように物見に出かける際には、賢い狼を狩るときのように相手に感づかれたらいけません。 あんがい生き物の何かを感じる感覚は、あんたらが想う以上に鋭いもんですよ。人も同じですからね。」 っと、もうすぐ大陸独特の蒸せる夏が来ようかとする時期に、帝政露西亜時代の肩章が剥ぎ取られた 着古した冬季用将校服と革長靴で身を固めた、老いた白系露西亜人の狩人が物静かに喋りだします。 その語り慣れた口調、懐かしくて深く頭を垂れ聞き入ると、随分昔な感じで想い出す、 今のヤサグレタ生活なんか想いもつかなかった頃の、某学び舎で外国人教授の講義を聴いているようだった。 露西亜人の老いた狩人は話を中断し、肩から襷に提げた長年月風雨に晒され、 元の茶色な革染料の色も判りにくいほど、色が褪せ落ちた古革の鞄から、 凝った繊細な彫り物が施された海泡石のパイプを取り出した。 其れは長年月、老狩人が愛用し、程よく煙草の脂(ヤニ)と手脂が染み込んで、綺麗な飴色艶をしていた。 パイプを掌の中で弄びながら、もう片方の手で上着の懐から煙草の葉とパイプ用燐寸が入った、 此れも元は綺麗な金糸で刺繍がされ、今は金糸も抜け落ちて襤褸に近い布袋を取り出す。 狩人、此方にと向けた視線を逸らすことなく、傍らに置いた袋を一度も見もしないで、 中から煙草の葉を三つ指で摘まみパイプの火皿に詰め始め、 指先の感覚だけで煙草の葉ッパを火皿の奥にと、程よい硬さになるようにと押し込んだ。 燐寸の軸が普通の燐寸よりも長いパイプ用燐寸で、煙草の葉全体に火が回るよう時間をかけ、 露西亜人特有の高い鼻梁の鼻と、パイプを銜えた唇の隙間から幾度も紫煙を吹かし火を点ける時、 狩人の鋭い眼差しは、少しの揺るぎもなく此方の目の奥を覗くような感じで、だった。 此方は、恐ろしい感じで迫る鋭い視線を外したいのを我慢し、負けじと瞬きもせず逸らさないで受け止める。 あぁ、自分は今、此の方に試されてるッ! だから外せなかった。 心して受け止め続けた。 紫煙が夕方近く吹き出す風に乗り、此方にと棚引いてきたとき煙の臭いは、パイプ専用煙草の芳しい香りじゃぁなかった。 自分らが手巻きでよく吸う、支那煙草のイガラッポイ匂いに近い香りがした。 此のご時世、本物のパイプ煙草には滅多とお目に掛かれなかったので、支那煙草で間に合わせているのだろう。 先に視線を外したのは、狩人だった。 皺深い顔が横を向きながら、薄く開けた唇から青い煙を吐き出し二度頷いた。 再び講釈が始まった。 口調は、先ほどまでの説教紛いの調子がなくなっていた。 自分には、地味深い親しみが籠っているように感じられ、心の中で感謝の念が湧いてきていた。 此の方は自分が内地に居たとき、若さゆえに他に目もくれず学んでいた某学び舎の、 あの尊敬していた異国の教授と同じ種類の方なんだと。 自分の胸内の感謝の念は、喜びの感覚に変わり始めてくる。 斥候兵は、ケッシテ音も立てずにと静かにし、生き物に為る事を拒みなさい。 其処に生えてる草木や、獣道があれば其の獣道と同じ気持ちになりなさい。 四つ脚の獣のようにと歩けば、直ぐに見つかりあなたは狩られますからね。 用心しなさいよ。 ぇッ、じゃぁどんな風にって? フムッ だからね、地面を這うんですよ。 地面に張り付く苔のようになりながら、喰おうとする獲物に忍び寄る蛇のように音ナク進むんですよ。 其の時に肝心なのは、時間なんか気になさらない方がいいかな。 気持が逸ってしまい焦りますからね。 意識の持ちようなんですよ。 焦る心は観えるものが視えなくなり危険だよ、命取りだね。 目指す目的地にアナタ方が辿り着いたらね、息もしないで無口にお為りなさい。 喋るのなら、其処の風よりも静かにして話しなさい。 あなたが、そぉぅッと囁やくように呟いてもね、アンガイ遠くまでと渡ります。 其れを人の耳の鼓膜は、自然が発てる音と人がなす音とにですよ、ケッコウ聞き分けられます。 極意? そんなものはありゃぁせん。ほぉっほっほっほほぉぅ 老人が唇を窄めて笑うと、窄めた唇から支那煙草の小さな煙の輪が連続して生まれた。 いゃッ 笑ろぉてごめんなさいな、そぉだなぁ、ぅ〜んぅ。 