全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

「虎杖」終刊

 12月3日
 荒れた朝であった。すさまじい雨音で目を覚ました。
 まずは昨日の朝日カルチャーセンター千葉俳句会の当日句の結果。
 
 秋尾 敏特選1   自由への威嚇となれり冬の海   諸藤留美子
 秋尾 敏特選2   重ね着の隠す動悸をもてあます  吉田季生
 秋尾 敏入選    カーテンの独り言聞く室の花    平岡育也
 小浜杜子男特選2 寒い海峡線引きの向こう側     諸藤留美子
 鈴木太郎入選    柿落葉透ける少女のたなごころ  吉田季生
 
 今日の午前は、吉川市で瑞穂句会であった。仲のよい句会である。
 どうだんの枝も密集冬紅葉       健一
 酒蔵の熟成までのクラシック      絢子
 蹲踞にも太き応援秋相撲       寿美枝
 隼の影の残像銀杏黄葉        登志子
 冬の月鎖が止めるガスボンベ     かづ子
 木霊しつつ木立は天へ枯れてゆく   裕子
 
 午後は春日部市で、花水木句会の忘年句会。席題は「冬の霧」「故郷」「時計」。山崎政江さんの指導で、軸の支部のなかで今年最も力を伸ばした句会の一つとなった。
 
 故郷の塩ふっている冬の朝       陽子
 故郷に大型店舗山眠る          悦子
 腕時計見ず足早に冬の暮       妙子
 故郷やわがまま言える白兎        啓
 唐物は時計廻りに寒稽古        紀子
 去年今年重い時計に厭きている   誠二
 時計台冬の運河を渡れるか       隆雄
 冬霧に巻かれたような死化粧     政江
 
 句会終了後、郵便局で会費をおろし、銀行口座に移す。帰宅して「軸」12月号の発送。
 郵便物を見ていたら、「虎杖」誌の上に、「終刊のようです」という木之下さんのメモが乗っていて驚く。開くと、確かに主宰の相原左義長さんが、「終刊に当り」と書いている。何ごとであろうか。何も聞いていなかった。編集長の松本勇二さんに電話を掛ける。深く事情を聞くわけにはいかない。ただただ今後を祈るのみと伝える。
 左義長さんとは2000年の第1回世界俳句大会を同行し、主宰としての生き方というものを見せていただいた。その後もいろいろ励ましていただいていたのだが、その左義長さんが主宰誌を閉じるとは。
 
 足音は足音として冬木立  敏
 
 
 
 

開く コメント(0)

千葉俳句大会

 12月2日
  午後から朝日カルチャーセンター千葉・朝日新聞千葉総局の主催する千葉俳句大会。今日も2時間かけて千葉市まで。
  選者は、櫂未知子、小浜杜子男、鈴木太郎、能村研三、藤田直子の各氏と私。藤田さんは今年からの参加。
  応募句では軸の連中がたくさん入賞した。慶祝。
 
  朝日カルチャーセンター千葉賞 投函はまっ逆さまに天の川    市川唯子
  朝日新聞千葉総局賞       図書館の椅子引く音も冬隣    人見 正
     〃                敗荷の太古に還る風の音     吉田季生
  秋尾敏特選1            虫も人も老いて光の籠があり   市川唯子
  秋尾敏特選3            投函はまっ逆さまに天の川    市川唯子
  秋尾敏入選             呟きに猫が応えて星月夜     文挟綾子
   〃                  図書館の椅子引く音も冬隣    人見 正
   〃                  恭しき被食者たらん鵙日和    諸藤留美子
  櫂未知子特選1          投函はまっ逆さまに天の川     市川唯子
  鈴木太郎特選1          図書館の椅子引く音も冬隣     人見 正
  能村研三特選1          放浪のまずは花野を抜けて行く  市川唯子
  能村研三特選2          古代より蕊の熱情曼珠沙華    三上 啓
  能村研三入選           敗荷の太古に還る風の音     吉田季生
  藤田直子特選1          敗荷の太古に還る風の音     吉田季生
 
