流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい

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 市民市場の具体的な姿は、私のHPを参考にしてください。私も久しぶりにながめて、アレ?戦前からあったんだっけ、何て思いだしたりします。

 市民市場は闇市の解消の中で、利用されて行くわけですが、闇市にいた商人たちをどれだけ収容したのかは分かりません。ただ、同一の業種の商店が複数入居するというのは、結構大変な事なので、ともかく駅前などに集中している商店を収容するという意図で無いと難しいところがあり、そういう目で見ると良いのかもしれません。

 市民市場は今のスーパーなどよりも、ずっと小さいですし、ほとんどが平屋、あっても2階建てで、2階は事務所くらいでしたから、間口が2間(3.6メートル)くらいがせいぜいのところで、店の規模も10坪(33㎡)未満くらいではなかったかと思います。
 主人と店員数名で、つまりは零細規模の店がびっちり並ぶ光景が市民市場の特徴であり、商店街と同様にお客に声を掛ける賑やかさに満ちていました。今はこんな光景を探すのは困難で、行ったことがないので正確ではありませんが、東南アジアの市場とかの雰囲気であるのでしょう。強いて探せば築地場外とか、横浜中華街とかで観光客が押し寄せている時間帯くらいでしょうか。

 一昔前には、こんな所は日本中、あちこちにあったものですが、そういうのを知っている私らのような年代には、郷愁をかきたてるものではあるのですが・・・。

 こういう市民市場は、商店街以上に維持するのが難しい。というのもどこかの店が出ていく、倒産する場合もあるでしょうし、より大きな規模で独立して商売をしたいという場合もあるでしょうし、主人なり、従業員が確保できないなどの理由で撤退した後に、その穴を埋めるのが簡単ではない事です。

 市民市場が活況を呈していれば、まだ良いですが、集客に苦労しているようだと、なかなか埋まりません。そしてどんな業種の店を迎えるかになると、既存の同業種の店の了解を得るのが難しいことにもなります。
 ここらはショッピングセンターなどのデベロッパーと同じところもありますが、デベロッパーの場合は不動産の持ち主であり、嫌なら出て行けという立場の強さがありますが、市民市場は公共ですので、マネジメント力もなければ、テナントに強く出られない立場です。
 商店街の方がまだ、穴を埋めやすいですが、それでも斜陽化したシャッター通りでは、どうにもならないことはよく分かるかと思います。

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