あるとするなら、最後の最後まで、誰にも見つからないことなんだよ。 戻ってきても、あなたが何処かに往っていたなんて、マッタク想われないことかなぁ。 其処に居たと悟られないで、誰にも感づかれずに見られたと思われない。 要するに、誰にも判らずに黙ったまま盗んで必ず戻ってくるんです。 自分が眺めて見届けたものをね、全部盗んで必ず帰ってくるんだよ。 だからね、あなたはね、人じゃぁなくなるんですよ。ただの写真機か映写機にね、おなりなさい。 ご自分のふたつの眼で観たものを、ケッシテ絵に描こうなんて想わないことだよ。 タァネェ(大姐) アンタには息子たちが世話になってる。だから儂が行ければいぃんだろうけどなぁ。 今はもぅ、時期がわるい。皆にはすまんことよ。 向こう(国境の北側)じゃぁ、儂も散々悪さをしすぎて今度見つかれば此れもんだろうから、チト具合がわるい。 それになぁ、ダイタイ儂の躯がもぉぅ、満足にゆうことを聞いてくれんようになった。 っと、誇り高き老いた狩人は、陽に焼け筋張った首筋を、大きく無骨な手指を揃えた手刀で、 ボンの窪み辺りを後ろから切る真似をして、仄かに笑いながら喋っていた。 少し前屈みで和式の床几の端っこに腰かけ其の傍らには、口径が今まで観たこともない大きさで、 銃身が丸棒じゃぁなく八角柱のような、よく手入れされた古い狩猟用の銃が置かれていた。 其の銃身は普通の銃よりもヤケニ長く、銃床や機関部等の銃の操作に邪魔にならない要所には、 赤や青色など奇麗に輝く宝石が埋め込まれ、露西亜皇帝の紋章、双頭鷲が彫り込まれた装飾が施されている。 だけど何箇所かは宝石が無くなり、石が嵌め込まれていた浅い穴が穿たれていた。 「此れが国境から、向こうまでの絵(地図)じゃよ。」 別れ際に教授、済まなさそうな顔をしながらだった。 「それじゃぁ、お気をつけて、おやりなさい。」 ット、老獪そうな雇われ狼狩の猟師が言いました。 「じぃさん、もぅ此の土地には戻らんのか?」 仲間の一人が歩き始めた狩人教授の背中に訊いた。 「そぉさなぁ、時期が悪いのはアンタらも承知しておるんだろぉ、違うか?」 歩みを緩めないで背中をむけたまま言う。 「此の国の雲行きは、昔から悪かったさッ!」 沈む夕日を背に猟師は立ち止まる。振り返った。 「タアネェ アンタは賢い、お互いに身の振り方には気をつけねばな 」 「お達者で、ジィ様 」 「息子たちを頼むよ、タァネェ ッ!」 立ち去る後姿は可也な歳とは思えぬシッカリとした足取りで、背中には銃身が馬上槍のように長い、 古式な猟銃を袈裟懸けに背負い、手には後ろから着いてゆく驢馬の轡の革紐を巻きつけていた。 暫く先ほど教えられた事を、胸の中で反芻しながら遠のく驢馬と人の後姿を見送くっていると、 地平線の向こうまでもと続く開墾畑に沈みかける夕陽が、人と驢馬の影を赤色に包み込んで呑みこんでしまいそうだった。 遠のくじぃさん此方にと、驢馬と揃いの長い影を引きながらぁ でした。 「あの爺さん、今は雇われ猟師ですけどな、昔は此処ら辺りの軍閥に請われ、軍事顧問としてケッコウな待遇で雇われていたと聞いとります。 ナンデモ蒋介石の国民党軍にも一時は関わっていたそうですわ 」 「そぉかぁ、だから下の息子が赤(ソビエト軍:赤軍)から脱走したお陰で、協力してくださったのか 」 「じぃさんの絵が手に入らなかったら、今度の計画はドオニモならんとこでした 」 「じゃぁ、イッパイ呑んで今夜に備えて寝るか 」 「じぃさんにも、一本土産で持たせてやればよかったですね 」 「ぁあ 」 生返事をしながら片目を瞑り、赤い石を瞳にくっつくかと近づけ、地平線に沈みかける夕陽に翳すと、 目の前の視界が視たこともないような、綺麗過ぎるほどの赤く煌めき輝く、途轍もない紅(クレナイ)色一色に染まった。 自分の今までの、ロクでもない生涯のケジメの最後は、キットこんな色の最後になるのかも知れないなぁ。 石は、狩人教授が自ら愛用のナイフの切っ先で、銃の引き金上部の機関部に嵌め込まれていた 濃い赤色の宝石を外し、お礼だといって手渡してくださった。 眼から、宝石を下ろすと夕日は地にと沈み、辺りには残り茜色が薄らとぅ だった。 戦後、大陸からの引揚者は口々に言います。 大陸の夕陽は、沈む際が特に美しかったと。 綺麗だったと。 |
