流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい

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 さて国内と輸入とでは何が違うのか、という問題です。最大のポイントはコミュニケーションにある事は間違いありません。日本語と英語、あるいは当該国の言語の間にある言葉だけでない社会習慣、商取引の前提になる問題です。
 これが単純な売ったり買ったりならともかく、産地形成やら長期取引になって来ると問題が何重にも難しくなりますし、互いに善意があっても困難というか、行き違いがしばしば発生します。

 そしてこれが海外産地との取引を主体にする商社と、国内産地相手の卸問屋との意識の違いにも繋がっていく話になります。ここは日本人同士ですからコミュニケーションの問題はないはずだと当人同士が思っているので、より話は複雑になります。

 ここらが実は最も分かり難い話なんですが、商社の営業と、生鮮の卸問屋の営業の違いともいうべきもので、組織論というか、個人評価と責任の問題かもしれません。ここらは当事者も一部には分かっているはずなんですが、しばしば行き違いというか、不信感が横たわっていたりします。

 彼らのそれぞれが作り出す人的なネットワークの特質にあるかもしれないと思うところもあります。商社にしろ、卸問屋にしろ、彼らの財産は人的ネットワークにあり、それらを通じて自身の商売を組み立て、それを会社に繋げていくものですが、輸入の場合は取扱量が必然的に大きくなりますし、細かな仕様を強制できない側面もあり、日本的な感覚で現場でものを見た感覚にずれが生じている事もあるかもしれません。

 この産地のもの、この商品は駄目だと判断する、あるいはこの取引は駄目と判断するハードルの問題もあるのかもしれません。どうしても国内産と比べてしまう特質もあるのかもしれません。なかなか難しいところがあり、ある種の障壁のように海外から見られているのかもしれません。そういう意味で海外が日本向けのマーケティングをしっかり整えると、意外なほど簡単にマーケットを開拓できたりするところがあります。

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 輸入する側が産地形成をしなければならないという事態の中にも、各種の状況があります。既に産地で作られていたものが、そのまま輸入できる場合というのは実はそれほど多くは無く、少なくとも日本でのマーケットに適合する品種を海外で生産する場合の方が多いでしょう。

 魚の場合は、そういう形ではありませんが、それでも日本向けに傷の無いように収穫するとか、下処理などの流通加工を行う場合には完全に日本仕様になります。200カイリ問題が浮上した頃には、商社や大手卸がカナダなどに生産基地を建設し、冷凍してサプライチェーンを作った事がありますが、今は大手商社傘下以外はほとんど撤退したのではないかと思います。
 食肉の場合も、衛生管理上の問題もありますし、肉質の問題もあります。ここでも日本仕様となりますが、元々、食肉の場合は世界的にアグリビジネスが発達していますので、国内の商社や問屋が産地形成するというのは、独自で牧場を持つケースなどに限られます。

 海外の生産者と直接的に商社なり、問屋が接点を持つかどうかという事になると、大型の農家以外では少ないもので、ここらは国内産地と似たところがあります。つまり産地の農協とか、生産法人がとりまとめ窓口になる形です。
 

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 国内産地と海外産地tの違いは、本質的な差異はそれほどないのではないかと思っています。問題は産地を支配するというか、供給をとりまとめている事業体がどういうものであるのかが大きな要素としてあります。

 いわゆるアグリビジネスと呼ばれるような企業体あるいは事業協同組合の場合、日本向けというのは沢山のお客の中の一つである、たとえそれが相当な販売ボリュームがあり、良い商売相手であるにしても、ワン ノブ ゼムであるならば、国際マーケティングの中で、まさにグローバリゼーション的な動きというか、取引になって行きます。

 この場合に、日本側ができる事は多くないと同時に、心配する事が少なく、注文すれば何日後には、ほぼ必ず手に入るという意味では商売としてのうま味は少ないものの、確実な相手です。また、日本に合わせた品質のものを輸入することも、量や価格が折り合えば、相当に便宜を払ってもらえる相手でもあり、高い技術力も期待できます。

