神宮寺真琴のつぶやき

ヒロインアクションの考察から、インディーズムービー・劇場映画の話題まで

邦画

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 いよいよ“最後”の朝を迎えました。今日は機会ある間、このyahoo!ブログ更新を続けていきたいと考えています。

 というわけで、門司港の朝です。朝日に輝く関門海峡は、行き来する大型船舶の勇姿など、あたかも「日活無国籍アクション」のロケ場所を彷彿させる光景です。それ故、今回は「シネスコ」を意識したスチールで(;^_^A

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 関門海峡の方からは、タグボートが波しぶきを上げながら、こちらに向かってきます。ここからマドロス姿のタフガイ(石原裕次郎)かマイトガイ(小林旭)かトニー(赤木圭一郎)の“日活ダイヤモンドライン”の面々が、今にも降りてきそうな雰囲気です(;^_^A そんなオープニングの日活映画を何度も観てきたような……(;^_^A

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 ここ最近は「MARVEL」や「東映プログラムピクチャー」ばっかり観ている私ですが、この「日活無国籍アクション」も大好きです。というか一時期はこの「日活アクション」にすっかり傾倒していた時代もあります。中でも早逝した赤木圭一郎の作品に惹かれ、BS2での放映を録画したり、足繁くレンタルショップに通ったりして、僅か数本しかないトニーの主演作品を見まくったり、彼の(それほど上手ではない)歌唱した主題歌を聴いたりしていました。中でもお気に入りは『男の怒りをぶちまけろ』で、そのオマージュで自作の『特命探偵☆葛城アキ』のサブタイトルを「郷土の怒りをぶちまけろ」とし、港町・呉で、女探偵が武器密輸の野望を粉砕するという、まさに「日活アクション」的世界観で取りました。同様に『ギターを持った渡り鳥』を始め、マイトガイの作品も好きだったので、これまた自作の『女子高生戦士☆英あいり』では、主人公格の元SAT隊員の名を「滝信二」としたのを筆頭に、登場人物の名を悉く小林旭の役名や“日活パールライン”女優名にしたものでした(;^_^A 物語のベースも「渡り鳥」シリーズのフォーマットでしたし(;^_^A

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 最近はあまり観賞する機会に恵まれていませんが、いつかはもっと「東映プログラムピクチャー」と「日活アクション」との融合を図り、そこに「MCU」の世界観を加味したような作品を撮ってみたいですね(;^_^A

 最近劇場で観た『天気の子』。素人の発言故生意気で申し訳ないが、なかなか丁寧に作り込んでいる印象を受けたものの、殊の外作品世界に乗れなかった一因として、全編「雨」に包まれていたことがあった。勿論「雨」は本作にとって重要なファクターだってのは十分理解するけれど、あの終始ジメジメした世界観は、なかなか受け入れられなかったのは事実だ。

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 温暖多湿なモンスーン気候の日本では、空気が乾燥した欧米と異なり、梅雨をはじめジメジメした天候であることが多い。しかし、それ故「乾燥」を求め「ジメジメ」を忌み嫌う所があったりする。だから「ディズニーリゾート」や「ユニバーサルスタジオジャパン」における水しぶきを想定したアトラクションが、人気とは裏腹に、皆合羽を纏い少しでも濡れないようにする行動をとるのも頷ける。そこら辺りと『天気の子』の世界観に対する「抵抗感」とが微妙にシンクロしてるんではないか……

 奇しくも今日は西日本で記録的な豪雨が続き、広島でも昼過ぎまで大雨洪水警報が発令され、混乱の一日を送ることとなった。降雨の重要性は十分認識しているものの、昨今の度を過ぎた集中豪雨禍には辟易している。「記録的豪雨」は映画の、物語の世界に留めて、少しでも安心できる国土であってほしい……。ろまんひこう