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大和歴 昭和20年7月 世界は 1945年7月 大陸の夏の始め頃、深夜に国境を超えた。 【はたしはあの晩】 漸くの想いで河を渡り終えた。 長い時間水の中に浸かっていたので、躯が冷え切ってしまていた。 酷い疲れを覚え、暫くは河原を埋め尽くすかと群生する背高い夏草に囲まれ仰向けになって横臥していた。 濡れた裸の胸は夜の空気に曝され、肺が新鮮な空気を求め喘いでいたので、黒い影で大きく波打っていた。 激しかった心臓の鼓動、星を眺めながら休憩していると、次第に治まりかけていたが、 夜の漆黒な静寂の中に迸り出そうな、堪えようとしても出てくる悲鳴じみた喘ぎ息、 鎮めるのには暫くの時を要した。 酸素の希薄さに喘ぐ肺、鍛冶屋のフイゴみたいに大量の空気を求め続け、 喉奥の気道を何時までもと、勢いよく流れる空気の圧力で押し開け続けていた。 息が荒げるのを堪え、背高い草を濡れた躯で押し倒した隙間に横臥し、 其処から覗ける限られた視界で、夏の夜空の煌めく星々を下から眺めていたら 内地では見たこともない背高い草の生い茂る河原には、夜が緊張感で騒ぎ出し、 夜の漆黒な闇、煌めく黒色で輝きだし勢いよく奔りだすかとな、狂気な雰囲気が漂っていた。 耳の鼓膜は、緊張感に満ちた脳内に新たに溢れでる警戒心で、ナニか不自然な物音がしないかと、 静かすぎる暗闇の何処かに求める、不審音を捜し続けていた。 夜を静かに騒がし鳴いていた夏虫ども、叢に侵入した人間に驚き鳴き止んでいた。 暫くは夜の世界、人の喘ぐ息音だけのシジマな世界になっていた。 躯が動こうとする衝動が湧いてくると、次第に地虫どもの鳴き音が戻ってくるのを、欹てていた耳が聴きつけた。 耳元の直ぐ傍、草の根元辺りから鳴き声が聞こえ始める。 鳴き音(ネ)は、静かな夜では大きく聞こえ、未だ耳奥の水が抜けきらず、聞こえ難くなっていた鼓膜。 自分でも思わずな快さな音に、喜んだ。 夜が黒色で凍りつくかと張り詰めていた緊張感は次第になくなりかけ、柔らかさな星降る夜になってきていた。 姿が観えぬ虫たちの鳴く様は、無数の壊れかけのサイレンや鈴の音などが混じり合い、 互いに競いながら、暗さの中で忍び鳴きしているようだった。 国境の北側の夜は、現実逃避な穏やかさが満ちてきていました。 【回想】 ジッと身動きせず息を整えながら耳をソバダテ、辺りを警戒する。 黒色な群生する背高い草の谷間から覗ける夜空は、狭い視界の中だけで観える星が、 取り囲む草の先を仄かな影で見せるように、瞬くように白く煌めいて輝いていた。 目前に手を翳すと、峡さな視界で望める瞬く星影の中に、自分の手形の分だけ星が消えた。 胸の中では心拍鼓動が、馬橇馬場(バンバ)競争のときに打ち鳴らす、早鐘のように奔っていた。 此の時、こんな状況は何時もの事で慣れていて、 少しも怯えはなかったけど、その代りに想うことがあったそうです。 「巧くやれるさぁ、露西亜の教授教が教えてくれたからな 」 っと、ソット声を出さずに呟けば、これから先の計画事が巧く運ぶかもと。 「いつまでも、こんな馬鹿やってると、いつかは死にやがるなぁ 」 とも。 不覚にも、そぅシミジミ想えば人の胸の内では、我が身でも気づかない何かが生まれるんだわさぁ。 心細くはなかったけれど、はたしは此の時代に面白いように弄ばれているなぁ。 見知らぬ土地で、星を眺めるような深間な時刻、暗闇で反芻する教授と仰いだ知恵者の教え。 コンナ状況では、巧くいくかどうかは確かめようがないけれど、素直な気持ちで受け入れるしかないなぁ。 ッデ 此の世からオサラバすることがあれば、最後くらいはジタバタ足掻いたりしたくはないよぉ。 終わりがない、永い夜がいつまでも続けばいぃよねぇ。 夏の夜、寒さを覚えていた濡れた膚、乾き始めていた。 |







