音楽雑誌関連。

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 次のページ ]


みなさんごきげんよう

梅雨に逆戻りしたかのような我がさいたまですが

ジメジメしてはいても紫外線にやられるよりはマシかな?

今回はB!1986年2月号を取り上げてみます。新年号ということになりますね

オジーが後に問題作とされる「罪と罰」発表を控え
表紙&インタビューに登場しています♪

イメージ 1

手の込んだヘアスタイルが時代ですね^^

イメージ 2

大人気だったオマケのステッカー!しっかり使ってあります(笑)

リズム隊を一新して若返りを狙ったオジーバンドの新メンバー

イメージ 3

オジーの隣=フィル・スーザン(Ba.)の衣装に目が行きますが
彼は「暗闇にドッキリ!」の作曲者で、
初のビルボード・シングルチャート入りを果たしたという影の功労者ですね♪
相変わらずボブ・ディズリーに作詞して貰っているのがオジーの実情><

だがしかし、このライヴパフォーマンスは素晴らしい


’86年のNHKホールで観ていますがリズム隊も安定していましたし
なにしろジェイクの雄姿にクギ付けになりました

バッキングの素晴らしさ、所謂ジェイク・フェイクと称えられた独特のテクニック、
運動神経の良さを感じずにはいられない見栄えのするアクション・・・
影響されたギタリスト数限りなく。。

「罪と罰」のハイライトとも云える"Secret Loser"
'50"45から始まりますので是非
今は亡きランディ・カスティロのドラムソロも必見です。

ディオのヴィヴィアン・キャンベルの後任となったクレイグ・ゴールディも大絶賛していますし、
ラットのウォーレンもバッキングに関しては学ぶところが多かったそう。



一方でこれまた日系二世のスーパー・ギタリスト=アトミック・トミー・Mを迎え
フィル・モグが再起を図った新生UFO!

イメージ 4

モグの隣で張り切るポール・レイモンド(Key,G)、一人おいて・トミーM
・・・ピート兄はモグさんのインタビューでも触れられていません。。

85年11月のライヴフォト

イメージ 5

トミーMが超絶プレイをみせつける”Heaven's Gate”


改造SGを駆使してのタッピング・速弾き・アーミング!
動画視るのはこれが初めてですが結構手の込んだソロで面白い

イシバシ楽器の広告なんかもありますよ〜

イメージ 6

他にもKEY・イケベ・裏表紙はヤマハのダサいストラトシェイプのギター(笑)
多分そんなことだろう、と比較的新しいB!誌を調べたら楽器広告一切無し

最近のメタラー諸君は「こりゃスゲー!格好いい!!」というプレイを聴いたら
楽器持とうとしないのないのか、
それとも購買層の高年齢化でB!誌には無意味故載せないのか。。

まぁヤングギターやプレイヤー誌もあるので必要としないのかな

ボクもアコギで挫折してベース始めたクチなんで、
とてもじゃないけどジェイクやトミーMにはなれませんでしたが、
取り敢えず”ドクター・ドクター”やってみようか?的なノリで弾いていますよ♪

コード進行を完全に忘れていてさっきモッキンバードで音拾いまして
多分キーは"D"で大丈夫だと思います
やっぱりベースはバンドで演らないと微妙ですね^^ノ

みなさんごきげんよう

そろそろ梅雨明け発表?の我がさいたまですネ^^

いつものように懐かしい音楽雑誌を取り上げてみます

1985年10月号のBurrn!は一周年記念号ということで

満を持してポール・スタンレーが表紙でありました

イメージ 1

ブルース・キューリックを正式にギタリストに迎え「アニマライズ」を発表した頃です♪

'80s・キッスはポールが孤軍奮闘していました


しかしド派手なPVで・・・ポールのクラッシュミラー・ワーロックが霞んでしまっています(笑)
44のバンちゃんがフェルで同様なベースをつくってもらっていましたね。
時代ですな!