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 いうまでもなく、新海誠監督の『君の名は』は、日本アニメ界はおろか、邦画界に燦然と輝く“奇跡”のような傑作である。今改めてそう思っている………その新海監督が『君の名は』から3年の月日を経て、遂に待望の次回作を発表した。タイトルは『天気の子』。前作同様、若い男女の恋物語をベースにしながら、SFチックな味付けがなされ、後半にスペクタクルが演出され、しかも音楽が「前前前世」のRADWIMPSと、作品的にも興行的にも“鉄板”で楽しめる映画になると期待していた。それ故今回は、帰省先のシネコンで“劇場観賞”した(ほぼ満席状態)訳だが……興行面はさることながら、こと内容に関しては、どうも上手くノレなかった違和感が残ってしまったよ。

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 映像世界に関しては申し分ない。前作の大ヒットにより、おそらく比べものにならないくらいの潤沢な制作費が注ぎ込まれただろうし、監督の制作に関する発言力も更に強まっただろうから、全編最高技術と監督の妥協なき拘りが結実した、実写と見紛うほどの究極の映像美に充ち満ちていた。たまたま先週東京に旅行してきたばかりだったので、JRの沿線から見える風景や、新国立競技場、森ビル、お台場パレットタウンといった風景は、実に生々しく観ることが出来た。またある種ジブリを凌駕したといっていい、生き生きとしたキャラクターのデザインと演出には、ため息が出るくらいだった。

 そんなアニメの粋を凝らした作品世界なのに、今ひとつと感じてしまったのは、ひとえにカタルシスに欠ける物語展開と、どうしても主人公に感情移入できなかったことに尽きる。それを説明する上で、一部ネタバレもしますので、以下の文章は、気をつけてお読みください

 関東が未曾有の長雨に祟られている夏、高一の帆高は故郷の離島から家出して東京に向かう。しかし何の宛もなく上京した彼に東京の“風”は冷たく、バイトも叶わず生活費も底を尽き、ゲーム喫茶からも閉め出さる始末。仕方なく、雨露しのぎにしゃがみ込んだ悪徳スナックの前でチンピラ風の男に蹴り飛ばされた彼は、その際に、何故か一緒に蹴散らされたゴミ箱の中から本物の拳銃を拾ってしまう。

 そんな彼に好意を寄せてくれたのは、入り浸っていたハンバーガーショップのアルバイト・陽菜。彼女から内緒でハンバーガーを差し出されて一度は元気を回復したものの、行き場を失った帆高は、東京へ向かうの船で知り合った男・須賀を頼り、やがて須賀と彼の姪の夏美の住む事務所で、衣食住込みで、いかがわしいオカルト雑誌の記事を書く仕事にありつく。

 ある日、取材の最中に例のチンピラに強引な勧誘を受けている陽菜を目撃した帆高は、男から陽菜を救うべく格闘しているうちに、以前見つけた拳銃を乱射してしまう。それによってチンピラから難を逃れた2人だったが、その際に陽菜は帆高に自分の不思議な能力を見せる。それは、長雨が続く東京に一時的に晴れ間を作る、究極の“晴れ女”の能力だった。

 母親と死別し、みなしごとなって幼い弟と2人暮らしをする彼女の困窮を見かねた帆高は、自分の仕事をそっちのけで、2人のために陽菜の「晴れ女」の能力をビジネスに活用することを思いつき、その奇想天外なビジネスは徐々に軌道に乗っていく。しかし、家出をした上に拳銃不法所持と発砲をしてしまった帆高は警察に追われる身となり、不思議な能力を持った陽菜は、その能力が“巫女”のようなもので、能力を使いすぎると自身が消え去ってしまうことを悟る。片や家出少年+拳銃不法所持で、片や児童監察のかどで、共に警察から追われる身となった帆高と陽菜姉弟。折しも東京に降る雨はやがて関東全圏の住民を危機に晒す超大型暴風雨となり、自らの運命を悟った陽菜は、関東を救うべく、自分を犠牲にして暴雨風を消滅させる。陽菜を失い、潜伏先で警察の突入を許し拘束される帆高だったが、陽菜が特殊能力を身につけたビルの存在を思い出すやいなや、彼女を救いたいとの使命感に駈られ、署を逃げ出し、駆けつけた事務所の夏美が操るカブに飛び乗り、パトカーを振り切りながら、時として無人の山手線線路を駈け抜けながら、遂に件のビルに到着。警察に先回りされるものの、須賀の機転によって警察を振り切り、屋上の祠へ。そこで彼は遙か宇宙空間に飛ばされた挙げ句、キノコ雲のような積乱雲の上で“昇華”していた陽菜を発見。共に手と手を取り合って、雲の世界から地表へと、東京の街へとひたすら“落下”していく………