 休憩時間に能村研三さんから、ブログ見ましたよ、と声を掛けられ、昨日の記事の、市川学園の沿革史と登四郎氏の年譜のことに話が及ぶ。研三さんも市川学園の出身。当時は校長が病身だったため、集会の訓話はいつも父上だったそうで、「それだけがいやだった」と研三さん。飾らない人である。
 研三さんの話では、市川文学プラザの展示では、石田波郷を師系のように示しているが、波郷を登四郎のライバルと見る評論もあるのだそうだ。たしかに俳句では波郷が先輩だが、年齢は登四郎が上である。登四郎としては波郷に励まされるというのも複雑なことであったかもしれない。また、波郷から見れば、登四郎は社会人としても成功した人であるから、こちらもいささか複雑な思いで眺めていた可能性もある。
 帰宅したら、波郷のご子息の石田修大さんから手紙が届いていた。波郷自画像の掲載許可である。秘蔵していた波郷の自画像を、短詩文化学会の機関誌「短詩文化研究」に紹介することにしたのである。この自画像は、倉橋羊村さんもご存じないということであったから、初出の資料にちがいない。来年3月に刊行する予定である。掲載を快く許諾してくださった修大さんに感謝。同じ日に、研三さん、修大さんと関わりを持てたというのも何かの縁であろう。
 
 見る人の思うかたちに雪ばんば 敏
    

開く コメント(0)

仕事と俳句

 12月1日
 午前中は、野田市の興風図書館で続けている水曜の会で、能村登四郎と石田波郷について話した。その準備で、昨夜(というより早朝)、能村登四郎の年譜に、勤務先の市川学園の沿革史を重ねた年表を作ってみたら、今まで見えなかったものが見えてきた。登四郎は、学園の創設者とともに、市川学園を作り上げた一人なのであった。国語教師のかたわら俳句をやっていた、などというレベルではない。登四郎は、教頭として、学校運営の中枢をになっていたのである。
 教頭をしながら文学を続ける大変さというのは私にも分かる。私も公立中学校の教頭をしながら子規について調べていた。だが私は、3年で教育委員会に移り、翌年退職して文筆業になってしまった。けれど登四郎は、昭和39年に教頭になってから20年も教頭職を続けている。それも幼稚園から高校までを持ち、毎年拡張を続ける私立学園の教頭職である。私は登四郎に、今まではなかった畏怖の感情を抱いた。
 一方、石田波郷はほとんど職業歴を持たない人だった。戦時中は文学報国会の事務をやっていたらしいが、生涯のほとんどが俳誌の編集と闘病で終わっている。それはそれで壮絶な生き方である。その波郷が、登四郎を励まし続けていたというのも面白い。年齢は実は登四郎の方が上である。
 
 午後は苞の会という句会。「軸」で2番目に古い句会であるからみな高齢である。半数は85歳を超えているが、支え合って頑張っている。今日は腰を痛めて一人欠席であった。
 
 成人の孫の姿をうれしく見る      富枝
 「ゆたりら」へ送られてゆく冬日和   光子 (「ゆたりら」は介護施設の名称)
 銀杏を拾う行きずりのソクラテス    好子
 正座冷ゆ寂光院に目を閉じて    百合子
 立ち疲れ菊人形の帯ゆるむ      清香
 
 まだ70代の3人は、みなで京都に行ったのだという。嵯峨野の大河内山荘の話で盛り上がったのだが、私はまだ行ったことがない。大河内山荘は、丹下左膳で有名な映画俳優、大河内伝次郎の別荘である。私も近いうちに訪ねてみようと思う。
 
 声色は左膳マスクにくぐもらす  敏
 

開く コメント(3)

 11月30日
 早いものでもう11月も終わり。
 今日は2時から船橋で、千葉県現代俳句協会の30周年大会準備委員会。実行委員長の大畑氏が綿密な案を作ってくるので、話がどんどん進む。俳句の会としては珍しいくらい合理的に会議が進行する。当たり前のことだが、その当たり前ができない会が多いのである。
 5時からは会場を千葉市に移して、幹事会と忘年会。来年の30周年の下見も兼ねて、ホテルプラザ菜の花で。私は明日の準備があるので早めに失礼した。何しろ千葉市から私の住んでいる野田市までは、電車で2時間も掛かるのである。快速が走っていないからである。森田さん、千葉県を南北に走る高速鉄道を走らせてくださいな。
 各駅の窓がだんだん寒くなる  敏
 

開く コメント(0)

12月号最終校正

 11月29日
 昨日はあかね句会。下北沢の北沢タウンホールで1:00からやっている。新人一名あり。海外でも活躍されていたという方なので、大いに期待している。
 みなさんに掲載許可をとらなかったので、作品はいずれ。
 
 今日は軸12月号の最終校正。午前中に最後の原稿を仕上げてメールで送り、午後から印刷所で校正。
 中村編集長は新しい句会ができたとかで、昼で移動。すれ違いとなった。
 昼食は牡蠣フライ。やはり旬のものはうまい。
 本社例会の上位句が1句抜けていて肝を冷やす。碧耀集も二人抜けていた。慎重に慎重に。人間のやることであるから、大丈夫ということはない。そのための最終校正である。
 
 誤字脱字ちらついており牡蠣フライ   敏
 
 

開く コメント(2)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事