モトリー・クルー初来日レポート

イメージ 2

テクが云々、トミー・リーのスター性は期待が持てる・・・
殆どニッキーについては触れられていませんが、弾いていたのかどうか
中野サンプラザで観ましたが19歳のボクでも怪しく思いました^^;


90度まで傾くドラムソロはこれからますますエスカレートして行きます

今思うと如何かな?と思わざるを得ないヴィンスのインタヴュー


見せびらかすのは拙いというか事故の結審がついていない頃ですね


ローリング・ストーン前の寿司屋でポーズをとるウォーレン

イメージ 3

フォトセッションとはいえキメてますね

比べられていたジョーペリーの雄姿
BC−Richのヘッドがあるから'78年あたりかな

イメージ 4

「若いウチに死んで、死体がハンサムであって欲しい。。」
大往生した立派なお医者さんもいますよ。

モトリーが「シアター・オブ・ペイン」でR&R寄りにシフトを切って
ラットもそれっぽい雰囲気をかもし出していたので
再度脚光を浴びたエアロスミス!

イメージ 5

確かにそんな空気があって
先輩たちは「当たり前じゃん!」と思っていた節はありました

復活第一弾”熱く語れ!”


確かにこのPVは熱いものがありました・・・19歳浪人生でしたけど^^
まさか後に真似事を四半世紀もの間するとは思いませんでしたが(笑)

ラズル亡き後のハノイロックス、二度目の来日のフォトセッション

イメージ 6

本当にマリブビーチ・ナイトメアになってしまって。。


彼らは元々長髪のロックンロールを体現していた異端児でした

なかなか創刊当時のB!誌は読み応えがありましたね♪
必ず発売日には手に入れて熟読したものです

みなさんごきげんよう
今日は海の日らしいですが、
いきなり雷雨に見舞われている海のない埼玉です(笑)

先日こんな雑誌を拾い出しました

ボンジョヴィが表紙のPlayer誌です

イメージ 1

ジョンくんとリッチーが目立っていますが。

イメージ 2

全開のジョン君
このアイメイクは時間掛かるでしょうね〜
素敵なヘアスタイル、外タレは割りと簡単に出来るらしいですよ^^


この張り切り具合がたまらなくて虜になりまして、
スカーフの巻き方はパクりました^^

イメージ 3

とにかくポーズを取ると

イメージ 4

初来日のウォーレン


翌1986年の夜ヒットの映像ですがしっかし痩せてるな〜

イメージ 5

蛇足ですが負けている気が致します

イメージ 6

三大ヴォーカリスト勢ぞろい
ヴィンスの超金髪には圧倒されますね♪


思いっきり口パクですが勢いありますね。
流石元祖ケバケバLA−METAL

・・・

先程日が出ない内にと軽く散歩してにやられましたが
タオルで髪拭いたら良い感じにボリュームが出ました

やっぱりLA魂は大事なんじゃ〜ないかと^^ノ
イメージ 1 みなさんごきげんよう。例のトランプ氏に倣ってツイッターに手を付けて見ました^^;
「TBSラジオを聴いていたらELPの"聖地エルサレム"が流れた。キースの死因はショックだった。。」「Tがトヨタにまでも意見!徹底的に経済に介入せんとする彼の論調には反対!!」、この程度ですが何故かY也さん主催イベントの写真だらけになってしまい放置しています。彼入院中じゃなかったのかな


検索ワードに"ジャパメタ"って入れたのがヤバかったか?
なんて思いながらB!誌最新号に目を通しました

イメージ 2

恒例のロゴステッカーも健在!

イメージ 3

グラハムボネット・バンドは貴重でしょう(笑)

イメージ 4

スキンヘッドも定着したマイケル・キスク、カイ・ハンセンが
ハロウィン本体に合流するといういかにもな話題

イメージ 5

いきなり若返ったカイ髪盛ってやる気マンマンですね
この長さはあるので軽く逆毛立ててみるかな^^
他のバンドもこれ位やって頂きたい。

イメージ 6

'85年"Walls of Jerico"の頃、
ジャーマンメタルなんて言葉はなかったンじゃないかな?
ついでにヘアメタルもな!

イメージ 7

お茶の水に"ジャニス"って在庫豊富な貸しレコード店があって
いろいろとカセットにダビングしたものです

イメージ 8

カイのクセのあるヴォーカルが
バッキバキのパワーメタルに合ってました

当時のライヴは野郎ばっかりでエラい盛り上がりをみせます


アクションキメまくりのヴァイカートが弾く
ラージヘッドの白いストラト、衣装も懐かしい
踏んでナンボ!スティックも廻すぜ〜のインゴもクール!!

