流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい

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外食企業の経営 3

 停滞という言葉を使ってきましたが、それは私のようにチェーン外食企業がゼロから数千を数える店舗を擁する発展する状況を何度も見てきたからだとも言える訳で、今、現在こそが普通に、この業界の姿だと評することもできます。

 つまりは夢のような時代は、はるかに遠くなり、新興の零細な事業者が、大発展を遂げると夢想する方がおかしいのかもしれません。そしてそれは大発展の時代にも囁かれた、大企業になって何が楽しいのか、本当にやりたかったことなのかという問への答えなのかもしれません。

 そうは言いながら、一時期、騒がれたオーナーシュフへの期待も現在では、さほど高いとも思えないところもあります。マスゴミが喜ぶようなスターシュフなんてものはそう簡単にできるはずもない。そしてそれは専門店の問題も突きつけているようにも見えます。

 好景気を背景に、かなりメニュー単価は上昇しているように見えます。都内の飲食店ではランチも千円未満に抑えるのは結構、選ばなければならない感じです。弁当ですら700円、800円の世界なんですから。にもかかわらず専門店の経営は大変そうです。

 プレートの構成が、主菜と副菜くらいじゃ駄目で、いろいろ多様な組み合わせが必要で、彩りなんかもあるし、ヘルシーで、なおボリュームもいるくらいで、なかなか、苦労の多い感じですが、それでも沢山のお客が入れば良いのですが、どうもそうではない。弁当に流れる、つまり店に入らない。

 何か店のテーブルに座って、注文し、料理が運ばれてくるまでの時間に、いろいろ話をしたりする、あるいはそもそも誰と一緒に食べるのか、そんなことがどうも問題なのかと考えたりします。これだけ弁当で済ます事が多くなっているご時世では、果たしてどうなのかと。

 食を巡る環境なり、考え方が変容しているので、昔の常識というか、生活の仕方から発想するのでは把握し難いのだろうと思ったりします。

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外食企業の経営 2

 チェーンを運営する外食産業の主要メンバーは、どこも大きな曲がり角にあります。天下のマクドナルドも、一時の経営危機は脱したものの、時代をリードする様な存在から大きく後退し、どこにでもある大企業と同じ悩みを抱えているように見えます。

 そこそこの小さなヒットはある。そしてそれが経営を回復させた力になった事は確かですが、それだからと言って、さすがマクドナルドだと私らのようなウォッチャーを唸らせるようなインパクトに欠けます。そしてそれはどこのチェーンも同じです。
 そこそこのヒットメニューがあれば良しとしなければならない状況は、どこのチェーンも同じですし、そういうものがなくて、ジワジワと経営を苦しくしているチェーンも大量にあるのが現状です。

 大手のチェーンを会員企業とするJF日本サービス協会が毎月、発表する営業データでも、店舗伸び率は昨年の分はまだ発表されていませんが、この三年の伸び率は1%にも届かない状態が続いており、大きく発展しそうな業態業種は勿論の事、個別企業でも、相当に厳しい状況です。

 ベンチャー的な躍進を期待されるような事業者は、私の知る限りではいないように見えるのですが、さて、皆さんが注目されるような業者さんというか、事業者はいますでしょうか?

 外食絡みでは人手不足が緊喫の課題ではありますが、それ以上に発展する場所が見えない、えらい狭いニッチ隙間も、何か面白いかも、くらいなもので、すぐに世の中の大きな波に沈み込んで行くようです。これは飲食だけではありません。食品の分野全体に共通する。

 停滞の真っただ中、そんな印象の濃いこの頃です。

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外食企業の経営 1

 外食産業の話から随分、離れていましたから、最近、思う事を書いてみようと思います。

 外食産業という言葉を使うと、どうしても企業型の話になります。生業としての飲食店の話とは、大きく異なる事になるのは仕方がありません。
 しかし、今日では、この差異が小さくなってきているように感じられます。外食が成熟化するというか、弁当惣菜類に押されて、新しい飲食がなかなか立ち上がらなくなってきている。新しい外食の形が生まれても、さほど大きくなれない内にマーケットから消えていくように感じられます。

 まぁ、そうは言っても、私は年寄りで新宿とか、池袋とか、銀座とか、大きな町に行っても、目的の場所以外には、ふらふらしなくなったこと、夜の外出が減っている事、お金を節約する関係もあって、高い店に入らなくなっていることなど、マーケットを掴む、状況を把握する能力が落ちているだけかもしれないので、私の判断がどれだけ正しいのか、自信は無いのですが・・・・。

