エアロ・ハノイそして...

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みなさんごきげんよう

昨日ラズルの記事を書いてから思い出したように
往年のハノイ・ロックスの名曲をモッキンバードで弾いていました✋

ボク程度の腕でも結構覚えているものでしたが
アンディ・マッコイの作曲者としての手腕には感心。。

イメージ 9

とにかく変わった構成の曲が多いですねぇ(^^;

それに比べて「電撃バップ」の単純なこと!
キーがAで本当にスリーコードで作られていて
3弦1本で弾けました(笑)
ラモーンズって確かDee Deeが作っているんですよね、彼も天才です♪

イメージ 10


さてその「電撃バップ」で見事にドラマーを務めたマイケル・モンロー。

つい最近来日したそうですが、なかなか精力的ですね(^^)v

今はそうでもありませんが90年代半ば迄ハノイはヘビロテでした♪

その頃を思い出してマイケルの比較的珍らしい写真を集めてみましたよ(^_-)-☆

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ハノイ結成当時の革ジャン姿。少年期の初々しさが表れています😊

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ナルシスト全開👍 こんな風に髪をセット出来るのは白人ならでは。
さんざんやってみたけど無理でしたf(^_^;

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これまたナルシスト全開🌠 ここまで来ると性別関係ありません😉

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83年頃でしょうか、バンドでインドに行った時でしょう。
ハノイ写真集の中に水着姿があって脛毛迄手入れしていてビックリしました。
関係ありませんがボクは脇を手入れしていて呆れられたことがあります😅

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84年「トゥー・ステップ・フロム・ザ・ムーヴ」の頃のフォトセッションでしょう📷
このゴールドにドットのスーツは
熱心な我が国のファンが原宿で買ってプレゼントしたという説があって、
彼の写真を見たジャパニーズ・ロッカーが真似したと。。

イメージ 6

87年、ファースト・ソロアルバム「ナイツ・アー・ソー・ロング」の頃。
やっぱりフリルブラウスやフリンジが似合います✨

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特別出演=C.C.デヴィル(ポイズン)!デビュー当時のケバさはピカ一で、
マイケルのインタビューで
「あなたは彼を意識してるの?」と尋ねられてキレていました(笑)
アメリカじゃポイズンの人気は圧倒的でしたから仕方がないンですけど(^^;

・・・

長々とキャプション付けてみましたが、
我ながら本当に好きでしたね。
フリルブラウスは処分しましたが
エドワード・ジャケットはどこかにある筈。

イメージ 11

そんな(元)ミーハー・ロック兄ちゃんが
西新宿のブートビデオ屋時代に提供した
"アップ・アラウンド・ザ・ベンド"の映像📺


二度目の来日、NHKレッツゴーヤングの口パクパク・ライヴ😊
高校3年だもんな〜良くビデオデッキ買えたな、と😅

ハノイといえばこのマンガに良く載っていました。

イメージ 8

シマさんの"ロック愛"に溢れる名作✒

ジョン・テイラーがシェンカーの下にいますが
特に女性のハノイファンってデュラン・デュランの層と重なっていましたね。

すっかり懐かしモードになってしまいました(^_^ゞ

1984年12月8日

24歳の若さでハノイ・ロックスのドラマー・ラズルは天国へと旅立ってしまいました。

33年前、高校3年の冬の悲しい知らせはガキだったボクにとってあまりにもショックで、

周りにハノイ・ファンが居なかったこともありふさぎ込んでいたことを覚えています。



マイケルと共に移動中、同年5月に2度目の来日を果たしています。

イメージ 1


メイクもバッチリ!チークが濃いのが特徴で「人工おてもやん」と言われていましたね(^_^;

イメージ 2


他のメンバーはフィンランド出身ですが彼だけイギリス人、Vespaもお似合い♪

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珍しいサングラス姿、シャープシューズもキマっています(^^)v

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マイケルにドラムを任せて「電撃バップ」⚡⚡


この盛り上がり❗

・・・

アンディはラズル亡き後、元クラッシュのテリー・チャイムズをドラムに迎え、
バンド存続を図りました。

地元ヘルシンキの追悼ライヴから「ミリオン・マイルズ・アウェイ」


マイケルが感極まっています。

その後サミーが脱退してバンドは解散。。

・・・

愛用していたPearl製のドラムセットと共に。

イメージ 5


Nicholas Charles “RAZZLE”Dingley
( 2 Dec. 1960 ー 8 Dec. 1984 )

May His Soul Rest in Peace...

みなさんごきげんよう

窓の外はすっかり晴れ渡っています

例の座間のニュースが連日から流れている中を頂きました。

猟奇的な事件なので朝から気分悪い。。

・・・

さてそんなこと全く意に介しそうもない?
アンディ・マッコイ率いる”チェリー・ボムズ”について触れようと思います。

ランナウェイズ?かと思いますよね。

イメージ 5

その話は後述するとして

しかし彼の食生活ってのも想像が付かない・・・
鉄板焼きなんて一生食わないンじゃないかな(爆)

・・・

The Cherry Bombz 1985−1986

イメージ 1

左からナスティ・スイサイド、マッコイさん、アニタ(vo.)、
ティモ・カルティオ(Ba.)、テリー・チャイムス(Dr.)

