流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい
 新年明けましておめでとうございます。日和も穏やかで静かなお正月です。まぁ、これは高齢者ばかりが住んでいる地域にいるからかもしれませんが。

 流通に関するブログは、最近、滞るというか、更新を滅多にせず、話題も乏しくなりました。現役を退いてから時間も経ち、周辺に流通の仕事をする人間もいなくなっていることから、刺激が無い状態でもあります。

 春先ぐらいに、どうするか決めたいと思っています。

 私的には、鎌倉時代の商業がどうなっているかを探索している所です。平安時代や室町時代には文献やら、絵画資料から記述している人は多いのですが、その間の鎌倉時代が分からないし、取り纏められていません。かなり難しいのでしょう。どこかから大量に文献が出てくる可能性が無いとは言えず、期待したいところです。

 商業は何と言っても近世です。明治以降というのも、実はあまり無く、卸売市場以外では、いきなり百貨店やらスーパーの話になってしまって、商業地区自体の話も、個々バラバラです。

 まぁ、こんな状況ですから、頑張る理由はあるのですが、さて気力やらが持続できますかどうか。新年早々ながら、あまり元気のある話でなく申し訳ありません。

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動きが見え難い

 最近、日経流通新聞にしても、あるいは飲食にかかわる専門誌あるいは一般の雑誌類にしても、トピックになるような話題がかつてとは比べものにならないくらいに減っています。
 ちょこちょこした話はそれでも沢山はあるのですが、潮流になるような大きな動きは見当たりません。ある店の試みとか、あるシェフなりの取り組みとか、そこそこ数はあっても話題は小粒です。

 底流に何があるのかが、私のように年をとって、感度が鈍くなっていると、全然、分からないなぁ・・というのが最近の心情です。
 これは今日は外食で書いていますが、流通全体についても同じです。そういう意味ではブログの閉鎖が近づいているというべきなのでしょう。

 しかし私の感性の衰えだけでは無いのでしょう。全体の関心がこの分野から退いている感覚があります。小さな話題の中でも、これは行ってみよう、食べてみようという意識が昇ってこないのです。多分、多くの読者もそうではないでしょうか。

 ではネットではどうなのか。これはというサイトなり、発信する誰かを見つけることができないのです。インスタ映えばかりが中心で、情報が少ない。

 これはなかなか私にとって深刻な事態です。

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工場の哲学

 随分、昔の本なのですが、ずっと取っておいたもので、たまたま読むものが無かったので、手にとって時代の変化を強く感じました。

 何が違うかというと問題の設定です。未来論が流行していたのでしょう。1960年代も初めの頃です。話はオートメーションであったりします。労働、当然のように工場労働なのですが、それが問題設定になっています。

 時代は大量生産大量消費であり、共産主義では無いので疎外論ではありませんが、それにしても制御技術について延々と書かれていたりします。工程の分割とか分業とか組織とか、そんな話があり、ある意味では懐かしいのですが、何かひどく仰々しく、「哲学」として語ろうという気負いが痛々しく感じられるところもあります。

 こんなことを語る人は今では学者でもいないでしょう。マルクス主義をやっている人でも、もはや語りようもないものになってしまっています。

 真面目に議論することは、今でもいろいろな分野でありますが、例えばAIとか、ロボットとか、生命に絡む話、あるいは医療とか介護とか、そういうものが時として、現実から離れて観念だけで議論される場合に、何かもっともらしい、あるいは危機感を煽るような、そんなものが数年を経ずにして、まったく何の意味もないものになってしまう。

 この本も長く本棚に眠っていたものですが、感銘することがあったらこそ、棚に収まっていたのでしょうが、時代は容赦なく無意味化して行くことに、ある種の感慨を覚えないではありません。
 

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