 その代わりと言っては難ですが、旨みが少ない事もありますが、取引の持続性あたりは、さほど評価されない部分もあります。

 逆に生産者の組織化自体を手掛けなければならないような事態もあります。

 ちょっと時間が無くなったので、ここで止めます。後から更新するかもしれませんが・・・

 

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 さて久しぶりの話です。最後の話、国内産地からの卸売と海外産の卸売がどのように肌合いが違うのかという問題を考えてみます。というのもこれは単なる委託と買い付けの違いではないからです。

 これは商社の感覚と問屋のそれとの違いとも言えないところがあります。この問題は私にも分かって書いている訳ではありません。外から見てきた人間の一つの意見でしかありません。

 商社と卸の営業というか、販売先との係わりあい方というのは、販売先自体がほとんど国内のスーパーや問屋である場合しか見ていないので、ここに大きな差は見出し難いところがあります。多くは産地との係わりあいと商社なり問屋における組織問題があります。

 それでも販売面では、商社は商品供給をサプライチェーンとして組み上げる傾向を強くもちます。これは資本力が商社の方がある場合が少なくない事、問屋が市場法などの制約を受ける場合がある企業も少なくないこともあります。

 サプライチェーンは物流情報システムを基盤にする場合がほとんどです。配送センターを建設し、輸送ルートを作り、多頻度配送を組み立てていきます。これは問屋でも同じ事をしているのですが、商社はネットワークを作り、広域の販売網を構築しようという意思がかなり強くあるように思います。
 まぁ、これは様々な事例があるので、商社と問屋の差異というほどのものではないかもしれません。販売面からでは商社と問屋の差異は小さいものであるとしておきましょう。

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 国産の生鮮品の輸出を考える前に、輸入品の流通を書いておきます。輸出先が膨大な供給量を背景にして乗り込んでくる場合には、国内の市場を使う理由は乏しいものです。

 そもそも市場というのは、大変、便利なものでして、市場に商品を持って行けば、すぐに換金できる、お客を探す手間も小さい。その一方で、この取引が供給者にとって満足なものであるかと言えば、これは相当な努力が必要になります。
 価格は供給者の意志ではなく、購入者の評価というワケワカメである可能性の高いものになるからです。市場の関係者が待ち望むような品質や量をもたらすならば、高い評価=価格を得ますが、それはそのような情報を得ての産物でなければ無理であり、宝くじ的な幸運を望むような、そんなものになりがちです。

 海外からリスクを負って持ちこまれた産品が、不安定な市場に投入することは、抱え込んでしまって何としても始末しなければならないという切羽詰まった状況しかありません。

 基本的にマーケティングを行うような力がある業者ならば、まず最終の買い手、スーパーや業務筋への直接的な働きかけを行いますし、大量供給を目指す場合においても同じです。

 つまりは基本的に市場流通には向かないのですが、それでも市場には輸入品で溢れているのは、どういう訳なのか、という疑問があるかもしれません。
 これには買い手の事情も加わります。買い手は市場で全部、品揃えしたい、比較購買したいとのニーズがあり、卸の方では品揃えとして輸入品を扱うという形です。

 卸の輸入品の扱いは結構、歴史があります。前に述べたように直接の輸入は商社が手掛ける事がほとんどで自ら輸入する場合は子会社を作って専門的にやらせます。
 輸入は卸が得意とする委託ではありませんで、買い付けで行うものですから、リスクヘッジが非常に難しく、しばしば卸全体の経営を傾けるほどの赤字を生み出します。

 同じ生鮮品でも、商売の形が違うので、国内産で磨いた腕では太刀打ちできないという側面があり、そうかと言って外部の人材を使うにしても、これが肌合いが違うせいか、素晴らしく巧く行っているという例は見た事がありません。

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