 本作を観賞してノレなかった一番の理由は、何といっても主人公であるはずの帆高に殆ど感情移入出来なかったことだ。そもそも彼が家出をして東京に向かった理由が全くと言っていいほど劇中で語られていない。だから東京における彼の困惑も「自業自得だろ」と思ってしまうし、彼の「ここぞ」という時に限っての優柔不断な態度にも辟易してしまう。姉弟の困窮を慮っての行動とはいいながら、結果として陽菜の生命を縮めてしまう「晴れ女」ビジネスを思いついたのも帆高だった。このように、劇中における彼の行動および感情は極めて独占的で(一連の陽菜のために悪戦苦闘する所も、単に帆高の彼女に対する恋慕でしかない)、しかも殆ど空回りしていた。せめて少しでも、彼が何故故郷から家出しなければならなかったのか、もっと明確で観客が感情移入出来るような設定が語られていたならば、物語の展開は変わっていたような気がする。
 
 また本作のスペクタクルといえる、関東を襲う未曾有の超大型暴風雨のシーンにしても、それが『君の名は』の彗星のようにそれによって多くの人名が失われるほどのものでもないし、且つ帆高と陽菜姉弟はその関東に、東京に翻弄されていた訳なんだから、陽菜が自らを犠牲にしてまで“晴れ”にする義理立てもなかったのではないか。その直後ボロ切れのように逮捕される帆高と彼女の弟の凪の姿を見るにつけ、何とも空しくなってしまう。このスペクタクルシーンに関しては、上記のような理由もあり、残念ながらカタルシスを覚えることもなかった。それも本作から映画的面白さを削いでしまった感がある。それ故皮肉にも、彼女らの献身的な活躍も知らず、晴れ渡った空に脳天気な歓声を上げる東京都民の頭上に再び雨が降り始め、それは3年経っても1日とも止まず、遂に東京を水没させてしまうという展開には、思わずほくそ笑んでしまったよ(;^_^A  

 それと、本当は年下だった陽菜が、三歳も年齢を偽って帆高より年上と振る舞っていた設定も、それがどれだけ物語に意味を持っていたのかは理解できなかった。明かされたときも「それがどうした」っていった感じ。前作『君の名は』では、その年齢のずれ(あれも確か3歳だった)、がそのまま時空の捻れを意味していて、その見事な設定の妙にはうならされてしまったが、今回の年齢設定は単なる新海監督の“セルフパロディー”のように感じてしまった。

 結末も意外と淡泊で、空から落下した(であろう)帆高と陽菜は件のビルの祠の下に生死不明で横立ったまま、いきなり時は3年後となり、帆高はいつのまにか故郷の島に戻っていて、地元高校を何事もなかったかのように卒業し(その過程で彼が「保護観察」だったことがさりげなく語られるが)、再び船にとって東京へ向かう。そして以前ともに歩いた線路脇の道で、陽菜と再会する(というかしそうになる)。それでジ・エンド。このラストシーンもどこか『君の名は』を彷彿させるが、あの時はその出会いは物語の根幹をなす重要な場面で、しかもタイトルとも繋がる、まさに見事なラストだったのに対し、今回のそれは「ああ、よかった、よかった」の感慨だけで終わってしまった感がある。そこら辺りも本作がエンターティナー性に欠けるように感じてしまう要因になっているのかも知れない。

