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昨日は
第33回全国少年剣道優勝大会に大会顧問として参加させていただきました。
少年少女剣士が北九州市立総合体育館に集結し、その数は一日目で約1,800人、第二日目は2,000人を超えるとのことでした。
最近では
自分の名誉のために戦う!いうことが少なくなったように思います。又そのような機会も無いでしょう。
それにくわえ・・・
団体の名誉のために戦う!!ということはもっと少ないでしょう。
名誉のため! いい試合をいて欲しい! いい汗をかいてほしい!
そういう感慨を会場にて抱きました。
話は変わりますが、先日告知させていただいた公開討論会に関するニュース(live door)が出ていましたので載せておきます。
三田ライトさん、公開討論会に関するコメントいただいていましてありがとうございました。
内閣府「討論会」で、自見議員が大田前大臣を糾弾
2008年08月09日08時28分 / 提供:PJ
− 大田弘子前経済財政担当相と宍戸駿太郎筑波大学名誉教授との討論会になるはずだった内閣府主催の「経済政策フォーラム」が8日都内で開かれ、調整に奔走した自見庄三郎参議院議員が大田前大臣の敵前逃亡を「学者として、国民に責任を持つべきだ」と厳しく糾弾した。
この会合は3月14日に参議院予算委員会で自見議員が福田首相に談判して開催が決まったもの。低迷する日本経済の政策的な誤りが明かされることが期待された。担当部局が定まらず政府内でたらい回しになった末、8月8日で計画されたが、内閣改造を理由に前大臣・大臣の出席はならなかった。
前半の題は「対論〜我が国の経済政策をめぐって〜」から「経済政策とマクロ経済モデルの活用」に変更され、齋藤潤内閣府計量分析室長がマクロ経済モデルの役割と歴史を概説した。
後半の冒頭、自見議員が今回のフォーラムの経緯を説明した。「1993年に世界一だったわが国の国民一人当たりGDPは、18番目になった。わが国の羅針盤である内閣府が作った経済モデルに原因があるのではないか。ポール・サミュエルソンやスティングリッツ、クラインも強い経済にしてから税収を増やすべきだと主張している。日本の与野党、政府機関、そして有権者は1990年以降の長い眠りから覚める必要がある、と。それで大田大臣と宍戸先生の討論を提案し、福田総理がしていいと言った」。
「ところが、1週間前に大臣を辞めたら、『しない』と言った。なぜ、この場に出てこないのか。天皇から委任状をもらう国務大臣がこの程度でいいのか。戦中の閣僚たちはA級戦犯となって歴史に責任を取った。わたしには今、公の怒りがある。国会が始まれば、証人や参考人として責任を追及するつもりだ」と大田前大臣の姿勢を問題にした。
パネルディスカッションでは、宍戸教授が内閣府経済財政モデルを追及。旧経済企画庁が使っていた伝統的なモデルから構造改革が中心の新古典派的なモデルに変質してきているとして、「どういう学者が作成に貢献しているのか、責任者と精神を示してほしい」とただした。
その上で、「通常のマクロモデルと比べ、財政政策効果が異常に低く見積もってあり、税の自然増収はほとんどない。一方で、価格面での反応は異常に高く、毎年下方修正を繰り返す結果になっている」と批判した。
これに対し、内閣府の齋藤室長は、「人口減や高齢化の中で、構造改革と経済成長を一体的なモデルで作る必要があった。ただし、『新自由主義的な意図』があって作ったことはない」と答えた。
財政政策の効果が低く見積もられているとの指摘に対しては「公共投資がなされると金利が上昇し、効果がストップしていくという金融政策の面も内省化している」と説明した。モデル作成の責任者や異質性の理由など、肝心な情報は明かさなかった。
議論の後、会場から質問があった。「財政政策は将来につけを残すと批判する人がいるが、内閣府のモデルでも、積極財政の方が成長は高く、失業率も低い。じゃあ、つけを残すのか。借金もGDP比で見なければと言うが、GDP比で見るとつけも減る。デフレをどう脱却させるか示すのが内閣の役割ではないか」と発言すると、会場から「そうだ」と歓声が上がっていた。
「時間切れ」として、回答はなかった。なお、このフォーラムは撮影・録音が許可されなかった。【了】
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