流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい

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 思いつくまま書いていたら、どうも経過した順序を取り違えていたようで、修正は避けられそうもありません。で、もう一回整理して並び直しながら、話を戻しながら、戦後編を書きます。

 それは配給制度です。話は昭和13年の国家総動員法、同15年の大政翼賛会の設立、同18年の物資統制令、重要産業団体令、いわゆる統制会社令などの一連の戦時体制と深く係わる話です。つまり配給という流通機能の統制だけではなく、生産の統制、消費の統制があり、正常な流通の形、需要があり、供給があり、その均衡点の価格があり、それを生業とする流通業者、問屋、小売、物流業者がいるというものが根本的に国家体制の管理下、戦争遂行にすべてが奉仕されるという仕組みです。

 この時代には市場は完全に単なる物流機能のみになり、取引は停止します。大半の仲卸業者は商売ができなくなります。農業団体も労働組合も解散しています。金融機関も統制会社1社の傘下に、ほぼあらゆる産業で各分野ごとに統制会社が各産業団体を支配し、指示を出し、全製品をどこに供給するか、原料をどう配分するかを決定していました。

 この異様な体制は、今では想像することも難しいですが、元はソ連の共産主義体制をモデルにしたものであったり、より古くは第一次大戦におけるイギリスなどで、規模は凄く小さいですがモデル的なものがあったようです。

 この強度な管理体制は敗戦によって終了するのですが、物資が徹底的に欠乏しているが故に配給制度があり、それに相反する形で闇市が出来上がって来るという構図です。

 時間が無くなったので今日はこのくらいで。

この記事に

 市民市場の具体的な姿は、私のHPを参考にしてください。私も久しぶりにながめて、アレ?戦前からあったんだっけ、何て思いだしたりします。

 市民市場は闇市の解消の中で、利用されて行くわけですが、闇市にいた商人たちをどれだけ収容したのかは分かりません。ただ、同一の業種の商店が複数入居するというのは、結構大変な事なので、ともかく駅前などに集中している商店を収容するという意図で無いと難しいところがあり、そういう目で見ると良いのかもしれません。

 市民市場は今のスーパーなどよりも、ずっと小さいですし、ほとんどが平屋、あっても2階建てで、2階は事務所くらいでしたから、間口が2間(3.6メートル)くらいがせいぜいのところで、店の規模も10坪(33㎡)未満くらいではなかったかと思います。
 主人と店員数名で、つまりは零細規模の店がびっちり並ぶ光景が市民市場の特徴であり、商店街と同様にお客に声を掛ける賑やかさに満ちていました。今はこんな光景を探すのは困難で、行ったことがないので正確ではありませんが、東南アジアの市場とかの雰囲気であるのでしょう。強いて探せば築地場外とか、横浜中華街とかで観光客が押し寄せている時間帯くらいでしょうか。

 一昔前には、こんな所は日本中、あちこちにあったものですが、そういうのを知っている私らのような年代には、郷愁をかきたてるものではあるのですが・・・。

 こういう市民市場は、商店街以上に維持するのが難しい。というのもどこかの店が出ていく、倒産する場合もあるでしょうし、より大きな規模で独立して商売をしたいという場合もあるでしょうし、主人なり、従業員が確保できないなどの理由で撤退した後に、その穴を埋めるのが簡単ではない事です。

 市民市場が活況を呈していれば、まだ良いですが、集客に苦労しているようだと、なかなか埋まりません。そしてどんな業種の店を迎えるかになると、既存の同業種の店の了解を得るのが難しいことにもなります。
 ここらはショッピングセンターなどのデベロッパーと同じところもありますが、デベロッパーの場合は不動産の持ち主であり、嫌なら出て行けという立場の強さがありますが、市民市場は公共ですので、マネジメント力もなければ、テナントに強く出られない立場です。
 商店街の方がまだ、穴を埋めやすいですが、それでも斜陽化したシャッター通りでは、どうにもならないことはよく分かるかと思います。

この記事に

 戦後の流通政策とは何であったのかを改めて考えると、その瞬間はともかくとして、果たして成功と言えるようなものはあったのかと思ってしまいます。このことをよく腹に据えておかないと、政策に振り回されて見えなくなることもしばしばです。自嘲的な気分も込めて書いておきます。