イメージ 9

Ingo Schwichtenberg  (May,18 1965 - March,8 1995)

ハロウィンのバンド名は彼が観た映画に由来
HALLOWEEN→HELLOWEENと変えたのはカイとヴァイカートの案。
しかし享年29歳での死・・・重過ぎる事実です。

"Keeper of the Seven Keys Part Ⅱ"の大ヒットで
'89年には首都圏6箇所を含む全国9公演を果たしました。
観に行っていますが既にカイ不在でなんとも微妙なライヴでしたよ。

あの頃を標榜した再結成?なんでしょうけど
やはりインゴ居ないとネ。

・・・

入院以来のBurrn!
元ハロウィン・フリークとしてじっくり読んでみます
=Heavy Metal is the Law=
イメージ 1 みなさんごきげんよう。TBS御用達のコメディアン兼評論家(46歳)のお嬢さんが関ジャニ∞の大ファンでネットを通じてようやくチケットを手に入れる運びになったそう。その取引相手が名古屋のファンで心配故やりとりの現場まで付いて行き無事クルマで二人とも東京ドームへ送り届け事無きを得た、、そんな話をしていました。お父さんお疲れさんです!
 「そういえばそんな歳なんだな、オレも。」なんて軽く落ち込みましたが程度の差こそあれバリバリだった元バンド系アラフィフってどうしているのでしょう



今回はロクf・1987年4月号をご紹介

イメージ 2

持っていたハズですが何らなの事情で買い直しました

2月1日・渋谷公会堂でのレッド・ウォーリアーズ

イメージ 3

二日後にも渋公でやっています

1月30日のストリート・スライダース、初の武道館でした

イメージ 4

観にいきましたが前座がレッドでやたら盛り上がっていたのが印象的
ここのお客は大人しくてやたら喫煙率が高い(笑)

・・・

2万枚のセールスを記録、インディーズ史に輝く名盤=「Dead Line」

イメージ 7

Side−A
1.SPIDER IN THE BRAIN
2.FRENZY
3.BACK IN THE SHADOWS
4.THE AWAKENING
Side−B
1.SACRIFICE OF THE VISION
2.DEFINITIVE URGE
3.PERFUME OF VIOLENCE
4.BEYOND THE REINCARNATION

Flexi Disc
1.REPLICA
2.WORST SONG

1986年6月30日発売 ・ Produced by Masaaki Tano

メジャーデビューとなる次作制作に向けて
山中湖?で合宿をするデッド・エンドの面々

イメージ 5

体調不良で脱退した左端・田野勝啓さん、健康上の理由だったそうな。
この細さ・・・当時は痩せていればでしたがドラマーですから。。

イメージ 6

この頃のクールさんはワーロックが似合います^^v
ステージは過激な雰囲気、まだ女メイクではありませんでした

水玉キットの田野クン、国生さゆりのファンを自認していながらも
なかなかのテクニシャンでしたネ


Morrieさんの個性が後のヴィジュアル系に与えた影響は大きいでしょう

イメージ 8

このコート風衣装が鹿鳴館の事務所にあって感激し
後にボクがいたバンドのライヴMCで
「さっき挨拶しにいったらモーリーさんの衣装があってビックリしたぜ!
聖地=鹿鳴館で演れることを誇りに思います!」なんて言いましたね。
勿論”ベイベー”を挟みましたが(笑)

・・・

メタルギャルは鹿鳴館もツバキも行っていたけど
オトコはある程度まともなバンドやっていないと敷居が高かったライブハウス

行ったことないビブロスは前年に、ツバキは12月に終焉を迎えましたが
タムロしていた先輩連はそれを契機に髪を切ったパターンが多かったように思います。
1987年・・・バンドブームを目前にして首都圏長髪男の分岐点だったかも。。

関ジャニ∞ファンの娘に
「お父さん、いい加減髪切って諦めたら?そんなピチピチのデニム有り得ない〜〜」
なんて言って貰いたいような気がする今日この頃です^^ノ

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 次のページ ]


.
ジミー
ジミー
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事