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松澤昭氏を偲ぶ

 12月13日(月)
 来年の軸の表紙にする版画を印刷所に届ける。
 昼より大手町の東京會舘で「故松澤昭先生を偲ぶ会」。松沢昭氏は、前現代俳句協会会長。11年前、父の葬儀では弔辞を読んで頂いた。
 蛇笏の門に入り、「秋」主宰を経て「四季」を創刊した松澤昭は、80年代に大きく作風を変える。リアリズムから心象詠に、そして言葉の構築へと向かい、独自の言語世界を作り上げた。
 以下、平成13年に「俳壇」誌に書いた拙文。
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松澤 昭(四季)
 たしかにまだ日本語は面白い。そう思わせる。
  秋麗をとりちらかして上機嫌        昭
  ありばばのまなざし雪に振りたるか   昭
 「ありばば」は、「アリババ」から「在り婆」まで様々なイメージを雪原に現出させる。こうした作用の価値についてはJ・レイコフの『認知意味論』でも読んでいただきたい。俳句とは、言葉の不思議を噛みしめるものでもあるのだ。
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 次のは同じく平成13年に、「俳句年鑑」に書いた拙文。
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松澤 昭        大正十四年三月六日生
朗々とたけのこめしのおぼしめし    『俳句研究』7月号
山笑う鬼のお出ましありさうな      『俳句』5月号
ばばさまの種蒔いてゐるころかしら     『俳句』5月号
 これは口語でも文語でもない独自の言語である。強いて言えば昔の口語であろう。劇作家木下順二が民話劇のための独自の方言を作り出したように、松澤昭も俳句のための言語をひとつ作り出してしまった。それ自体が大きな仕事である。
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 現代俳句の心象派、言語派として、新たな側面を切り開いた人であった。
 
 凩や馬現はれて海の上    昭
 
 凩の騎手の並足沖に去る   敏
 
 
 
 

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叔父のことなど

 12月12日(日)
 軸の本社例会。新人が増えたが、来られなくなった人も多い。ここのところずいぶんメンバーが入れ替わった。
 
 奔放な小石霜夜の胸に落つ       保子
 ペンギンの群れに胸に駅長十二月  めぐみ
 両耳を立て就活の雪兎         由紀恵
 
 三句目は、孫の就職が決まっての句ということだが、うまいことをいうものである。孫とも、就職が決まったとも言わず、ただ孫の苦労を客観的に見つめ、メタファーで写生し、しかも愛情がにじみでている。文学だなあと思う。身辺詠はこうありたい。
 
 夜、叔父が危篤という知らせがあった。福生の病院へ急いだが、間に合わなかった。最後は少し苦しんだということだったが、安らかな死に顔であった。
 子どもの頃は、あちこちに連れて行ってもらった。蓼科の叔父の別荘で一週間暮らしたこともあった。洋弓も乗馬もこの叔父に教えてもらった。感謝のほかない。
 
 暁闇の枯野へ鞭を入れる騎手  敏
 

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