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うそ寒い海が見えます

うそ寒い海が見えます理髪店       西 久男
 こういう句を読んでいると、俳句とは何であろうかとつくづく考えてしまう。社会的なテーマとか、思想性などとは縁遠い句なのだが、しかし、この句の主人公は、まちがいなく社会の中でもがき、疲弊した人物に違いないのである。そのことが、たった十七音の情景描写によって容易く伝えられているのはなぜなのであろう。
 まず「うそ寒い」の「うそ」が利いていて、これは作者や語り手の主観というより、ここに登場している主人公の主観というべきものである。この主人公は、明らかに斜に構えて冬の海を見ている。さらに口語の「ます」という丁寧語が、この作者の相手意識を強調している。つまり、話を聞いてくれ、という気持ちが暗示されているのである。最後の「理髪店」もまた象徴的で、人が髪を切ろうと思うのはどのような時かを考えれば、この状況設定がいかに巧みなものかが見えてくるだろう。
 では、この句に圧倒的な独創性があるかと言えば、それはない。これは文学としては陳腐であるかも知れない。繰り返し使われてきた手法だからである。例えば、映画好きの人なら、これが今村昌平監督の名作「うなぎ」の設定に類似していることにすぐ気づくだろう。そしてその映画「うなぎ」は、吉村昭の小説『闇にひらめく』を原作として作り直されたものなのである。
 こうして繰り返される文学性を、大衆文学性と呼んでもよいだろう。大衆文学性は、独創性を是とする近代文学の価値観では軽く見られてきた。軽蔑されてきたと言っても良い。だが、ポストモダンの目から見れば、未完成な独創性よりも、完成度の高い反復性の方に高い価値を見出すことも可能なのである。
 俳句に独創性ばかりを求めるのはどうかと思う。そもそも五七五という単純な音律形式をぐだぐだと反復していくのが俳句という文芸なのである。反復の中に一つの新しみが添えられていれば、それで十分ではないか。この句で言えば「うそ」と「ます」、この二語の新しみだけで、俳句は充分に存在していけると考える。
                            <「軸」2019年1月号より>

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