 というように、今まであくまで「エンターティメント性の高い娯楽映画好き」の視点で延々感想を書いて来たんだけれど、もしかしたら、新海監督の映画的嗜好は『君の名は』よりも本作『天気の子』の方が強かったのではなかったか。確かに『君の名は』はエンターティメント性に満ちあふれた特上の「娯楽映画」だった。ハラハラドキドキワクワク感も半端なかった。それに対して『天気の子』は、ストーリー展開や雰囲気など前作を何となくなぞっているように見えて、どこか肩すかしを食らわせるような、悪く言えば「煮え切らない」映画だった。しかし、この悶々とした雰囲気“煮え切らなさ”こそ、新海監督の持ち味・本懐”だったのかも知れない。『君の名は』以前の新海監督の作品を観てない段階でこんなことを書くのは憚れるんだけれど、前作の特大ヒットを経て、企画に対する監督の発言力が極めて強くなったこのタイミングで、前作の世界感(物語というより、魅せ場・描き方)を踏襲する“安全策”をとることなく、敢えて今回のようなテーマ・描き方をしたことが、その現れだったように思えるのだが如何だろうか? この点は黒澤明監督が『七人の侍』の大ヒットの次回作に敢えて静かな(それでいてエキセントリックな)反戦テーマの『生き物の記録』を撮ったり、もんた&ブラザーズが「ダンシングオールナイト」のミリオンヒットの次に敢えて真逆なスローバラードの「赤いアンブレラ」をリリースしたりしたのと同義のような気がする。飽くまで作家性に拘っての作品。もっとも、『生き物の記録』も「赤いアンブレラ」も前作と比較してかなり“苦戦”したんだけどね(;^_^A

 それにしても、声優陣では、『シン・ゴジラ』の平泉成が、如何にもの老刑事役を自らのモノマネでもやっているかのように嬉々として演じていたし、僅かなシーンながら、大御所の倍賞千恵子が老婆役で登場したりと、なかなか豪華な配役で、要所には売れっ子の本田翼や小栗旬も配置されていて、このアニメ映画が大作であることがうかがえる。RADWIMPSの起用もしかり。きっと制作側は、『君の名は』の余勢を駆って、それ以上のヒットを願って、持てる“力”をとことん注いで、新海監督の3年ぶりの新作に賭けたのだと思う。しかし新海監督は飽くまで前作に媚びることなく、自分の作家性を貫いた作品を作り挙げた、ということではなかろうか。

 まだ本作の観客動員・興行収益共に公表されていないので何とも言えないが、仮に『天気の子』」の興収が前作ヒットの余波だったとして、この『天気の子』の次の作品がヒットするか否かによって、新海監督の真価が問われるのではなかろうか。それもひとえに新海監督が敢えて“冒険”してくれたことに尽きるんだけれど。

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 これも虫に知らせだったのか……

 先日CSで録画した『キングコング対ゴジラ』を再生して、家内からは「またね」とからかわれ、娘たちはメインタイトルにもなっているファロ島原住民の歌を「もう覚えた」って口ずさまれ、当の私もそら覚えで「あのぉ、空振りの三振、ってのもありますよ」「「ノックもトスバッティングもあるもんか!」「釣るんです! 釣って空を運ぶんです!」等々の劇中のセリフを諳んじたりしていたモノだ。

 そこへ今回の訃報……ショックだったね………勿論本人を知らない娘たちも「ほら『僕のより恋人のビフテキの方が大きいじゃないか』の人」って言ったらすぐにピンと来たみたいだ。