 流通の近代化というのがお題目のように行政や大学などの機関やら、そして流通に携わる「進歩的」な人々から唱え続けられていました。戦前も同じだったかと言うと、どうも戦後ほどの騒ぎではなく、具体的な政策として推し進められたものは、せいぜいなところ商法などの法律の整備やら、度量衡の統一、教育における商業学の形成などくらいではなかったかと思われます。
 つまりは流通の近代化とは戦後社会の特徴の一つであり、アメリカを見本とする商業のありように強く影響されていたと言うべきことなのでしょう。

 端を発したのはアメリカ小売業への見学旅行であったように思われます。これは戦後の混乱期を抜けて、ようやく社会が落ち着き、流通もスムーズに動き、駅前商店街が全国に広がった時期に、ようやく同業者組合とか、商店会などが整備されて行くこととも重なっています。

 話が市民市場よりも進んでしまったので、もう一回、市民市場の話に戻してから、近代化の話に行く事にしましょう。
 市民市場は流通政策ではありません。あくまで治安と防災の観点が大きなもので、市民市場にどうやって商品を供給するかという流通の話は、まだ、存在していなかったと思います。というのも、ちょっとした流行現象のように市民市場ができて行ったからです。

 ここらの話も、もしかするとどこかに研究書なり、役所の報告書にあるのかもしれませんが、資料的には乏しい。むしろ闇市研究の方がはるかに充実しています。これもなかなか興味深いものがあって、闇市的なものの方が郷愁を呼び寄せるところが強いのでしょう。

 何か話が長くなってきたので次回に。

この記事に

 スーパーが登場する昭和30年代の半ばでも、商店街の隆盛は続いています。その前に行政は商業に対してどのような態度で臨んだのかという話を書きます。

 戦後の行政が、商業の現状に対して最初に手を付けたのが闇市の整理であると考えます。これは所管する通産省というよりは、警察と消防が主力であり、厚生省の食品衛生法が鍵ともなります。

 当初の闇市は祭りの出店以下の、衛生意識を欠いたものであり、不潔であり、偽物ばかりであり、何が入っているか分からないような残飯をベースにしたものが圧倒的であったからです。この当時は現在とは異なり、化学物質による汚染なんかはありえない代わりに、細菌類が野放し状態でしたから、伝染病に対するリスクが最大のポイントでした。
 ですからDDTの粉末を頭から掛けるなんていう乱暴なことが行われ、DDTの薬剤が大きな噴霧器で街中を撒く事も強く記憶に残っています。
 その他、密集した店舗兼住宅からは、何しろ安普請でしたから、燃えやすく、火災が発生すると多くの被害者を生み出すことしばしばでした。また、密集した地域にありがちな泥棒や詐欺などの犯罪も頻発していました。

 当然のことながら警察はしばしば闇市に立ち入り検査を行い、暴力団や第三国人によって支配されている闇市の解体を目指します。そこには高騰する物価対策も盛り込まれており、流通の近代化も大きな目標になりました。

 単純に闇市を解体すれば良いという訳ではありませんから、行政は防火対策を含めて鉄筋コンクリート造りの市民市場が闇市にとって代わって駅前などに建設され、多くの市民を集めるようになります。

 こういう市民市場は現在は地方の観光的な市場を除けば、ほぼ消えました。市民市場の話は次回に。

この記事に

 昭和20年代から30年代にかけての商業の爆発的な発展により、膨大な労働力を吸収しており、この間にあった製造業の発展と激しい変動を吸収するバッファーとして機能しました。

 というのも戦後の製造業もまた、大きな発展をするのですが、欧米から新たな技術革新の波が押し寄せ、新たな機械設備の導入などによって急速に合理化が進みます。石炭から石油へのエネルギー革命もありました。

 資本は設備投資と大衆化されたマーケットに対応するために巨大化が必須でした。戦前とはまったく違う産業社会が作り出されて行き、一方では大卒などの高度なレベルの人材を必要としたいましたが、労働者も大量雇用が起きてきます。
 その一方で、大企業が成立すると同時に、厳しい競争環境の中で、吸収され、消えて行った膨大な企業群があり、当然のように雇用にも大きな変動に見舞われて、大量の失業者や農村から豊かさを求めて上京してきた人々の雇用の受け皿にも小売業も問屋もなったのです。

 流通業やサービス業は大量生産が可能になった製造業と違って、人的サービス業であったので生産性は遅々として向上しません。労働力を巡って製造業と競争する中で人件費は跳ね上がり始めます。これにインフレが重なり物価問題が政策課題の第一位になり、それが長く続きます。

 物価は上がるものだ、地価は上がるものだという意識は90年代のバブル崩壊まで続く、実に半世紀近い時間あったのです。


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