解散したハノイから3人(テリーは元クラッシュ、ラズルの死後加入)
アニタとティモを加えた5人編成となっています。

イメージ 2

この二人が飛行機の中で隣り合わせになって意気投合、
という有名な?結成秘話がありますが
このアニタの雰囲気・・・まさに「ザ・ジプシー」

マッコイさんの白いフリルブラウスに黒ベスト、帽子もキマっています。
アームバンドまでしちゃって・・・ケバ系の弦楽器やる奴は真似したもの。。

この二人、ハノイ時代のマイケルと並んで名コンビでしょう

イメージ 3

ハノイ初期、モンちゃんには場末感はないですね^^
この頃の美しさは神

代表曲=”House Of Extacy”


コード進行が細かくてコピーに苦労しましたね

いかにもな作りが「好き者」には堪りませんが
マッコイさんは動き辛そうな格好で弾き辛いギターを易々とかき鳴らします♪
このエクスプローラーはファイヤーバードよりキツい筈・・・彼には関係なさそう^^v
そしてアニタの存在感の凄さ!やりますな〜

そしてラヴァーボーイのカバー=”Hot Girls in Love”♪


あの健康的なラヴァーボーイの大ヒット曲を
発売数年後にカヴァーしてしまうのがマッコイさんですね(笑)

宿敵=モトリー・クルーが”スモーキン〜”カバーして売れたのに対抗したのかな
いくら合意の上でクルマに同乗したラズルでも、
彼の死によってバンドが崩壊したのですから
逆恨みしても仕方がないというか。。

ヴィンスの野郎は絶対に許さない!」とインタビューで発言してました><

・・・

アンデイとアニタの蜜月期間が終わったのか
バンドは2年間の活動という短命に終わりましたが
ミニアルバム・フルレンスアルバム・ライヴビデオの発表等、
精力的な活動には目を見張るものがありました。

また80年代中後期のグラム・ロック・ムーブメント(≒バッド・ボーイズ・ロックw)
の先駆者としての評価はハノイ共々高いことと思います

その後のマッコイさんの活動振りもなかなかのもので
ソロやシューティング・ギャラリー、ハノイ再結成。。

ある意味ロックンロールの仙人と化して現在に至っている生き様は
安倍ちゃんが観にいってサティスファクションw.したストーンズのキースと比類されるべき。

イメージ 4

最期まで愛される憎まれ役でしょう^^ノ

みなさんごきげんよう

今日はマイケル・モンローの誕生日!55歳になりました

イメージ 1

’84年の冬・二度目の来日、隅田川での一枚

赤い帽子にスカーフ・ジャラジャラのブレスレットに・・・全部真似したものです。
似ていなかったのが痛い(笑)

イメージ 2

このエドワード・ジャケットはまだありますね^^;

’83年のマーキー・ライヴより「ネヴァー・リーヴ・ミー」


今となっては不慮の事故で亡くなったラズルへのレクイエムとしか聴こえません><

ボクが高3・NHK=レッツゴーヤングで録画した映像が出回ったこともあった。

C.C.R.のカヴァーで「アップ・アラウンド・ザ・ベンド」


マイクのジャケットは
原宿ジュネスのB1・東倫系列の店でファンが買って送ったンでしょうね
ハノイの女性ファンはそれはそれは熱心で
それを真似したハノイもどきのバンドマンが彼女に買って貰ったり^^;
そんな’80年代が見え隠れします

・・・

まぁそんなみんなは落ち着いているでしょうけど
このジーン・シモンズの態度はなんなんだろう?

イメージ 3

アライヴⅡのパンフが公の最古だと思うのですが、コイツしつこい(爆)

ロニー・ジェイムス・ディオがライヴでやっていたのとは重みが違う。。

マイクはラズルの意思を継いで頑張っているようです
これからもそのままでネ^^ノ
8uみなさんごきげんよう
外,, 
は暑いそうですが☀病床はエアコンが効きすぎて寒い⛄
常連のオヤジ共がタムロするロビーで記事を起こしています|(-_-)|

貴重品を入れるデニムポーチ
イメージ 1

エアロのドロー・ザ・ラインの缶バッチを付けるところが「世代」ですが、
70年代後期、アメリカでの人気は凄まじくスタジアムを一杯にしたそのオーデディエンスがデニムの上下を身に付けていたので“ブルー・アーミー“と呼んだそうです。
我が国では77年初頭のエアロ・エンジェル・キッスの来日合戦?でキッスに軍配が上がりましたが本番アメリカでは人気衰えず(^-^)v

そういった昔話は知っていますが4月にスティーヴンが来日公演を済ませていたとは知りませんでした😅
本当に進行形のロックな話題には疎い。。

イメージ 3


スゥィート・エモーションからスタートして得意のビートルズやジャニスのカヴァー、ウォーク・ディス・ウェイで締めてアンコールはZEPの「胸一杯の愛を」、充分な構成でバンドの実力もナカナカ、観に行かれた方は楽しかったことでしょう⤴



ボクも含め彼の真似していた連中が行ったとは思えませんが一体どうなっているのかな⁉

スティーヴンってヤードバーズに憧れていたのでヤードバーズの延長線上にあるZEPのプラントさんをライバル視していた、という話ですが我が国のミーハーロック兄ちゃん達には黒髪で然程美形でもない、ということでステ派が多かったように思います✋

イメージ 2


コスプレして唄っていたので行きたかったなf(^_^;

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