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 「この情熱、このスタミナ、活動の原動力は『パシン』!」って劇中のCMで颯爽とドラムを叩く躍動感溢れる姿を、遂今し方拝見したばかりなのに………変化球ながら『明治天皇と日露大戦争』(新東宝)の乃木将軍の戦死する息子役や『海底軍艦』の旗中カメラマン、『フランケンシュタイン対地底怪獣』の川手博士(この姓は拙作『天使諜報★神宮寺真琴〜狙われた生徒会長〜』でも拝借させてもらった)、そして最近東宝チャンピオンまつり版で拝見した強面の楠見博士などの印象が強い。ゴールデン洋画劇場の解説も、「月曜ロードショー」の荻昌弘、「水曜ロードショー」の水野晴男、「土曜映画劇場」の児玉清と共に、昭和を彩った“民放洋画枠”の一員としてとても印象深かった。

 母親似の息子たちの活躍もめざましかったが、不幸にして殺害された彼らの亡き兄は、思えば私と同じ“東京五輪”生まれだったんだなあって、今更ながら思いを馳せてみる。まあ、何といっても波瀾万丈の人生だったと思うけど、あの世で長男と再会できたらなんて考えると、まずは大往生だったのかも知れない。

 でも来年に件の『キンゴジ』のハリウッドリメイク『Godzillavs』が公開されるだけに、是非“オリジナル”の主役”としてコメントしてほしかった……オリジナルのキャストは、彼をはじめ、藤木悠も有島一郎も田崎潤も平田昭彦も根岸明美も小杉嘉男も田島義文も沢村いき雄も堺左千夫も大村千吉も、そして中島春雄も、既に鬼籍に入ってしまったし……合掌


高島忠夫さんが26日に死去 88歳 老衰のため
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190628-00000114-spnannex-ent

 俳優の高島忠夫さんが老衰のため26日13時1分に自宅で死去した。88歳。所属事務所が28日にファクスで発表した。通夜・葬儀告別式は遺族の希望により27日に「家族のみで密葬を執り行った」としている。
 所属事務所はファクスで「妻・寿美花代の『最後は家族で見送りたい』という希望により、6月27日に家族のみで密葬を執り行いました。尚、お別れ会などの開催の予定はございません」と報告した。
  高島さんは、1951年に映画会社新東宝のニューフェイス「新東宝スターレット」の第1期生として芸能界入り。翌52年、映画「恋の応援団長」でデビュー。同年に「チョイト姐さん思い出柳」で初主演し、以後新東宝で主演級の歌うスターとして活躍した。
  妻で女優の寿美花代とは寿美が司会のテレビ番組「季節のミュージカル」にゲスト出演したことから知り合い、2年間の交際を経て63年に結婚。64年に生後5カ月の長男・道夫くんを当時17歳の家政婦によって殺害されるという事件に見舞われたが、悲劇を乗り越え、現在は俳優として活躍する次男・政宏、三男・政伸をもうけた。
  糖尿病、アルコール依存症のほか、71年から続けて愛着のあった仕事である「ごちそうさま」の司会交代や母親の入院などがきっかけで、98年に重度のうつ病を発症。また、パーキンソン病や、2010年には不整脈のため心臓にペースメーカーを取り付ける手術を行うなど、病とも闘い続けた。
  ▼高嶋政宏のコメント 病院からの、あと5分後にご家族集まってください!のエマージェンシーコールが頻繁にあるようになったのが2年前。その度に全身が総毛立つような感じにはなりましたが、ここ数ケ月、寝たきりの状態が多くなり、呼吸も弱まり、母曰く最後は眠るように旅立っていった、のがせめてもの救いです。マスコミそして父のファンであった皆様、報告が遅くなりましたことお許しください。ありがとうございました。
  ▼高嶋政伸のコメント 父は、最後まで明るく良く通る声で笑ったり、話したりしながら、大好きだったフリオの歌声に包まれて、本当に穏やかに旅立ちました。このような穏やかな最期を迎えられましたのも、長きにわたり父、高島忠夫を応援して下さった皆様のおかげだと思います。心より感謝を申し上げます。


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 1978年に公開された実写版の『火の鳥』(市川崑監督)をCSでようやく観賞。とはいうものの、既にうんと前地上波で観たことがあるので、最後まで観賞したのが初めてっていうこと。それにしても全編2時間17分てのは、いささか尺が長すぎたかな……

