流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい

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インスタ映え

 携帯電話すら持たなくなっている私がどうこう言う話ではないのかもしれませんが、さて世の中は、この年寄りにはどう見えるかの話です。

 電車内や通行途中でスマホを見ている人は、以前に比べると少し減ったかなという印象があります。you tubeの再生回数を目当てに、とんでもなくワケのワカラナイ行動に走る話も、私は見るはずもない話なので動向は分かりませんが、話題になる事は減っています。

 年寄りの私からすれば、それがどうしたくらいなもので、笑えるような代物にしても、まぁ、どうでも良い。このどうでも良いが、広がってきている感じがします。他人の評判が気になるというのも自意識過剰ですから、年寄りにとっては今さら、誰がどう言おうと関係ないという気分は濃厚です。

 写真を趣味にする人達は高額のカメラで撮っていますが、主流はスマホで、身近な料理とか、花とか、仲間内のどこに行ったとか、食事している様子とかをネットに上げ、共有する感覚があるようです。写真写りが良いことが、仲間同士の話題を盛り上げるのに最適と思われているのでしょう、いわゆる「インスタ映え」することが求められるようになっています。

 その最大のポイントが飲食店で出される料理写真である事は、よく知られた話で、飲食店側も如何に見栄えの良い、インスタ映えする料理を提示するかが店の戦略にもなっています。つまりは写真で見ても美味しそう、それだけです。

 こういう料理は当然のようにチェーンの定番メニューでは、誰でもが知っているが故に、対象にはなりません。新規メニューが登場したその瞬間だけのものです。
 なかなか難しい問題を突きつけられているなぁと。多様化が一層進んで行かざる得ない社会になっており、多様な業態に分解して行く流れなのでしょう。チェーンの低価格メニュー、標準モデル店舗による大量生産大量消費から脱却できるのか、チェーンは時代遅れの産物になるのか・・・まぁ、そういう雰囲気もない訳ではない。

セルフレジ

 お久しぶりです。身近な話題で。

 セルフレジ、あるいは最終のお金の投入・お釣りの出金、領収書だけを自動化するレジがだいぶ増えてきました。年寄りなどには、なかなかついてこれない人もいて、まだ、どれだけ慣れてきたかというとアシストする店員はまだいますが、当初に比べれば大分減った感があります。

 どれだけ省力化できたかは微妙な感じですが、私のようにスーパーで1,2点しか買わない人間には便利で負担の小さいものです。セルレジ利用者の多くは、私のようなタイプが多いように見受けられます。
 お金の清算場面のみの場合も、年寄りで現金を出すのに時間がかかる人の後ろにいて、イライラする様なことは減っているように見えます。

 つまりは現状のレジの改善は省力化というよりは顧客サービスの面の方が強く、人員削減までは難しいでしょう。というのも欧米のスーパーのようにレジが数十台並ぶというような光景から程遠く、5,6台でも日本では大きいと感じるからです。
 そしてセルフレジはスペースを多く必要としており、売り場を縮めてもセルフレジにしようという動きが少ないこともあるのではないかと思います。

 気になる事は、無人型店舗でも感じることですが、必要な商品しか買わない、つまりついでに買っておこうという衝動が減ることです。1,2点だとレジなどの時間がもったいないので、まだあるけれど、ついでに買っておこうという感覚がなくなり、必要なものしか買わない。買うもの以外には目もやらないという感覚が出てくるところがあります。

 これは小売業にとって大きな問題ではないか。店員のありようをよく考え、必要なトレーニングをしていかないとマーケットから退出を余儀なくされると思われるところです。

情報の枯渇

 流通の話が書けなくなったのは、やはりリアルな情報から遠ざかったのが大きいと、資料を整理しながら思いました。いくら昔の流通のことを書こうとしても、やはり現在のリアルな話が無いと、私のような人間には難しい。大学の教授をやっていて流通の話を書いている人間とは、同じようでいて、やはり違うようです。

