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11月16日
 午前中、市川市文学プラザ「俳人能村登四郎とその水脈」展を見に行く。登四郎生誕100年と「沖」創刊四十周年を記念しての企画展。
 登四郎は、明治四十四年、東京に生まれ、國學院大學高等師範部を卒業して市川学園に勤務。その傍ら、水原秋桜子の「馬酔木」で作句に励み、昭和四十四年、「沖」を創刊。昭和六十年には、第八句集『天上華』により蛇笏賞を受賞。テレビの俳句番組など
でも活躍し、平成俳壇を支える多くの弟子を残して、平成十三年、九十歳でこの世を去った。
霜掃きし箒しばらくして倒る          〃 『長嘯』
人肌に桜じめりといふがあり          〃 『芒種』
 正攻法の具象の写生を唱えながら、そこに豊かなヒューマニズムを生み出す登四郎は、近代俳句史の中で傑出した俳味を醸し出した一人である。俳味というのは、表向きは飄逸な滑稽感を伴う軽さなのであるが、その背後に、切実な悲しみや深い人生観がな
くては生まれ出ないものである。長兄の病死による家の没落、東京大空襲による義父と妹の死、また戦後の長男、次男の病死、そうした経験を経て生きてきたからこその俳味だということが、今回の企画展を見てよく理解できた。
長子次子推(わか)くて逝けり浮いて来い    登四郎『易水』
 「浮いて来い」というのは、水に浮かべて遊ぶ玩具のことで、夏の季語である。つまり、これは動詞ではなく名詞、それも、軽く無邪気な玩具の名称なのである。しかし、それゆえに、この下五の「浮いて来い」は、作者の魂の叫びを伝えてくる。
 入場無料。会期は来年の2月23日まで。
 午後は、五島美術館へ、開館50周年記念展「国宝源氏物語絵巻」を見に。「柏木一」の帖の文字が、他と比べて変化が激しく、印象に残った。絵の傷みは進んでいくが、墨で書かれた文字は、書かれたときそのままに残る。和紙と墨というメディアは、保存という点からは最強の組み合わせだろう。
 千年を超えて文化を記録するメディアを、現在のデジタルコンテンツはまだ手にしていない。デジタル技術が墨の安定性を凌駕する日はくるのだろうか。
 

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