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うそ寒い海が見えます

うそ寒い海が見えます理髪店       西 久男
 こういう句を読んでいると、俳句とは何であろうかとつくづく考えてしまう。社会的なテーマとか、思想性などとは縁遠い句なのだが、しかし、この句の主人公は、まちがいなく社会の中でもがき、疲弊した人物に違いないのである。そのことが、たった十七音の情景描写によって容易く伝えられているのはなぜなのであろう。
 まず「うそ寒い」の「うそ」が利いていて、これは作者や語り手の主観というより、ここに登場している主人公の主観というべきものである。この主人公は、明らかに斜に構えて冬の海を見ている。さらに口語の「ます」という丁寧語が、この作者の相手意識を強調している。つまり、話を聞いてくれ、という気持ちが暗示されているのである。最後の「理髪店」もまた象徴的で、人が髪を切ろうと思うのはどのような時かを考えれば、この状況設定がいかに巧みなものかが見えてくるだろう。
 では、この句に圧倒的な独創性があるかと言えば、それはない。これは文学としては陳腐であるかも知れない。繰り返し使われてきた手法だからである。例えば、映画好きの人なら、これが今村昌平監督の名作「うなぎ」の設定に類似していることにすぐ気づくだろう。そしてその映画「うなぎ」は、吉村昭の小説『闇にひらめく』を原作として作り直されたものなのである。
 こうして繰り返される文学性を、大衆文学性と呼んでもよいだろう。大衆文学性は、独創性を是とする近代文学の価値観では軽く見られてきた。軽蔑されてきたと言っても良い。だが、ポストモダンの目から見れば、未完成な独創性よりも、完成度の高い反復性の方に高い価値を見出すことも可能なのである。
 俳句に独創性ばかりを求めるのはどうかと思う。そもそも五七五という単純な音律形式をぐだぐだと反復していくのが俳句という文芸なのである。反復の中に一つの新しみが添えられていれば、それで十分ではないか。この句で言えば「うそ」と「ます」、この二語の新しみだけで、俳句は充分に存在していけると考える。
                            <「軸」2019年1月号より>

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片山広明のこと

 追悼

2018年11月13日、片山広明、他界

何度も肝臓を悪化させ、よくここまで頑張ったと思う半面、
やはり、早いよ、とも思う

あなたがいなかったら、私は
勤めを辞めて、もの書きにはならなかったろう
あなたはいつも私の前を歩いていた

「俺だけじゃねえか」
酔ってそう叫んだのは、30歳のころだったか、
昔のバンド仲間が集まった席でのこと・・・
みんなサラリーマンになりやがって、どうなってるんだ、
そういうことだったのかと言われ、私は、
いつか追いかけるから、と
密かにつぶやいた

圧倒的な才能だった。誰もあなたのようには楽器を鳴らせない
鳴らない楽器を持っていって吹いて貰うと、
たちまちその楽器は鳴るようになった

その音で、
あなたは生涯、すごい音楽を作り出そうとした
うまいとか、渋いとかじゃなく、
すごい音楽を

あなたと知り合ったことが
私の人生だ

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現代俳句探究3

ペガサスへ蹄となってゆく踵       表   ひろ
 単なる夢の句ではない。メタモルフォーゼである。「ペガサス」だから「蹄」という連想はシンプルだが、野性的な変身願望に生命力がある。
神留守の日輪何を書き散らす     山 政江
 ものを書き綴っていて、ふと我に返った句と読んだ。「神留守の日輪」は自分を縛る規範のなくなったエネルギー。自由なのは良いが、本来自分は何を書き残すべきだったのか、という問いである。
                          <「軸」2017年12月号>

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現代俳句探究2

林檎割る銀河のごとき香を散らし     清野 敦史
 直喩がつまらなくなるのは、本当に似ているものに「ような」を付けるから。俳句で「ような」を使うなら、この句のように意味的にはとまどうほど遠いものに使うことだ。そして、その結果が感覚的に理解されるなら、その表現は成功したと言える。
凩を拝受目覚めのティー・カップ     市川 唯子
 うっかり窓を開けてしまったのだろう。吹き込んだ凩を受けたのはティーカップ。ちょっとお洒落な句だ。
                      <「軸」2018年1月号>

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現代俳句探究

年つまる奇跡の部屋に仮寝して    表  ひろ
 「奇跡の部屋」は病室。「仮寝」は断熱シートを敷いて寝る付き添い人か、それとも患者の身を仮の姿と見たか。「奇跡」とは命そのもの。命は宇宙にただ一つの〈内面〉を抱え込んでいる。ほかの誰もが踏み込めない〈内面〉をくるんで明滅する命の不思議。その命には意味を持たないであろう〈一年〉という現実を、看護する人は抱え込む。
次々と銀河に鶴を捕る男       清野 敦史
  宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」には〈鳥を捕る人〉が登場する。一説によると、白鳥座の隣に子狐座があることがモチーフになっているというが、群れ立つ鶴を見た作者は、銀河鉄道の〈鳥を捕る人〉がそこに現れるように思ったのであろう。
                      <「軸」2018年2月号より>

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