 文献だけから、新たなものを組み立てることができないのは、文献の読み込みというか、ハンドリングの仕方、視点の置き方が悪いのでしょう。学者何かとバカにしてきた報いかもしれません。結構、学問的なつもりだったんですがねぇ・・・・。

 多分、昔の流通の事というのは、分からないことだらけの中で、残された資料を読み込み、想像力を働かしながらも、組み立てていくものであり、それを基盤にして、もう一度、再構築しよう、自分なりの視線で行おうとする事に無理があるというか、そこまでの想像をしながらも、あえて資料の中で書くという学者の姿勢があるのでしょう。

 いろいろな事は想像はできるけれども、あえて書かない。それを私が書こうとしても、その書いた本人以上に、想像することが可能かと言えば、現場経験ぐらいでは、難しいし、それも現場から離れていたのでは、より一層、難しいのでしょう。

 商業という摩訶不思議なもの、中でも卸売業というどういう機能なのかが、リアルに分からない、それを何とかこじあけたいという気分がブログを持続させてきたのですが、なかなか難しくなりました。

5Gの続き

 5Gが新たな産業革命でないならば、次の産業革命は何かと問われそうなので、続きも書いておきます。

 マスゴミの煽りの酷さは、相当なものですが、まぁ、それは脇に置いておいて、人間は37兆個の細胞でできているという話がありますが、その一つの細胞ですら、人間は作ることはできません。否、細胞を構成する様々なもの、細胞核、細胞膜、ミトコンドリア等々、そしてDNAも、満足に作ることはできません。

 つまりあ動物や植物どころか、微生物も人工的に作るのは至難の業です。そこらにいくらでもいる極々小さなアリなんか、どうやってこんなに小さくても動き回り、食料を集め、危険を察知すれば逃げるなんてことができるのだろうかと。彼らの脳は我々が今作りだしたICチップをはるかに超える能力を有しているのです。

 生物化するコンピュータという本もありますが、とてもじゃないが、はるか先の話です。まだ我々の技術はプリミティブなレベルにしかないと痛感しています。まだはるかに先であり、広大な分野が残されていると感じます。

 人類は例えば光合成ができるマシンだか、化合物を作れるのは、後どれくらい必要なのかを思うのです。圧倒的な未来を、この年齢になって感じるというのも不思議な話かもしれません。

5G

 流通の話というよりは、5Gを巡る話ですので、ちょっと違うかなとも思いながら、先端技術の話をこちらで書いていたので、続きくらいの話に。

 米中の技術覇権をめぐって、特にファーウエイがらみで5Gの話題が強く出ています。いわく第二次産業革命をめぐっての米中の衝突とマスゴミでは報道されていますが、私の知っている範囲では、確かに大きな変化・・・大きなという言葉を使うにもためらうのですが・・・情報インフラの整備という側面では、次のステップかなとは思います。

 情報インフラ整備において、中国共産党政府の管理下にあるファーウエイに握られるのは、アメリカとして容認し難いのだろうなと、特にサイバー戦において圧倒的不利に陥る可能性があり、ネット上にあるサーバー一つでもファーウエイ製があったら危険であるという認識は正しいと思います。

 エネルギーや水、そして重要産業がIoTで結ばれている中でサイバーテロ、それも国家ぐるみでやられたら、手のつけようもありません。物流・流通絡みでも深刻な打撃を受けるでしょう。

 ではアメリカ製ならば大丈夫なのかという問題だってありますが、とりあえず自由、民主主義を標榜し、言論の自由もあり、検察や裁判制度もある国と、中国のように総監視社会を作り上げ、個人や企業を完全にコントロール下において、昔々の帝国主義、資源や領土を奪おうという野心丸出しの上に、神のごとき総書記を戴いている国と同列にすることはできません。

 これはもう戦争なのだと認識しないと、本質を見やまる話なのです。覇権争いではなく、これまでの人類の歴史をそのまま続けるのか、古代社会に戻るのかの選択なのだと私は思います。

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