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「至情」・・・・
いままで使ったことあるかな〜。私情とか詩情とかくらいなら使ったことあると思うけど「至情」は
たぶん使ったことないとおもう。意味としては、ごく自然な感情・・・あるいは真心、そんな意味だと
おもうけれど、そんな漢字をワルシャワ(ポーランド)の空港の免税店のレジ係りの背中に見つけた。
黒髪だから日本人かと思いきや、れっきとした外国人。
「漢字の意味分かりますか?」
「ハイ、分かります」
タトゥー、刺青?は、はやりなのかも知れないが、やたらと漢字を入れる外国人が多い。
日本や東洋に対する憧れなのかなー。かっこういいと思っているのだろう。それにしても
変な漢字を選ばなくてよかったと思う。「豚足」だとか「公衆便所」などの漢字の刺青だったら
大笑いだ。
日本でも若者で刺青を入れる者をよく見かけるが、世間で言うヤクザでもなさそうだ。
やはりかっこうがいいと思っているのだろう。でも、先日はテレビで刺青を取り去る女性が
紹介されていた。太ももの内側に彼氏の名前を刻み、それを取っている。理由は「別れた」
からである。何とも浅はかな行為だろう。新しい彼氏が出来てももう刻むことはないと思うが、
一時の私情でやらないようにしてほしい。
日本では刺青に対してあまりいい感情を持たない。「暴力団、刺青の方、入場お断り」の
看板を掲げる浴場が多い。一般の方たちが嫌うからそう表示してあるのだが、だからと
言って「ボク暴力団員です」と言う人はいないだろう。ましてや入場前に裸になってもらって
点検することも出来ない。それが証拠に、日の出村あたりにある温泉に行ったら、ほぼ
全身刺青(あそこだけ無し)のおっちゃんが隣にいた。ノーチェックで入ってきたのだろう。
トラブルを避け、注意はしなかったが、仮に係員でも裸になった刺青男を放り出すだろうか。
ポーランドの女性の刺青の写真は、もちろん、いろいろ会話した後にお断りしてから撮影
したものである。
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ワルシャワ
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コメント(8)
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みなさんと同じように、たまには美味しそうな料理の写真でも撮りたいと思いながら、食い意地を
はっているので、食べてから気がつく始末。これはザッハー・トルテというか、インペリアル・ホテル
で食べたインペリアル・トルテ。とても美味しい!今回はちいさんのご希望で、食いちらしたグルメ
写真の紹介と相成りました。
これは何やら得体の知れない冷スープ。ワルシャワデ入ったレストランのウェイトレスのお勧めスープ。
クエウエホデネイクと聞えたけど、chotdnikとか書くらしい。発音もスペルも自信なし。まきちゃんは
美味しくないと言ったが、見ての通り私はちゃんと啜っている。
勧めたのは左の彼女、料理したのは右のおにいさん。日本のVIPが帰るとあればお見送りだ(笑)
お店の看板はこれだ。旧市街にある。
この料理はカツカズ ヤーブカとか聞えた。スペルはkacza z jabtkamiとか書くらしいけど、あてに
ならない。ポーランド語には英語のtみたいな文字があって、ルのような音をしばしば聞いている。
専門家が周辺にいたら聞いてみて欲しい。
この盛り合わせは絶品だった。どれも日本人好みの味をしている。これは店もちがうし、お勧めが
日本語ベラベラ、日本訪問30回のポーランド紳士のチョイス。日本人の好みを知っている。
ときおり料理ネタも入れてみよう。目の保養になるかもしれないね。
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ショパンが生まれたスカルベク伯爵邸(白い家)とその周辺の土地は買い戻されて、公園として
整備されている。その中にあるショパン記念碑。
夏季休暇に入って、課外活動でやってきた生徒たちは、先生の話に耳を傾ける。この中に第二の
ショパンが生まれるかたのしみだが、先生よりも東洋人の私に関心があるらしい。ポーランド語が
話せれば、私が先生の代わりにショパンを語ってやりたいところだ。
白い家の前にベンチがあり、ここでショパンの曲をいつでも聞ける。日曜日にはコンサートも
開かれる。家の中のピアノを使って演奏し、家の扉が開放されて外で聞ける。
ショパンの像の前で少女たちが記念写真を撮っている。よく見るとショパンの膝が光って見える。
ショパンにあやかりたいと思うのか、みんなが膝をなでていくそうだ。まき太郎は、手を触らなけれ
ば意味がないと言いながら、両手をなでたり握ったりしていた。もうこれで一流ピアニストになれ
そうだ(笑)
強い太陽が射し、日陰が嬉しい季節だ。公園のあちこちで花が咲き乱れている。
ショパンはこの家に住み、自然の中で暮らした。
この子どもたちと同じように、ワルシャワから故郷に帰ると遊んだことだろう・・・
公園には川も流れている。大雨が降ったときに冠水した様子が土手に見られた。
この辺の芝生に入り込んだまき太郎は公園管理人から注意を受けた。記念碑でも建てて
やろうかな(笑)
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聖十字架教会にショパンの心臓が埋め込まれてある。
教会に行く前に、ワルシャワ大学に寄ることにした。それには二つの目的があって、一つは
ワルシャワ大学日本語学科を訪ねることと、もう一つはショパンが生まれたジェラゾヴァ・ヴォラを
離れて移り住んだのが、このワルシャワ大学構内にあるカジミェシュ宮の別棟だから見てみたい。
↑ワルシャワ大学内、カジェミシュ宮で、いまは学長室と大学歴史博物館が入っている。
向かって右側の別棟の2階にショパン一家は住んでいた。
↑ショパン一家が住んでいたことを示す表示が二階の部分に見える。この棟にはいま東洋学学部と
美術史研究所が入っているが、日本語学科はこの東洋学学部に含まれる。
日本語学科を訪ねた理由は、明日訪れるショパンの生家訪問の案内役を、日本語学科出身の長老
のW氏にお願いしているからである。W氏はすでに70歳を超えた、穏やかで気品が漂う紳士で、それ
でいて愛に満ちている。父親を強制収容所に連れていかれた暗い過去があるにもかかわらず、笑みを
絶やさず私達を包んでくれる。当然のことながら親日家で、すでに30回以上日本を訪れ、今年の10月
には、まだ訪れてない北海道を訪問するという。「お盆休みはいつから?」なんてことばが飛び出すほど、
日本の文化にも精通した方だ。
日本語科の学生がいま70名と聞いて、私は少ないな〜と漏らした。日本が援助してこの学生を2倍にも
3倍にも増やす対策を講ずるべきだと考える。ここの学生が増えることは日本の理解者が増えるという
ことにつながるのだから、ぜひとも考えてもらいたいものだ。国際理解の第一歩はことばの理解だから
どこの国でも考えることだ。私が中国と韓国の留学生の面倒を見てきたのも、日本を理解してもらい
ありのままの日本を本国に伝えてもらいたいからだ。
聖十字架教会の外観の写真はすでに前回紹介してあるが、内部は上の写真のようになっていて、
左側に小学生たちが集まっているところの柱に、ショパンの心臓が埋め込まれている。
1850年に姉によってパリから運ばれたショパンの心臓が安置され、1878年に左側主柱に埋め込ま
れた。柱には「あなたの宝の場所にあなたの心がある(マタイ伝)」と書かれている。
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