じみ庄三郎 日記

金融・郵政改革担当大臣を拝命しました。

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日本の医者の数は1,000人に対して2人と、先進国では一番少ない。どうしてか?これには僕にも責任があります。
 田中角栄さんの時に1県1校で医者をいっぱいつくろうとしたのですが、1990年中ごろ、これを閣議決定でおさえてしまいました。
 国立大学歯学部は約10%の定員カット。医学部は5%カット。私立の医学部はカットすると経営が傾くので、手を入れませんでした。それが閣議決定。今でも厳然としてあります。こうして押さえ込んで、1,000人に2人。絶対的に医者が少ないのが日本の現状です。
 動機が不純です。医療は人の健康が出発点のはずなのに、医者を一人つくると医療費がかかり、国の財政が破綻するという理由から減らしたんです。
 臨床研修医制度2年間の義務化を法律化しました。当時、厚生労働省の局長は、
爍嫁間医療保険を使わせなければ、新しい医療保険を使う人が2年間はゼロになり、医療費が減ります、いい政策です
と言うのです。
 私でも怒りました。
医者の教育はどうあるべきか考えるのであればいいが、それは不純だといいました。医局をめぐって財務省と厚労省との百年戦争。行政の戦争で迷惑したのは国民と医者と市民の健康です。
 厚生労働省と文部科学省の医局をめぐる百年戦争。薬剤師が6年制になるのに10年以上かかりました。文部科学省で論議し、6年生になったら、臨床薬学は病院でしよう、ときちんとしている。ところが厚労省と文科省のケンカで、法律では、臨床研修を2年間義務化しただけ、実質医者は8年間の義務化です。医療保険を使えないと実際には医療行為ができません。おかしいですよ、よく考えないと。
 私は反対しました。そんなことをしたら、日本には70数校の医局があり、みんな若い頃は医局に入り、田舎の町立病院などへ行かされた。でも、帰ってこられたのです。今は片道切符。子どもの教育どうなるの。奥さんは怒る。
 医局は明治以来、過疎地の医療に対し、1年行ったらまた1年代わりを派遣してきたのです。
 私は、九大の第一内科の副医局長をしていて、手配師もしていたので、あの町立病院は田舎だけど苦労している。先輩が病気だ。では1人、あそこへやろう。日本の社会だから、あの医局員はお父さん亡くなったからお金に困っているだろうから、給料が高い町立病院にやろうかとか・・・。まだ独り者だから無茶苦茶忙しい町の病院に、給料は安いけど鍛えようとか・・・。一人ひとりの個性を考えていました。良心的な手配師です。それで日本の医療を守っていたのです。                       つづく

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