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ソウルガールズ

 アボリジニへの偏見はそう過去の話ではないだろう。2000年のシドニーオリンピックの陸上400mで獲得したキャシー・フリーマンの金メダルが特別のものであるように感じられたのは、やはり差別ということが背景にあったからに違いない。
 まして、1960年代と言ったら、アメリカでも公民権運動の真っ最中であるから、オーストラリアでも、さぞかしすさまじい差別が横行していたのだろうと思う。
 そんな、かなりシリアスでトラジックな状況での「実話」を、この映画は、みごとにエンターテイメントに仕上げてしまった。
 このカラッとした明るさが、そのまま当時のアボリジニの少女たちのものであったとは思えないのだが、しかし映画はこれでいいのである。現在のオーストラリアの人たちが、この映画に共感し得たということが重要である。そのことが、この国のこれからを決めていくに違いない。
 前半の心理の推移の描写は、日本映画を見慣れた眼にはかなり荒っぽく感じられるが、次女ジュリー役のジェシカ・マーボイの歌がすべてを帳消しにしてくれる。
 マネージャー、デイヴ役のクリス・オダウドのダメ男ぶりもかなりのものだが、何と言っても後半は長女ゲイツを演じたデボラ・メイルマンの演技が、映画の質を支えている。いい映画だった。
 こういう映画を見ていると、十代の自分が、ジャズに傾いて行ったプロセスを思い出す。
 きっかけは、小学校四年生のときに見た映画「キクとイサム」だった。アフリカ系アメリカ人の兵隊が日本に残していった戦争孤児の物語である。私のすべてはこの映画から始まっている。
 1959年封切りのこの映画は、私の住む地方都市野田には、その翌年にやってきた。
 映画館は満員だった。なぜなら、この映画の夏祭りのシーンに、野田市の雨乞いの祭である津久舞が登場するということで、この地域の多くの人がこの映画を見に行ったからである。
 監督は今井正。脚本は水木洋子である。しげ子婆さんを演じた北村谷栄の演技は、小学生の心も動かした。映画好きの父から、実は彼女はまだ40代だと聞かされて仰天したのを覚えている。
 やがて中学生になり、アフリカ系アメリカ人の公民権運動に共感するようになったのも、この映画の影響だと思う。ラジオでジャズメッセンジャーズを聞き、ベースの音が聞きたくてスピーカーの箱を作り、アンプも作るようになった。その原点に「キクとイサム」という映画がある。
 一本の映画が、子どもの生き方を創り出す。そういうことはよくあることなのだと思う。
 

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