 脚本が谷川俊太郎って知ってまずは驚き! 詩人としては“超”がつくくらい有名だけれど、映画の脚本も書いてたんだ。それも市川崑監督作品が多い。そう言えば本作の原作者でもある手塚治虫のアニメ『鉄腕アトム』主題歌の作詞も谷川俊太郎氏だったっけ。

 今回は「若山富三郎劇場」の一環で放送されたわけで、当然本作でも主人公の一人・猿田彦を演じていたが、それ以外にも草刈正雄や仲代達也、高峰三枝子、大原麗子、林隆三、加藤武、江守徹、大滝秀治、伴淳三郎、沖雅也、草笛光子といった主役級の役者がそれぞれ主人公を演じているような、壮大だが収拾のつかない、物語もわかったようでわからない、そんな137分間だった。

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 高峰三枝子は、「ヒミコ」役を圧倒的な存在感で、しかも人間臭さも十二分に漂わせて演じきっているが、作品制作当時、年齢は還暦直前の御歳59歳。それでいて、色香を漂わせて天弓彦役の草刈を誘惑するシーンがあるからたまらない!(;^_^A

 本作がデビュー作で、クレジットも「尾美トシノリ」となっていた尾美としのりが、何とも初々しい姿で精一杯粋がった台詞を口走りながら、作品世界の"狂言回し"的な役柄を演じていたのは面白かった。確かその後鳴かず飛ばずだったのが、大林宣彦監督の『転校生』に抜擢されてから、"尾道三部作"他大林作品に欠かせないキャラクターになっていったはずだ。それにしても、彼のフィルモグラフィーの中で一番台詞が多かったのがこの『火の鳥』だったんじゃなかろうか。やんちゃぶりも本作や『転校生』以降、鳴りを潜めてしまったような気がするし。

 手塚原作という事からか、本作がアニメと実写の融合作品であることは有名だが、何だか強引に実写にアニメをぶち込んだような印象を感じた。中でも尾美がアニメの狼の群れと戦うシーンは、まさに「マンガ」であった。世相を反映してか。狼たちはピンクレディーの「UFO」のフリを始めてしまうし……意外と無機質で残酷な描写が続く中、一服の清涼剤のつもりでこの手の逆を挿入したのかも知れないけれど、この世界観の相違に観ていて戸惑ってしまった。残酷描写といえば、人間の惨殺シーンよりも、ヤマタイ国に攻め入った高天原族の騎馬隊と江守演じるスサノオが戦う際、スサノオの蛮刀が騎馬隊の馬の首をバンバン刎ね飛ばして描写がアニメではなく実写で描かれているシーンは、その刎ね飛ばされる馬の首があまりにもリアルな模型で出来ているせいか、昨今の『キル・ビル』のような「残虐だけど馬鹿馬鹿しい」ブラックユーモアにもなりきれていないシーン仕上がってしまっていた。

 作品の中心である「火の鳥」がアニメで描かれていたのは、この原作の世界観からすれば"アリ"だったんだろうけど、逆に作品世界をチープにしてしまった感がある。もっとも、それならば実写特撮で描けばよかったか、というと、CG技術がなかった当時の技術では、もっとチープなことになっていたかもしれないし……難しい問題かも知れない。

 ただ、主演俳優のそれぞれの存在感は抜群で、この部分を考えたら、今の時代ではなかなかお目にかかれない(しいて挙げれば『シン・ゴジラ』か)、大作の風格を持った作品に仕上がっていたと思う。惜しむらくは、もう少し物語や人間関係を精査して、わかりやすい作品にしてもらえたら良かったなぁ………あと、もっと「カタルシス」がほしかった。火の鳥の存在も今ひとつ作品世界に"確定"していなかったし、メインキャストが奮闘空しく討ち死にしていく中、大陸からの「侵略者」として描かれている、ジンギ(仲代達也)率いる高天原族の勝利で終わる救いのない展開は、やっぱり後味悪かったもの……


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