 大づかみの感じは傾向としては正しいのではないかと思うのですが、まぁ、それはともかく、料理の細かい部分、テクスチュアとか、香りとかが比較的話題として、取り上げられる傾向が強いようで、かつてのように激辛とか、ボリュームを売る感じは弱まっている感じがします。
 あるいは自然とか、手作り感覚とかも、相変わらず当たり前のように多いですが、それだからと言って、それがもの凄くユニークである、お客を引き寄せる大きなポイントであるなんてことは、あり得ない話でしかありません。
 エスニックというか珍しい料理も、話題として盛り上がる要素は低いようです。エスニックの料理店も増えてはいるけれど、まぁ、目につくほどのものは無く、外国人が自身の国の料理や文化を紹介する感じは、かなり地方都市にも広がっていて、抵抗感は無いようです。

 昔ながらの飲食店は、益々、減少しており、蕎麦屋も中華の店も、鮨屋も、小料理屋も、バーも、あっても繁昌している感じの店は、ひどく少なくなりました。商店街自体が元気を失っているのですから、飲食店だけが繁昌できるはずもありません。

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商業の爆発的発展 50

 戦後の商店の爆発的拡大、その象徴としての駅前商店街、○○銀座と称せられたものを長い期間、展開してきましたが、ただ、私の記述力も低い上に、資料をどういう風に扱って良いのかも分からず、とても巧く組み立てられたとは思えません。多分、読んでいらっしゃる皆さんにとって、経験された方は分かる部分あったでしょうが、経験の無い方々にはさっぱり要領を得なかったのではないかと思わないではありません。

 商業を語る事の難しさがあります。そして最後に述べたように、どうも商業とは本質的に何であるのかが問われるようになっているように感じられる事です。
 セルフ販売は限界に来ていますが、そうかと言って対面販売には戻れそうにありません。時代はより人間が介在しない販売、ネットを介在した通信販売の割合がどんどん増えていく流れにあります。

 人と人とがどのように係わって行くのかが時代の大きなポイントであり、そこでの商業の役割は、現状のままでは益々小さくなって行くようです。それにしても語り合う事がこんなに困難になり、コミュニケーション障害が問題になり、虐めや激しくなり、言葉自体もセクハラだぁ、パワハラだぁ。怒鳴る事も、咎めることは論外になり、ちょっとした注意すらも、逆切れされるような事態が起きている。極端な清潔への要求にも似たところがあります。

 さてさてこんな時代の様相の中で、何をどう考えるのか、根本に戻る事になるのでしょう。このシリーズも丁度、50回の区切りですので、終了とします。次に何をするかはまったくの未定です。

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商業の爆発的発展 49

 商業が物品やサービスの供給という点だけから考えれば、ネットを介在させた通信販売が今日の世界では最も合理的なのでしょう。そういう意味では商品供給の拠点としての店舗は、今後、益々減少して行くでしょう。つまりは店員の人件費を負担できない。店員の人件費に見合うだけの付加価値を賦与する事が大変厳しいという意味を持ちます。
 店は人件費ばかりではありません。商品を保管するための倉庫代も棚代も、小分けし、品揃えし、値段を付けるなどの流通加工にも費用がかかります。それでも圧倒的に人件費が重要です。

 しかしながら人件費をコスト捕えるところに資本主義的限界があることも確かです。いったい人は何故、商売を始めたのか。この原点に戻って行くしか、実は現代という時代に商業は生き残れそうもなく、商業を喪う事の文明の不幸があるのではないかと思ったりします。

 商品を何故、持つのかという課題も次第に大きくなってきています。現代の若者たちは車を所有したいという熱意はかつてとは比べられないほど下がってきています。
 自動車と言えば、私の友人で代表をしていた彼がベンツを持つ事が夢だったと言っていた事がありました。その彼はベンツには乗っていましたが、まだ中古だからと自らを蔑んでいましたが、それでもバーにベンツで乗り付けることを誇っておりました。
 その車が持っていた豊かさや自由のシンボルが大きく崩れました。今は何が誇りなのか、成功を意味するのか分かりませんが、もはや車でも、別荘でもなく、プール付きの邸宅でもないように思えるのですが、さてどうでしょうか。

 若い時代は人と比べる事が大きな関心になりますが、そういう関係性自体も辛くなっているようにも見えます。それぞれの生き方が次第に拡散して行っているようで、テレビ東京で放映されている外国人が何故日本に住むのか、日本に来るのかの番組を通して見えてくる何かであったり、家に行って良いですかという番組に見られる多様な人生模様は何かを訴えているようでもあります。

 商業の本当の意味が問われる、そんな時代の入り口に立っているように感じられるこの頃です。

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